欠け「――にい、さん?」
絞り出した声で問いかける。返答は、ない。
血の気が引いていく感覚と動悸がして、呼吸が震える。そうした肉体の反応があることも、絶望に至る要素にしかならない。腕をついて身体を起こす。どうやらどこか洞窟のようだった。水音が聞こえそちらに歩み寄る。
水面に映っていたのは紛れもなく自分自身の姿。闇に溶けても居ない、拘束されて封じられた姿。
「そん、な」
鼓動が五月蠅い。自分が自分として地上に存在していることはあり得ない。確かに失われたはずの肉体。捨ててまで溶け合ったはずの瞬間。全身に兄さんを感じて、ああこれでもう分かたれることはないのだと安堵した時間。
「兄さん、兄さんは」
覚束ない足取りで周囲を歩き回った。どこをどう歩いたかは定かでない。ただひとつになったのならそう遠くない場所に居るはずだと願って縋って求めて彷徨った。姿が見えない度にでは己の中に居るのかと意識を自分に向けてもみるが、欠片も温かさを感じることは出来なかった。
901