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    七篠(Nanashino)

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    七篠(Nanashino)

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    「2回目のアニバーサリー」
    2回目の同棲記念日に、雪祈にプロポーズしようと頑張る大の話(全年齢向)

    同人誌『アルカディア』収録「Drifter」からさらに数年後のイメージで書いてます。(未読でも読めます)
    中途半端な完成度になってしまったので、加筆して未来の新刊に入れるかも。

    (※イベント時パスワード制にしてましたが、パス外しました。ご自由にお読みください)

    二回目のアニバーサリー 三十路手前のオレたちがNYのフラットで同棲しはじめてから二年目の季節がやってきて、記念日の今日はレストランで食事することになった。
     一年目の記念日の時はオレ、宮本大は演奏旅行のツアー中、沢辺雪祈は依頼を受けた作曲の締切前で忙しかったので、今日が実質はじめてのアニバーサリーデイみたいなものだった。

    「えーっと、今日の店はキングダムホテルの3F【ブルー・サファイア】か」
     店の選択と予約は雪祈のやつに丸投げだったので、オレは今日の店については名前しか知らない。でもホテル3Fの、低層フロアにあるレストランならそこまでかしこまるような場所では無さそうだ。
     本日のオレの装いはコットンのパリッとした白いシャツに、おろしたてでまだ真っ黒のデニム。それにカジュアルめの蝶ネクタイを合わせて、髪もワックスでアップに整えた。いつもと違う格好だったから練習中にバンドメンバーから「おッ。リーダー、今日は愛するユキチャンとおデートですか?」と散々いじられたけど気にしないで演奏に励んでいたオレです。

     夕方までバンドの練習だったので、雪祈との待ち合わせは現地集合だった。レストランに向かう道の途中の小さな公園で、夕暮れを背にして立つバスケットのゴールを見かけたオレはサックスの入ったケースを足元に置いた。一瞬目を閉じて、バスケットボールを持っている自分をイメージする。ダム、ダムとボールを弾ませ……立ち止まって、ジャンプ!オレンジ色の空に綺麗な軌跡を描いたボールがシュパッ、とゴールにイン。幻のスリーポイントシュートが見事に決まった。
    「よしッ!」
     オレは両手で大きなガッツポーズを取って、今日これからのことに向けて気合を入れた。

     ――オレは、今日。レストランで雪祈に「オレのパートナーになってください」とプロポーズするのだ。お互いそれなりに忙しく、特にオレは家に不在がちだったりして普通のルームメイトと(夜のこと以外では)ほとんど変わらないような距離で同棲生活を送っているものの、プロポーズはまだしていないオレたちだった。このサックスケースの隅には真新しいプラチナの指輪がふたつ入った臙脂色のケースが入っている。いまでは稼ぎもなんとか安定してきたオレだけど、今回はちょっと奮発したんだべ。

    「あ……アレ?」
     キングダムホテルには約束の五分前には着いたけれど、表示板の3F部分にレストランの名前が見当たらない。もしかしてホテルを間違えたのか? うーんと首をひねったオレは、とりいそぎ入口にいたホテルパーソンに話しかけた。もう約束の時間まであまり余裕がない。
    「『ブルー・サファイア』というレストランはこのホテル内にありますか?」
    「そのレストランは、30Fになります」
    「ええッ!?」
     サンキュー、とスタッフにお礼を言いつつ、オレは焦り出した。メッセージアプリで雪祈に連絡したら『えっ、フロア数が間違ってた? 悪かったな。書き間違えてたかも……』と、どこか気の抜けた返事が戻ってきた。この手の一流ホテルでは上階の方が高級な店舗だ。カジュアルめなこの格好では、もしかして入店拒否を喰らうかもしれない。
    「ええい、ままよ!!」
     オレはエレベータのボタンを押して、銀色に光る箱の中に伊達政宗公もかくやの勢いで突撃した。

     エレベータは静かに上昇、のち、ほぼ最上階にあたる30Fにあるレストランはさすがに雰囲気が大人だ。
    (うわッ、アウェイ感……)
     オレンジの夕暮れから濃い紫に入れ替わりつつある夜景は見事なグラデーションを描いている。ジャズの演奏仕事の関係でたびたび高級店にも出入りするようになったけれど、それでも今日はなんだか借りてきた猫みたいになってしまうオレだった。指輪ケースをポケットにそっと移したオレは、入口のクロークにかさばるサックスケースを預けた。

     店内のどこからか、華麗なピアノのソロ演奏の音が聞こえてきた。オレは弾き手にすぐ気づく。女王のような高い気品があり、テクニックも兼ね備えた繊細さのある、力強い音。――それは、まごうことなき沢辺雪祈だけが持つ音色だった。

     オレが到着した直後に、店の隅にあるグランドピアノの演奏にfinマークが付いた。
    「よっ、ダイ。5分遅刻だな」
     レストランで予約席にしずしずと誘導されるオレを見つけた雪祈は、スッと片手を上げてこちらに近付いてきた。上質な生地で仕立てられた濃灰色のジャケットと、飾りプリーツが何本か入ったスタンドカラーの白いシャツに、長い脚を包んだ暗色のボトムス。シンプルな装いだけれど、シュッとした体型と緩いウェーブの髪型に甘いマスクが備わった雪祈はこの高級レストランにもよく似合っている。男のオレから見てもスマートで、実に格好がいい。十代ではじめて出逢った頃から格好良かったけれど、歳を重ねて三十路手前の今でもその深みは増しているようだ。
    「……ほんっと、ムカつくヤツだべ」
     オレはおもわずボソッと小声で呟いた。
    「ん。何か言ったか?」
    「やいや、なんでもねぇべ」
     店員も周りの客も英語で話している。日本語で何を言ったってどうせ通じないから、オレはくだけた口調で話した。

     店員が引いた椅子に腰掛け、テーブルに着いたオレは雪祈に訊ねた。
    「さっきはどうしてピアノを?」
    「今度この店で開かれるイベントで、ソロコンサートの依頼を受けてるんだ。それで、時間があったからお願いして少し試奏させてもらってた。店内の音の響き方やピアノの癖が見たかったから」
    「ふぅん。それより、今日さぁ。オレ、てっきり下階フロアのレストランだと思ってたから、適当な格好で来ちまったべ。もっとカジュアルな場所かと」
    「でも、そういうくだけた格好のほうがお前らしくて良いんじゃないか。黒いタキシードなんか着てきたら、馬子にも衣装だもんな」
    (こいつ、ほんっっと口が悪いな……クソ~!)
     ムカついたオレはぐぬぬと目を細めた。しかし、素直に口が悪いのは雪祈のデフォルトで、軽口が多いということはそれだけ彼がオレに気を許している証拠でもある。
    (まぁ、いいか。今日のところはトクベツに許してやるべ。外の夜景も綺麗だし)
     現金なオレはすぐに機嫌を直してやったのだった。

     一皿ずつ静かに運ばれてくるフレンチの食事はどれも、庶民なオレの舌でもわかるくらいに明快な美味しさだった。 美味しいことは分かっても、それよりオレはこのポケットの中に入っているプロポーズのための指輪をどのタイミングで渡せば良いのかがよく分からなくて。一言でいえば、めちゃくちゃ緊張してカチコチになってしまっていた。
    (い、いつ渡せばいいんだ……コレ……)
     あーッ、そういうのも全部ちゃんとネットで調べておけばよかったとオレの頭の中はグルグル混乱した。そもそも指輪のことなんてぜんぜん分かんなかったけど、ネットで『分かりやすい結婚指輪の選び方・まとめサイト』を見てなんとか選んだのだ。(ちなみに雪祈のサイズは、ヤツがぐっすり眠っているときにこっそり糸を使って調べた)。とにかく手に入れることだけに必死で、渡すタイミングなどまで調べることはすっかり忘れていたのだった。

    「……なんか元気ないのか、ダイ? 腹でも痛い?」
    「そ、そういうワケじゃねぇけど……」
     オレはいつでも元気だべ。さっき食べた、このレストラン名物のローストビーフもめちゃくちゃ美味かったし。秘密がバレないように、言い訳のようにオレは過剰に言葉を継いだ。
    「そうか、良かった。この後に来るスイーツも美味しいらしいぞ。ここのは日替わりメニューで凝ってるらしくて……」

    (ええい、ままよ……!)
    オレは本日二度目の、人生の決断をした。
    「……ゆ、ユキ。今日は大事な話があ、あります」
     思い切ったオレは、ポケットの中に入っていた指輪のケースをテーブルの上に出した。
    「う、うわっ」
     勢いで箱がごろんと横たわってしまったので、慌てて蓋部分を上側に整える。
    「お、オレと。け、け……結婚してほしいんだ。一生、オレと一緒にいてほしいんだ……べ」
     白いテーブルクロスの上に置かれた、臙脂色のベルベットのケース。オレはケースをパカッと開けて、雪祈に銀色の指輪を見せた。
    「これが、いまのオレの気持ちの全部だ。おまえに、受け取ってほしい」

    「は。ははは……。まさか…ハハハ……!! まさかだな……」
     下手したらテナーを吹くときよりも真剣な瞳をしたオレの前で。――なんと、雪祈のやつは、突然笑い出したのだった。
    「……な、なんだよソレ??」
     オレの真剣な、人生を賭けた一世一代のプロポーズの前で笑い出すだなんて!! 頭に血が上ったオレは思わずガタンと椅子から立ち上がった。大声を出してしまったので、周りの人間の視線がざっとオレたちのテーブルに集まる。
    「……なっ、なんでもないです! ソーリー、」
     意図しない形でギャラリーを集めてしまって、一瞬で頭が冷えたオレは急に恥ずかしくなりおずおずと椅子に座り直した。

    「いや、悪い。ごめん、済まなかった……。ははは……」
     オレの何がウケたのか、目の端にうっすら涙を浮かべるくらい笑っている雪祈の目が垂れて、ますます甘い表情になる。めちゃくちゃムカつくけど、それがまた可愛らしい。……やっぱり、ムカつく。
    「まさかここでソレ、指輪が出てくるとは思わなかったんだ。でも、まぁ……そうだよな、」
     一瞬机の下にしゃがんだ雪祈は、何かを取り出して机の上に置いた。それは……オレが持ってきた物とほとんど同じような、濃紺色のベルベットの指輪ケース。彼の長い指で開かれたケースの中には、やはり銀色に光る二本の指輪が入っていた。

    「ハイ。これが、オレがおもわず笑ってしまった理由です。分かっただろう?」
     ………あぁ、そういうことだったのか。
    「オレも、おまえとまったく同じ気持ちだ。これからも、仕事で一緒には居られない時だって、気持ちだけはずっと一緒にいたい。心を込めて……これも、受け取ってくれないか。それで、オレの人生の伴奏者になって下さい。……永遠に」
     ――まさか今日プロポーズするための指輪が、ダブってしまうとはなぁ。左手の薬指はひとり1本、ふたりで合計2本しかないってのに、倍になっちまった。笑えるだろ、と雪祈は明るく嘆いた。
     ……オレもそんな雪祈につられて、微笑んだ。

    「本当は、この指輪は。……随分昔に手に入れたものなんだ」
     まだ東京にいた時、ソーブルーの公演が終わった後でおまえに渡すつもりで買った。あの頃は貧乏だったから、これはシルバーで高くない物だけれど。先ほどとは一転、雪祈は真剣な瞳でオレに向かい合ってゆっくり語りだした。
    「……あの時は色々あったから、おまえには結局渡せなかったけれど。だから今日、ここに持ってきた」
     プロポーズ用に使う指輪としてシルバーのこれを渡して、改めてふたりで一緒に新しいプラチナの結婚指輪を選びに行くつもりで持ってきたんだ。でも、おまえからのプレゼントがあるならこれはもう要らないかな。と。
    「その指輪を受け取らせてくれ、ダイ。オレはおまえからの気持ちが欲しいんだ」
    「……ありがとう、ユキ。オレたち、今日は同じ気持ちだったんだな。そのことが……いぎなり、とても、オレは嬉しいっちゃ」
     テーブルの上で、オレと雪祈は手を重ね合わせた。もう東京にいたあの頃の未熟なオレたちじゃなく、これからの新しいふたりの未来を見据えるために。

    ***

     ――ダブルプロポーズとなったディナーの後。大とオレ、沢辺雪祈はホテルの屋上に立っていた。
    『このアツい気持ちのまま、いますぐテナーを吹きたいんだ』という大の願いが叶えられる場所で、一番近いところがここだった。ホテルのスタッフから特別に鍵を借りて上がらせてもらったのだ。
     さすがに屋上は、都会のビル風がいちだんと強くて、ジャケットの裾がバタバタとはためく。けれど、ここなら誰かに遠慮することはなさそうだ。
    「ダイ、飛ばされるなよ」
    「飛ばされねぇべ。身体が薄いユキこそ、どこかにしっかり捕まってろよ」
    ニヤリとチェシャ猫のように大が微笑む。
    「これが、いまのオレの気持ちだ。耳かっぽじってよく聴けっちゃ!」
     摩天楼をバックにした舞台から、金色に光るテナーの落ち着いた、かつ力強い音声が一面に響く。一曲目はピアフの『バラ色の人生』。オレはコンクリートの台に腰掛けながら、この風の強さにも決して負けない彼の演奏会をひとりじめした。自分の左手に嵌ったプラチナ製の銀色の薬指を眺めてオレがかすかに微笑むと、テナー奏者の左手もキラリと輝いた。

     ……それで、その2時間後。屋上の演奏会の後に「ちょっとだけ……」と寄ったホテルのバーで調子に乗って飲みすぎてフラフラになってしまった大を脇に担いでオレは下階の、事前予約しておいた25Fのスイートルームにカードキーを差し込んだ。摩天楼の街の、星のような無数のあかりが眼下に見えるとても素敵な角部屋だったが、窓の外を見る人がいなければただのホテルの四角い一室だ。
    「あーぁ。今日はせっかくこんな良い部屋を取っておいたのになぁ。こんなんじゃ何もできないだろ、ダイのバカ、大バカ野郎め」
     ま、でも今日はおまえにしてはよく頑張ったんじゃないか。オレは傍らで嬉しそうに眠る大の顔を眺めながら、限りなく優しい聖母のような微笑みを浮かべて彼の髪を撫でた。
    「今年はこんなことになっちまったから、また来年もここに来るしかないな。その次の年も、そのまた来年も。次回はおまえが全部払えよ」
     予約サイトの価格表を見たらビックリするかもしれないけど、おまえが全部悪いんだからな。ちゃんと一生かかって責任取ってくれよ。と、ベッドサイドに腰掛けたオレは、傍らでスヤスヤ眠る人生の伴奏者に向けて軽口を叩くのだった。

    【おわり】

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    七篠(Nanashino)

    DONEBG/雪大
    ボストン再会後、遠距離恋愛中のふたり。
    二次BLですが、作中に具体的なセクシャル描写はありません。全年齢。
    既刊同人誌『アルカディア』の中のセリフがちょっとだけ出てきます(未読でもOK)

    クリスマス合わせに書いていたものです。
    遅刻すみません。
    ハッピーホリデイズハッピー ホリディズ

     ――新しい年が、あと数日でやってくる。
    「今年も、もう終わりか……」
     雪景色のボストンの夜のよく冷えた大気の中で、沢辺雪祈は白い呼吸をした。東京でバイト中に事故に遭ったのち、ある程度回復してから渡米したバークリー音楽大学で作曲の勉強をして、それから大と再会して。この土地に来てから既に三年すこし経った。
    (なんだか、あっという間のことだったな)
    と雪景色の中で彼はしばし感慨にふけた。来年は作曲科の卒業試験を受けて、更に勉学を深めるために大学院に進むか、それとも職業作曲家の道に行くのか、それとも……。少し先のことを雪祈はまだ決めかねていた。
     年の瀬でキラキラと華やかさを増す街に、今宵は雪がしんしんと降っている。ボストンにも強い寒波が来ているらしい。あたり一面に白い化粧を施された街中で転ばないよう、雪があまり積もっていない辺りの道を選びながら雪祈はてくてく歩いた。
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    七篠(Nanashino)

    DONE「2回目のアニバーサリー」
    2回目の同棲記念日に、雪祈にプロポーズしようと頑張る大の話(全年齢向)

    同人誌『アルカディア』収録「Drifter」からさらに数年後のイメージで書いてます。(未読でも読めます)
    中途半端な完成度になってしまったので、加筆して未来の新刊に入れるかも。

    (※イベント時パスワード制にしてましたが、パス外しました。ご自由にお読みください)
    二回目のアニバーサリー 三十路手前のオレたちがNYのフラットで同棲しはじめてから二年目の季節がやってきて、記念日の今日はレストランで食事することになった。
     一年目の記念日の時はオレ、宮本大は演奏旅行のツアー中、沢辺雪祈は依頼を受けた作曲の締切前で忙しかったので、今日が実質はじめてのアニバーサリーデイみたいなものだった。

    「えーっと、今日の店はキングダムホテルの3F【ブルー・サファイア】か」
     店の選択と予約は雪祈のやつに丸投げだったので、オレは今日の店については名前しか知らない。でもホテル3Fの、低層フロアにあるレストランならそこまでかしこまるような場所では無さそうだ。
     本日のオレの装いはコットンのパリッとした白いシャツに、おろしたてでまだ真っ黒のデニム。それにカジュアルめの蝶ネクタイを合わせて、髪もワックスでアップに整えた。いつもと違う格好だったから練習中にバンドメンバーから「おッ。リーダー、今日は愛するユキチャンとおデートですか?」と散々いじられたけど気にしないで演奏に励んでいたオレです。
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