【hrak】No.280の切+芦炎から少し離れた場所に下ろされて、硬化していない足で枝葉が混じった森の地面を踏む。靴が燃え落ちてしまっていることに、今更のように気がついた。
「助かった!」
「はいよ!」
短いやりとりを交わすと、取蔭は身体を再生させながら戦火の中に戻っていった。まだ火の中にいる仲間を回収するためだろう。火を防げる"個性"の者や、取蔭のように移動手段に長けた"個性"の者が率先して、炎の中に取り残されていた仲間たちを誘導しているようだ。
炎と煙の向こうに「歩く災害」の小山のような図体が見える。次第に動きが鈍くなっていき、ずぶずぶと地面に沈む様子は映画か何かのように非現実的だった。
悪夢のように黒い煙を上げる炎の中から、仲間たちが少しずつ避難してくる。誰が誰だか判別できないような煙の中で、切島はひと組の人影によろよろと歩み寄った。ひとりは炎の赫色を鈍く反射する色をしている。もうひとりは粘性の高い溶液に全身を覆われている。鉄哲と芦戸だ。
鉄哲が先にこちらに気づいた。片手を挙げて無事を知らせる仕草に、切島も右手を振って応えた。そのやりとりで芦戸も切島に気がついたらしい。切島と目があった瞬間、水饅頭の着ぐるみのような"アシッドマン"がどろりと溶け落ちる。切島が何か言葉を掛ける前に、芦戸はもうこちらに向かって駆け出していた。
走りながら芦戸の顔がくしゃくしゃに歪んだ。それでも笑顔を保とうと必死なのか、途中から泣き笑いのような奇妙な表情になる。
その顔のままで、芦戸は切島に飛びついてきた。
「きりしまァ」
名前を呼ぶその声は涙で滲んでいる。こんな風に揺らいだ芦戸の声を聞くのは、中学生の頃の"あの事件"以来だった。
──怖かった。
あの日の芦戸が真っ直ぐに口にした言葉。ヒーローコスを着た今の自分たちには、軽率に口にできない言葉。
声に出さないその言葉を、二人でぐっと飲み込んだ。怖かった。けれど、何もできなかったあの日の自分ではない。
「ありがとぉ……!」
相変わらず泣いてるのと笑ってるのとでぐしゃぐしゃになった顔で、芦戸は言った。つられて鼻の奥がつんと痛くなる。溢れ出そうなものを、切島も顔をぐしゃりと歪めて堪えた。
「こっちこそ!」
未だ切島の背に腕を回したままの芦戸にそう返すと、彼女はやっと笑顔になった。いつの日か、桜並木を背にして笑ったときのような笑顔だった。
fin.