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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。20200913

    #上耳
    upperEar
    ##ヒロアカ

    【hrak】上耳が電車旅 座席が小刻みに揺れる振動を感じて、耳郎は浅い眠りから覚醒した。肩と腰、それに背中の筋肉が強張っている。ぐ、と背伸びをして伸ばそうとしたところで隣に座る人物に腕がぶつかり、今いる場所が電車の中だったことを思い出した。
    「うー……」
    「ご、ごめん、起こした?」
    「んー……、うーん……」
     隣の上鳴も夢の中だったようで、起こしてしまったかもと慌てて謝罪する。しかし当の上鳴は小さく呻いただけで、膝に乗せた大きなリュックを抱え直してまた眠りについてしまった。

     大好きなバンドを追いかけて、片道五時間の電車旅。近場の会場でのライブは抽選に外れてしまったが、上鳴が地方公演のチケットを当ててくれたときは飛び上がって喜んだ。初めて行く街、初めて行くライブハウス。お気に入りのアーティストのライブに参戦して音楽に身も心も預けるのは、ヒーローを目指し鍛錬する日々の中で絶好のリフレッシュ方法だ。
     しかもこの度は遠出になるので、ライブのあと一泊して帰ろうという話になっている。非日常に胸躍るのは必然だ。着替えやお菓子や前のライブで買ったマフラータオルをリュックに詰め込んで、二人してそわそわしながら朝早くに出発した。
     しかしながら、五時間も電車に揺られているというのは思っていたよりも過酷な旅だった。同じように大きい荷物を抱えていた乗客たちは、新幹線や特急が停まるターミナル駅で大勢降りて行った。空いた座席に並んで座ってみたものの、次第に会話の内容も尽きて同じ話ばかりを繰り返してしまう。授業の話とか、クラスメイトの話とか、ライブが楽しみだという話とか。そもそも学校と寮で毎日顔を合わせているのだから、真新しい話題などほとんど無いのだ。互いに黙って携帯電話の画面に目を落とす時間が増え、しばらくすると上鳴は船を漕ぎ始めた。
     本格的に暇を持て余した耳郎は、窓の外を流れていく景色と、乗ってきたり降りていったりする乗客たちを眺めて時間を潰した。列車は街を抜け、木々に囲まれた田舎道をゴトゴトと進む。田んぼや畑が広がる緑を楽しんでいるとぽつりぽつりと建物が増えてきて、また違う街が窓の外に現れる。その繰り返しだった。建物が増えていくのに比例して車内の人もだんだんと増え、一番建物が多い駅でごっそりと入れ替わる。そして建物が減るのに合わせて人も減っていく。田舎風の景色なのに人の出入りが激しい駅は、大抵耳郎も耳にしたことがあるような観光地の名前だった。
    ──こうして見てると、結構面白いのにな。
     耳郎は隣で寝息を立てる上鳴をちらりと横目で見た。半分アホになったような顔をして、電車の揺れに合わせてゆらゆらと頭が揺れている。危なっかしいのでちょっと自分の方に引っ張ってやると、半分耳郎に体重を預けるような姿勢で安定を得たようだ。先ほどまでよりも距離が近づいて、寄り添う体温が温かい。寝息のリズムもはっきりと聞こえるようになり、温かさと相まって耳郎の眠気も誘った。
    ──まあもうしばらく着かないし、ちょっとくらいいいか。
     そう思って、耳郎も重くなった瞼を重力に任せて閉じた。

     その直後から、記憶がない。どうやらライブへの興奮で自覚していなかっただけで、相当眠かったのかもしれない。今度は上鳴にぶつからないように気をつけながら、耳郎は狭い座席の上でできる範囲で強張った筋肉を解した。
    ──今、どこだろ。
     首をぐるりと回しつつ、窓の外や周囲の乗客を確認する。車内の人はまばらで、外には緑の木々や畑が広がっている。街と街の間ということか。暫くして停車した駅の名前もチェックしてみたが、耳郎の知らない地名だった。携帯電話を取り出して、検索窓に今見たばかりの駅名を入力する。検索結果をクリックすると地図アプリが立ち上がり、GPSで算出された現在地とともにたった今通過した駅の場所が示される。
    「あっ」
     じりじりと離れていく駅は県境に位置する小さな駅だ。現在地を示す水色の二重丸が、点線で描かれた県境に、近づいて、重なって、超える。
     二人の目的地がある県に入った瞬間だった。
    「ねえ、ねえ上鳴、見て」
     耳郎は思わず隣で眠る上鳴を揺り起こす。上鳴は眠そうにまばたきをして、先ほどの耳郎のように背伸びをしようとする。今度は上鳴の腕が、耳郎にぶつかった。
    「あ、わり……。オハヨ」
    「おはよ。……ねえこれ見てよ」
     県境を超えた興奮と早く共有したくて、耳郎は押し付けるように上鳴に画面を見せた。寝起きの上鳴は最初は何のことか分かっていない様子だったが、しばらく画面を眺めたあと「お……おお!」と感嘆の声を上げた。
    「やっべー、あとちょっとじゃん!!」
    「ね! ウチどきどきしてきたー……」
    「めっちゃ楽しみじゃね? あとどれくらいなんだろ……」
     上鳴も自分の携帯電話を取り出して、到着予定時刻を確認し始める。
     旅への期待で胸を膨らませるふたりを乗せて、電車は緑豊かな田畑の間をがたごとと進んだ。

    fin.
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