ハッピーホリデイズハッピー ホリディズ
――新しい年が、あと数日でやってくる。
「今年も、もう終わりか……」
雪景色のボストンの夜のよく冷えた大気の中で、沢辺雪祈は白い呼吸をした。東京でバイト中に事故に遭ったのち、ある程度回復してから渡米したバークリー音楽大学で作曲の勉強をして、それから大と再会して。この土地に来てから既に三年すこし経った。
(なんだか、あっという間のことだったな)
と雪景色の中で彼はしばし感慨にふけた。来年は作曲科の卒業試験を受けて、更に勉学を深めるために大学院に進むか、それとも職業作曲家の道に行くのか、それとも……。少し先のことを雪祈はまだ決めかねていた。
年の瀬でキラキラと華やかさを増す街に、今宵は雪がしんしんと降っている。ボストンにも強い寒波が来ているらしい。あたり一面に白い化粧を施された街中で転ばないよう、雪があまり積もっていない辺りの道を選びながら雪祈はてくてく歩いた。
既にホリデーの最中にもかかわらず、大学の連中がわざわざ集まって開いてくれた自分のためのパーティーから帰ってきた雪祈の視界に、見慣れないオブジェが入ってきた。
「……なんだ、これ?」
自宅のフラットの玄関につながる階段に置かれていた、いびつな三角柱形の白い塊は出来の悪い雪だるま、もしくは前衛的なデザインのクリスマスツリー??なのだろうか。オブジェの天辺にはオレンジの毛糸でできた丸いポンポンが飾ってあった。
「こんなの、ここにあったかな」
謎のオブジェの前で足を止めて、雪祈は首を傾げて眉間にシワを寄せた。昼過ぎに家を出た時にはまだなかったはずだ。近所の子どもが遊びで作ったのだろうか。
頭に疑問符を浮かべながら雪祈がオブジェに近寄ると、謎のオブジェがゴソゴソ……といきなり動きだしたので
「うわッ!?」
びっくりした雪祈は背中を反らした。あやしい雪の塊は目の前でいきなりバッと弾けて、ひび割れたところから中身がノソ……と出てきた。
「ゆ、ゆぎのりぃ〜」
「!!!」
――なんと、雪だるまの中身は、ニューヨークからはるばるボストンまでやってきた大だったのだ。
「お、おまえ。こっちに来るなら先に連絡しろっての!!」
大の身体一面に空から降ってまとわりついた雪を両手で掻き分け捨てながら、雪祈は怒鳴った。彼らがボストンでの再会でお互いの気持ちを再確認したのち、ボストンーNY間の遠距離恋愛になってから三ヶ月くらいの間隔で時々逢ってはいるが、大は時々ノーアポで雪祈のところにやってくることがあった。
「いやぁ。いきなりオレが来たらお前がビックリするかなーと思って、長距離バスに乗って……。こんな日だし、サプライズのつもりだったんだべ」
幼い子どものように汚く鼻水を垂らして、ガタガタと寒さに震えながら大は返事をした。
「家に誰もいなくて、玄関の前でおまえの帰りを待ってたら、なんだか気分がフワーッとしてきて、だんだん眠くなって……ここの階段に座ってたっちゃ」
「ボストンの街中の、こんなところで遭難するつもりなのか、バカ!!」
うつろな寝ぼけまなこをホワホワと漂わせながら凍死しかけていた大を雪祈は大声で叱った。
雪だるまになってキンキンに冷えきった闖入者を雪祈は、いっぱいお湯を張ったバスタブに放り込んで、全身温まった大がノロノロと雪祈のスウェットに着替えてバスルームを出てきたところに
「ほら、これ飲め」
ウイスキーのお湯割りのグラスを与えてやった。
「エヘヘ……なんだか、ますます身体が熱くなってきたべ。クラクラするな~」
当然のように熱を出した大を、雪祈は自分のベッドに横たえた。
「まったく、相変わらずやることが無茶苦茶だよな。おまえは」
ハイ出来ました。とばかりに、ベッドサイドに腰掛けた雪祈は親が子どもを案じる時みたく、大がくるまった掛け布団をポンポンと叩いた。壁の時計が22時台を知らせる。
「雪祈は、寝ないのか?」
「オレは、今夜はアンワルのベッドで寝るよ」
雪祈のルームメイト・アンワルは休暇で故国に帰省していて不在だった。他人のベッドを借りるのは事後承諾になるが、仕方がない。シーツを綺麗に洗って整えておけば文句も少ないだろう。
「そんなこと言わずに一緒に寝てくれよ。オレの熱はおまえには移さないからさぁ」
寝そびりながら必死にすがってくる大に
「あいにく、バカなヤツと一緒に寝る趣味は無いんでね」
雪祈はつれない言葉を吐いた。
「オレ、これでも最近はマジメにやってたんだけど、久しぶりにおまえに会いたい、雪祈の顔が見たいなーと思ったら勝手に体が動いて、気がついたら長距離バスに乗ってたんだべ」
サックスはいまちょうどメンテナンスに出してて、時間も空いてたし……。熱でボーッとしている大は寝言のように浮かれながら、大の額に乗せた濡れタオルを交換している雪祈にポツポツと説明した。
「なぁ、やっぱりオレはおまえと一緒に寝たいんだけど、」
何もしなくてもいいから。と大が雪祈のほうに浅ましく伸ばした手を
「おまえは病人なんだから、今日はエロいことは絶対絶対ゼッタイダメだからな。ここで黙って大人しく寝てろ」
雪祈はぴしゃりと跳ねのけた。
「判ってるべ。んでも、こうして雪祈と一緒にいれるだけでもオレは嬉しいっちゃ……」
ベッドの上でゴロゴロしながら人懐っこい犬のように身体を擦り付けてくる大をさすがに哀れんだ雪祈は、頭をヨシヨシと撫でてやった。コシのある大の髪は手触りが良いなぁと改めて思う。
――翌朝。
「……もう熱はないかな」
まだベッドに横たわっている大の額に手のひらをぴたりと当てて、雪祈はうなづいた。
「うん。下がったみたいだべ」
おまえが看病してくれたからすぐ下がったんだな。と大は続けた。
「でもさすがに、ちょっとまだ身体がダルい……」
「あんな雪にまみれるような無茶なことするからだろ、バーカ」
オレもおまえも、もう十代の頃みたいには若くないんだからな。と雪祈はベッドに横たわっている大に言葉きつく説教した。
「……オレにこれ以上心配させるな、ってことだ。おまえは今日は一日ここでのんびり休んでろ。いつもどうせ、毎日いろいろ無茶してるんだろ」
ぼそ、と優しい言葉を吐いて背をそむけた雪祈の首の後ろのほうがなぜだか赤くなっているのを大は目ざとく発見して、口の両端をニッコリと上げた。半身を起こして、後ろから雪祈に抱きつく。
「雪祈、オレさ、何もしないからこうしてくっついててもいいか?」
特別な日なんだから。と大は続ける。
「今日はおまえの誕生日だから、このくらいは許してくれっちゃ」
「そうだな……今日は。クリスマスだから特別に許してやるよ」
大が巻き付けてきた逞しい腕に、雪祈は優しく手を添わせて撫でた。
「欧米だとクリスマスは、本当は家族で過ごす日なんだよな……」
昨日は前倒しでオレの誕生日パーティーを開いてもらったんだけど、他の皆はお開きのあとでそれぞれ実家や母国に帰っていったよ。と、服を着たままベッドに潜り込んできた雪祈は大に昨日のことを説明した。
「雪祈は、長野には帰らないのか?」
「オレは金のない留学生だからな。奨学金は貰ってるけど結構カツカツだし。だから卒業まではまず帰らないって決めてる」
今はZOOMやLINEで、実家とも連絡は取りやすいしな。と続ける雪祈に
「じゃあ、その代わりに、オレがさ。今日はおまえの家族になるってのはどうだ?」
がばりと半身をおこして起き上がった大の提案に、雪祈は目を丸くした。
「……。」
「さすがに今すぐホントの家族になるのはムリ……だけど。いつかは、あの、えーと、その……。そんで、今日はその、ちょっとだけ前借りみたいな感じで、オレのことを雪祈の家族だとおもってくれたらいいなぁと思ったんだべ」
「……いい子だな。大ちゃんは」
それだけ口が回るくらいには元気になったってことなのかね。と雪祈は口の片端を上げて
「どうやらおまえの熱も下がったみたいだし……今からちょっとだけ、ここでイイコトするか?」
大の両頬に手をあてて、嬉しそうに目を細めて。愛おしきパートナーに雪祈はそっと唇を落とした。
「……ハッピークリスマス、大」
「そうだ。これを渡しておかなきゃな」
結局昼間っからベッドで、普段逢えない分までまとめてイチャイチャした後。服を着直した雪祈がパソコンを起動すると、部屋の隅のプリンタがガタガタ動いて、吐き出した数枚の紙を雪祈は大に渡した。
「オレからのクリスマスプレゼントだ。本当はメールでそっちに送ろうと思ってたんだが、本人が来たなら直接渡した方が早いからな」
雪祈から渡された楽譜を、大はしげしげと読んだ。その新曲はサックスが主役のカルテット用で、華々しくステージ映えするけれども吹きこなすのがかなり難しそうな曲だった。
「これ……。おまえさぁ、オレのことがすごく好きなのか、すごく嫌いなのかどっちなんだべ? もはや、嫌がらせレベルの厳しさというか……。スパルタ、もしくはサディスト」
ムムムと頬を膨らませた大は、目を細めた。
「さあ、どっちだろうな」
部屋の壁に身体を預けて腕組みした雪祈はフン、と鼻を鳴らす。
「そういえばオレ、東京にいた頃おまえから『オレが、嫌いなやつと寝たりするわけないだろ!』ってすっごく怒られたべなぁー」
「ウッ……。」
とぼけた大から発せられた過去の自分の言葉にガツンとボコられた雪祈は、頭を抱えてそっぽを向いた。
「……ま、大ちゃんも新しいレパートリーを増やすためせいぜい頑張れや。どうせ新年からもまた仕事いっぱい詰まってるんだろ?」
くるりと大のほうに向き直した雪祈に
「ニヒヒ……そう。オレ、案外忙しいんだべ」
次におまえに会いに来るときまでにはコイツを100%完璧に仕上げてやるっちゃ。得意げに大は両方の口端を上げた。
「おまえと本当の家族になる頃には『沢辺雪祈のパートナーは、世界一のテナー、ジャズプレイヤーです』って胸を張る予定なんだからな!!」
【おわり】
雪祈の誕生日が、クリスマスだったらいいのになーという話でした。捏造!