新しい枕 初めてエランの部屋を訪問した時、とても彼らしい部屋だとスレッタは思った。備え付けのものらしいベッドとデスク、収納コンテナくらいしかなくて、とても綺麗に片付いているけれど同時に少し寂しい部屋は、この部屋の主人をそっくり体現したかのような空間だった。
スレッタが3回目に訪れた時、お茶を淹れたカップが真っ白くてシンプルなものから、小さなあかい苺のイラスト付きのものに変わった。エランの大きな手が持っていると、ちょっと似合っていないのに胸がきゅんきゅんして「かわいいデザインですね」と呟いた。安心したように息を吐いたエランに首を傾げたけれど、どうぞと言って手渡されたカップに視線が移ってしまい、彼のため息の理由を聞くタイミングはなくなってしまった。
それから何度もエランの部屋を訪ねては、たわいもないやり取りの日々を重ねてきた。
ある時デザートを持ち寄り、お茶会とも言えない間食をした。デザートを乗せたプレートはカップと同じデザインだったから、揃いのものだと気がついた。やっぱり彼の持ちものにしては可愛らし過ぎるけれど、スレッタの花嫁が「お付き合いで貰った」と食器のセットを煩わしそうに仕舞い込んでいたから、もしかしたら御三家の彼も似たような理由なのかもしれないと思った。
初めてお泊まりをした日の夜、脱衣所でバスタオルの位置を教えてもらって、スレッタはようやく自分の鈍感さを知った。
使用感のあるそれの隣に並ぶクリーム色の真新しいふわふわのバスタオル。
スレッタの自惚れでなければ、少し口数が少ないエランからの「歓迎している」というメッセージ。
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうで、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。喉の奥から意味のないうめき声が漏れる。
今すぐ、ドアを開けてベッドに腰掛けているであろうエランのもとへ駆け寄りたい。それくらい、恥ずかしいけれど、とても嬉しかった。
スレッタは心を落ち着けるように大きく息を吐いた。
まずはシャワーで頬の火照りを誤魔化そう。用意してくれたバスタオルを使って、それから彼に尋ねてみよう。苺のデザインを選んだのは誰なのか。
エランの部屋にスレッタのものが置かれるようになって、お泊まりも片手の指の数を超えたころ。スレッタは大きな荷物を抱えて彼の部屋を訪ねた。
いつにない荷物の多さに首を傾げるエランに、箱から取り出してみせたそれは、ひとりで使うには大きな枕。
――僕は問題ないよ。君は?
エランの枕を二人で使った翌朝に言われた言葉に、私も、と返したけれど、やっぱり細身に見えても身体の大きな男の子が縮こまって眠るのは不便があったみたいで、起きてから首や肩を気にしている素振りをしている気がした。
「これなら、ふ、二人で使っても、余裕だと思い、ます!」
顔の前に掲げた枕でエランの表情は伺えない。しかし枕をじっと眺めている視線の強さはわかる。
無言が怖くてスレッタが枕の端から目元だけを出してみれば、ゆるく握った手を口元に当てて何かを思案している表情が見えた。
「お部屋に置いて……くれますか?」
そわそわしながらスレッタが伺うと、ライムグリーンの瞳がぱちりとひとつ瞬きをして、ほんの少しだけ瞼が細まった。
「もちろん」
エランの部屋はスレッタが初めて訪れたころから全く変わっていなかった。可愛らしいカップやまだ新しいバスタオルが増えたことを知っているのはふたりだけだった。
今日、ひとつだけ変化したものがある。ひとりで使うには大きすぎる枕がベッドに置かれた。まだどこか違和感があるけれど、きっとそれもすぐに無くなるはず。スレッタはその時を想像して、思わず頬を緩めた。