地球最後の日『あと十日で、この地球は滅びます』
……って、一週間前にテレビのニュースが大きな声で言ってたんだ。
ちょっとやそっとのことでは動じないことでお馴染みのオレ、宮本大だってそれを聞いたときにはさすがにたまげちまったべ。
科学者たちによると、巨大な星が数日中に地球に堕ちてくる。それによって引き起こされるであろう災害からは世界中のどこにいても逃げられない、らしい。この警告が発表された後しばらくは世界中がハチの巣をつついたような騒ぎになって混乱した地域もあったけれど、大きな赤い凶星の姿を実際に目にしたみんなはすっかり諦めてしまったようで、ここ東京では暴動とかは特に起こらず、地方に逃げた一部の人を除いて多くの人は惰性もしくは義務として普段通りの生活をそのまま続けていた。
皮肉屋の雪祈は肩をすくめて『通常バイアス、従順な日本人仕草ってやつだな』と鼻で笑ってたっけ。
地球最後の日まで、あと三日。
実家や友達のみんなにメッセージアプリでお別れの挨拶をしたオレは大好きな恋人の住む、三軒茶屋駅から徒歩15分の狭いボロアパートで沢辺雪祈とずっとイチャイチャしていた。
「はぁぁ……。さすがに疲れたわ」
午後三時すこし前、合間のうたた寝から目を覚ましたベッドの中。オレの隣で、綿のシャツを羽織りながら上半身を起こした雪祈は垂れた目を細めて気の抜けた欠伸をした。
「雪祈。おまえ、世界の終わりの緊張感に欠けてねぇか?」
下着だけを身に着けたオレは、再びゴロンと気怠げに横たわった雪祈の頬を悪戯っぽくツンツンと押す。指を跳ね返す弾力が気持ちいい。
「いや……。アレ、アレが気になって」
もういちど姿を起こした雪祈が窓から空の上を見たので、オレもつられて外の景色を眺めた。数日前に突然現れた、太陽の三倍ほど大きく禍々しい赤色をした大きな凶星はもうすぐそこまで迫って来ていて、地面にまで薄く影を伸ばしていた。
「もうすぐ地球が滅びるってのに、なんだかオレには現実感が無いんだ。誰かが書いたヘタクソな小説の中の話みたいで」
「ふーん、面白えこと考えるんだべな、雪祈は」
そんなこと気にしないで、さっきの続きもう一回しようぜ。この世界はもう終わっちまうんだしよ。恋人と交わす愛の行為をまだ覚えたばかりのオレは雪祈の身体にグイと触れる。
「こら、くすぐったいぞ。オレはソコ、弱いんだから……。んぅッ……」
雪祈をゆっくり押し倒しながら、オレはもう一度空の上の凶星をチラ見した。赤い星は変わらず黙ってオレたちの方を観察しているようだった。
オレたちが満足し終えた頃、日が暮れてゆっくりと辺りの景色がオレンジ色に変わっていく。
「ヤるのにもそろそろ飽きちまったな」
「えーッ、オレはもっと雪祈とスケベしたいべ♡」
「おまえのペースに付き合ってたら、オレのカラダが保たねぇんだわ!」
いくら世界が終わっちまうからって、毎日毎日こう何度も盛るんじゃねぇよ。雪祈はオレの頭を拳でからかうようにゴツンと軽く叩いた。雪祈の白い肌の至るところにオレの付けた紅い所有欲が、シャツの隙間からチラチラ姿をのぞかせている。……だいたい、おまえだって満更じゃないなって顔してたクセによ。
「そろそろ地球も終わっちまうんだし、次はセックスよりも楽しいことしようぜ、大」
「でも……」
そりゃオレだって、もっとサックス吹きたいし、世界の終わりという自棄っぱちで雪祈とのコトに溺れているここ数日でも一応橋の下での個別練習は欠かしていない。雪祈も家でピアノを弾いていた。それでも。
「……玉田のやつが、実家に帰っちまったからな」
大切な我らがバンド、JASSのメンバー玉田俊二が欠けたままでバンド練習を行うことはふたりともどこか気が進まなくて、テイクツーからもなんとなく足が遠ざかっていた。
「それでも地球が滅びる前に、やっぱり最後にオレはおまえとセッションしたい。ダメか?」
雪祈からの真剣なまなざしを受けて、オレはやっと正気に返った。世界の終わりという非常事態の中でやっぱりどこか混乱してたみたいだ。
――こうしてオレはようやく、音楽に対する情熱を取り戻したのだった。
「雪祈……オレも、したいべ。おまえとスケベだけじゃなくて、セッションだって、もっと、もっと、」
……そう、身体だけじゃなくて、音楽でもっと、ずっとおまえと繋がっていたい。オレたちは夕日の中で長い時間ハグをした。
「あ、でも。テイクツー行く前に、何かちょっとメシ作ってくれよ。ダーイ」
腹減っちまって、ここから動けねーんだわ。オレに甘えるように雪祈は横からしなだれかかってきたのでオレは仕方なくキッチンの前に立つため、部屋の隅に置いてあるエプロンを付けた。
「今日は裸エプロンしないのか」
「もうしねーべ、バーカ」
二週間ほど前、裸エプロンをしたオレはうっかり火傷しそうになったので料理中にふざけるのはもう止めたのだった。
(……あの時はまだ、こんなふうに地球が滅ぶなんて少しも思ってなかったべな)
チャーハンを炒めながら、オレはフライパンをゆっくり振った。
***
雪祈と腹を満たしたあとで新橋に足を運んで、テイクツーのドアノブを握った大の手に小さな振動が伝わった。……それは、覚えのある振動で。
「あれっ……誰かいるのか??」
首を捻りながらバーのノブをひねってドアをグイと開けた大(と雪祈)は、店のカウンターに立ったアキコさん、そしてドラムの主みたいな顔をした玉田がスティックを持って座っていたのを見つけた。
アキコさんがふたりに説明した。
「私、両親はもう見送ってて独り者なの。妹はいるけど、いまは海外に住んでるから最後の連絡だけはして」
店内の棚に揃えたジャズのレコードを聴きながら最後の日々を送ろうとアキコさんがここに来たら、玉田もやって来たのだという。
「オレ、一旦実家に帰ったんだけど、やっぱりもう一回おまえたちの顔が見たくなってさ。みんなとお別れしてまたこっちに戻ってきたんだ」
ふたりとも、オレのドラムが必要だろ? 近頃自分のプレイにやっと自信が付いてきた玉田はニヒヒ。と笑みを浮かべた。
「おまえらもそろそろイチャイチャするのに飽きて、ここに練習しに来るかなーって思ったべさ」
(うッ、すまん……)
立派な玉田を前に、身体の快楽に甘んじすぎていたことで申し訳無さを感じた大と雪祈はバツが悪そうに口端をビクビクと上げた。
世界の片隅の小さなジャズバーに、楽しそうな音たちが響き渡っている。
「地球最後の日々だってのに、このまま練習してていいのかねぇ」
皮肉っぽく呟く雪祈だが、ピアノの音は楽しそうだ。
「どうなんだろうなー。でも、演奏楽しいからいいだろ」
玉田も力いっぱい、ドラムを叩いている。
「最終日にはさ、近所の公園で無料ライブ開いてやるっちゃ!」
「いいわね。私も久しぶりにスタンダードナンバーを歌っちゃおうかしら。あなたたち、伴奏してくれる?」
大の提案になんと、アキコさんまでノッてきた。
「そうだそうだ。多少周りに迷惑をかけちまったって、もう地球最後の日なんだからみんな大目に見てくれるべさ」
サックスを手にしながら大は、片手の拳を誇るように突き上げた。
【おしまい】
4時間くらいで書きました。雑
キャラが違うような気もしますが生暖かく見てください!
この後世界はこのまま滅ぶかもしれないし、大のすごいサックスの効果で突然凶星が消えちゃうかもしれませんがそれはあなたの心にお任せします。
お読みいただきありがとうございました。
感想などいただけると超絶ありがたいです。
七篠
整えてからpixivに改めてアップしなおすかも