【hrak】上耳が波打ち際で遊ぶ 上鳴は、海をあまり見たことがないと言う。
「あんまり! あんまりだから! ちょっとはあるから!!」
その弁明を聞くのは、もう三度目だ。
──「ちょっとはある」の割には、もう何時間もこれなんだけど。
耳郎は、口にするとまた諍いの種になりそうな言葉を溜息に変えて吐き出した。
砂浜の貝殻を拾って集めたり、砂の上に絵を描いたり、気まぐれに砂浜を歩くヤドカリを突いたり。小学生かと思うような遊びを延々と繰り返している。まだ海水浴には早い季節だが、本格的に泳げるようになればきっと上鳴は一日中でもビーチにいるだろう。
「ねえそろそろ帰んない?」
上鳴がスニーカーのままで波と追いかけっこを始めたところで、見るに見かねて耳郎が声をかけた。
「もうちょっとー」
返事まで遊びに夢中な小学生のようだ。
見ているだけでは退屈してきたし、だからといって一緒に貝殻集めに興じる気分でもない。それにそんな遊びをしていたらそのうちきっと……。
「うっわつめた!!」
予感的中。
一際大きくなった波をまともにスニーカーに食らったようだ。
やっと夜よりも昼の方が長くなったことを実感し始めたような季節。日中の太陽に当たると制服のブレザーを脱ぎたくなるほど暖かいこともあるが、海水はまだまだ温度が低いだろう。
「うっわあ、やっちまった……」
上鳴は漸く耳郎のもとに戻ってきた。これで帰るきっかけになった、と安堵したのも束の間、上鳴はぐしょぐしょに濡れたスニーカーと靴下をその場で脱ぎ始めた。
「ちょっと、何やってんの!?」
「まだ太陽出てるし、こうして脱いで置いといたらちっとは乾くかなって思って」
「バカじゃないの……?」
上鳴は呆れてため息を吐く耳郎のことは意に介さず、スラックスの裾を膝まで捲り上げながら続ける。
「その間に俺はもうちょい遊べるしさ! 耳郎もどう?」
「どう……って、アンタそれまた海に入る気満々じゃん!」
「最初は冷たいけど、慣れると結構気持ちイイぜ?」
上鳴は眉をへにょんと下げて、「どう?」と笑った。
──ああ、ウチは結局、この表情に弱い。
砂浜で遊んで帰りたいと言われたときだって、この顔で押し切られたのに。
観念してその場でローファーと靴下を脱いだ。このアホみたいにずぶ濡れの靴で帰るのはごめんだ。柔らかい砂が足の裏を包み込む感覚にどきどきしながら顔を上げると、上鳴はこちらに手を差し出して悪戯っぽい顔で待っていた。
fin.