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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。20200906

    #トレジャミ
    treasureFlea
    ##twst

    【twst】♣️+🐍が薔薇の剪定──ハーツラビュルのイメージと違うな。
     冬のハーツラビュル寮の中庭に初めて足を踏み入れたとき、ジャミル・バイパーはそう思った。
     景色が茶色い。枯れ落ちた葉が地面を覆い、裸になった薔薇の木が寒々と立ち並んでいる。緑の木々に赤と白の薔薇、それに華やかなお茶会が、この寮の“ウリ”だと思っていたのに。
    「あっちの温室では冬でも薔薇が咲いているんだけどな。こっちは屋外の地植えだから、そりゃ冬はこうなるさ」
     ジャミルをこの場所に連れてきたトレイ・クローバーにそう説明された。だから冬場の「なんでもない日」のお茶会は温室でやるんだ、とも。
    「温室の薔薇も綺麗だから、今度ジャミルもお茶会に来てみればいい。歓迎するよ」
    「遠慮しておきます。……カリムがついて行くと言い出したら、面倒臭そうだ」
    「ははっ、そうか」
    「それより先輩、俺が剪定を手伝うのは、ここの薔薇の木全部でしたよね」
    「この裏にもあるぞ。毎年大変だから、手伝ってくれて助かるよ」
     朗らかな声で言うトレイの顔を見て、ジャミルは内心「どの口が」と悪態を吐いた。温厚そうな顔をして足元を見た要求をしてくるのだから、全く油断ならない。
    「手袋は持ってきただろう? ハサミは寮で使っているのを貸すから、まずは古い枝を落として……」
     ひと通り説明はしてくれるらしいので、まだマシか。初夏に枝が伸びたときに美しい樹形になるように計算しながら、枝葉を間引いていくらしい。鏡の間から中庭に来るまでの道中、魔法は使わないのかと問うたところ、完成形の明確なイメージがしづらいから一本一本手作業で切るのが確実なんだと言われた。「剪定後の木の形をちゃんとイメージして魔法で剪定できるのなんて、この学園じゃリドルくらいだよ」と。
     なるほど、確かに一本ずつ枝の様子を確認して、それぞれ違う箇所で切らなければならない。初心者のジャミルが完成後の姿をイメージするのは難しかった。花の色を変えるのとは訳が違うということか。

     トレイはジャミルに説明しながら薔薇の木を一、二本剪定すると、「じゃああとは頼んだぞ」と寮内に引っ込んでしまった。「ハーツラビュルの薔薇の木の剪定を全部」という約束でスカラビアの宴の準備を手伝わせたのだから、当然といえば当然か。
     誰もいない中庭に、剪定バサミで枝を切るパチンパチンという音だけが響く。時折冷たい風が吹いて、木々の根本に落ちた枝葉をカサカサと揺らす。身体を動かしていて、寒さは感じないのが救いだろうか。太い枝葉を切るときに力を込めるせいか、慣れない剪定バサミが次第に重くなっていくように感じる。
     ジャミルは早く終わらせてしまおうと枯れた枝を力任せに掴んだ。すると革手袋が枯れた薔薇の棘に引っかかり、余計に手間取ってしまう。
    ──くそ。
     苛立ちを込めて乱暴に引き剥がす。力を入れすぎてしまったせいで、残そうと思っていた枝ごとぽっきりと折れてしまった。
     無力感に襲われて、ジャミルは重いため息を吐いた。
    「どうだ、進んでるか?」
     そのとき、不意に背後から声をかけられた。振り向くと小さな紙袋を持ったトレイが、こちらに近づいてくるところだった。
    「随分順調じゃないか。もっと時間がかかると思っていたのに」
     トレイはそう言うと、裸の薔薇の木に囲まれたガーデンテーブルに紙袋を置いた。
    「試作品とお茶を持ってきたんだ。少し休憩にしよう」
     食えない上級生はジャミルに椅子を勧め、自らもその向かいのガーデンチェアに腰掛けた。
     この薔薇が咲き誇る季節にはさぞ華やかなパーティー会場になるのだろうが、今はジャミルが一人でぽつねんと立つ、殺風景な中庭だ。繊細な細工が施されたガーデンテーブルセットは、笑ってしまうほどその光景に不釣り合いだった。
    「この前おまえに教わった、スパイスを生地に混ぜ込んでみたんだ」
     トレイの「試作品」はドライフルーツとシナモンがたっぷり入ったマドレーヌだった。保温性のボトルに入っていたお茶と一緒に「食べてみてくれ」と差し出される。
    「……いただきます」
     枯れ枝の切れ端がまとわりついた手袋を外し、ジャミルはまだほんのりと温かい焼菓子を口に運んだ。しっとりと柔らかい生地に、シロップを吸ってずっしりと甘くなったドライフルーツ。鼻の奥を刺激する魅惑的な香りは確かに母国でよく使うスパイスのものだ。脳と身体に糖分が染み渡り、懐かしい香りで胸の奥に澱んでいた疲労感が昇華されていく。
    「おいしい、です」
    「そうか。よかった。料理好きなお前に言われると、箔がついた感じがするよ」
     トレイはそう言うと、これまで見た中でいちばん嬉しそうに笑った。
    ──こうしてこの寮の連中は、この上級生に絆されていくんだろうな。
     ジャミルはそう思いながら、甘いシロップがじゅわりと溢れるレーズンを奥歯で噛み潰した。

    fin.
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