未来時空4スと初夜大成功前夜の話 顔が熱くて熱くてたまらないのは、はじめて口にしたお酒のせいだけではないだろう。
はふ、とこぼした息と口の中がとても熱くなっていて、いつも涼しげな目の前の人もほんのりと顔が赤くなっている。長い睫毛に縁取られたアップルグリーンの瞳も熱を帯びて潤んでいて何だか見てはいけないものを見たような気持ちになった。逃げるように視線を逸らすと、濡れた唇が目に入って、今しがた自分達がしていたことを思い出す。
「あ、ごっ、ごめんなさッ」
謝ろうとした口を熱いもので塞がれて逃げかけた頭をがしりと捕まえられる。反射的に目を瞑るのと同時に、くちゅ、と自分の内側から水音が響いて、喉の奥から変な声が洩れた。
熱に浮かされるようにした先ほどのキスは嘘でも冗談でもないと言わんばかりの二度目のそれに顔が熱くなる一方、どこか安心してしまう。
静かな夜にどちらからともなく唇を合わせたことはこれまでも何度かあった。だから、キスをしたこと自体はお酒のせいでも何でもない。だけど、口の中で互いを舐め合うようなキスをしたのは初めてで、そもそもこれがキスと言えるものだったのかもわからない。
頭も身体もくらくらふわふわしてきた頃、エランさんの唇が首筋にもキスを落とし始める。不意にちくりと走った痛みすらなんだか気持ちよく感じてしまっていると、ぽすんと柔らかいところに倒れ込んだ。
「あ……」
自分を見下ろすアップルグリーンの瞳が驚いたように見開かれる。それを不思議に思って、少し遅れる形で自分が今どこに倒れ込んでいるのかに気付く。ベッドの上、それも、エランさんのベッドの上だった。
はわ、と固まったまま、同じく固まっているエランさんと暫く見つめ合う。覆い被さられて見つめ合っているだけなのに、心臓の音が聞こえてしまうのではというくらい大きくなっていく。
先に耐えられなくなったのは自分の方だった。ぎゅっと目を瞑り、「エ、エランさん!」と声を上げるとベッドが軋んで、空気越しに感じてた熱が遠ざかる。
「ごめん」
ぽつりと静かな声が洩らされ、何とも言えない沈黙がやってくる。
「あ、ああ、あの、別に、イヤじゃない、です。その、びっくりは、しましたけど……エランさんは、イヤ……ですか?」
「意味わかって聞いてる?」
「え、ええと、たぶん?」
口元を押さえていてエランさんの顔はよく見えないけれど、代わりに真っ赤になった耳が見えた。
「え、えっ……えっ、ちなこと、するってこと、ですよね」
「……具体的に何するかも知ってる?」
「ぐ、具体的に?!」
「待ってやっぱり言わなくていい。頼むから言わないでくれ」
エランさんにしては珍しく焦ったような早口でそう言われ、思わずこくこくと頷いてしまう。
「……アルコールを口にした後だから、この話は日を改めてしよう」
顔を赤くして、とても真剣な表情をしているエランさんというのは初めてだ。
「酔いならもう醒めてますけど……」
お酒を飲んだと言っても、喉が焼けるような感覚に吃驚して自分が口にしたのはほんの一舐め程度だし、エランさんも神妙な顔をして指で摘めるような小さなグラス二杯――うち一杯は自分の飲み残し――で止めていた筈だ。
「……僕は、かなり酔ってるみたいだから」
「そう、なんですか?」
「酔ってなきゃ、きみにあんなことしないよ」
その言葉につきりと胸が痛んで、落ち込みかけて、次の瞬間全部吹き飛んだ。
「ずっと耐えていたのに」
「えっ」
「……あっ」
「ど、どういう」
「聞かなかったことにして」
「いやです!」
跳ね起きて顔を真っ赤にしているエランさんの腕を掴むが、自分も顔が熱すぎてそれ以上の言葉が出てこない。再びやってきた沈黙は比較的すぐに破られた。
「きみは、きれいだから」
よごしてしまいそうでこわかったんだ。
独り言のように洩らされた言葉の意味がわかるようでわからず、無言で瞬きを返す。
「それに、きみはそういうことに疎いと思っていた」
「そ、そんなことないです、……たぶん」
「あと、きみとそういうことをするなら、酔ってない時にしたい」
「どうして、ですか?」
「きみの反応とか、きみに触れて感じたもの全部しっかり覚えていたいから」
「私の全部欲しいってことですか?」
「……っ、そうかもしれないね」
先程とは打って変わってエランさんは沢山喋ってくれるが、おかげで頭の処理がちょっと追いつかなかった。
「わ、私もエランさんの全部もらってもいいですか」
「え?」
ずっと視線が合わなかったアップルグリーンの瞳が自分を見つめてくる。
「すごいこと言ってるけど、わかってる?」
「え、エランさんが言い出したんじゃないですか!」
「……僕の方が多くもらうことになると思うけど、それでもいいなら好きなだけどうぞ」
「う、うれしいです……」
ふわふわとした気持ちで答えてから、そう言えば、と思い出す。
「明日、エランさんも私も……おやすみ、ですね……」
「……そうだね」
「も、もももも、もし……っ」
「する?」
気力を振り絞ってお誘いしようとしたら、先手を打たれて頭が真っ白になった。
「は、はい」
熱に浮かされたようになっていると、返事をする自分の声が耳に届く。
「た、たのしみに、してます」
「……明日の朝次第だけど」
「忘れちゃうかも、ってことですか」
「僕が忘れなくても、きみの気は変わるかもしれないから」
「そ、そんなこと、ないです。エランさんこそ、忘れないで、くださいね……?」
「忘れないよ」
エランさんは自分の顔を見て僅かに視線を下げた後、何故か視線を逸らす。
「……シャワー浴びてくる。今日は早く寝た方がいいよ」
「はい、……?」
そのまま立ち上がって行ってしまったエランさんに違和感を覚えつつも、同じ室内で厚いカーテンに仕切られている自分のベッドに移動する。
言われた通り寝る支度をしている最中、首筋に残る小さな赤いあざのようなものを鏡越しに見つけ、何だろうと首を傾げたが、急に眠くなってきたのもありさっさとベッドに潜って寝ることにした。
翌日、その小さな赤いあざが何なのか、エランさんからとてもとても丁寧に教えてもらった結果、暫くの間、鏡を見る度に恥ずかしくなって首が隠れる服を愛用することになった。