「な…な…なんだこれはーーー!?」
「うるっさ…」
「これは驚いたねぇ」
今、僕たちの目の前に広がっているのは、司くんの想いが創り出した"ワンダーランドのセカイ"
——ではなく、"チョコレートのセカイ"だった。
僕たちは今日もワンダーステージに集合し、次の公演に向けて練習をしていた。練習はスムーズに進み、道具たちを片付けてさぁ帰ろうかと話をしていたところに、突然司くんのスマホから飛び出してきたキラキラ笑顔のミクくんからお誘いをもらって、みんなでセカイへやって来たのだ。
「わ〜〜〜!!ふわふわキラキラなチョコがいっぱいだね〜〜〜!!」
「えむちゃ〜〜〜ん!!あっちにとーーってもおいしいケーキがあるよーーー!!」
「えーーーっ!?食べたーーい!!行こうミクちゃん!!」
「レッツゴーーー!!」
早くもこの不思議なセカイに慣れたえむくんは、ミクくんと共に電光石火の如くセカイの冒険に出かけてしまった。
「ちょっと、えむ!?行っちゃった…」
「あ!司くんたちだー!」
「見て見てー!メリーゴーランドの馬車のなかにこーんなにたくさんのクッキーがあったの!」
そう言って、たくさんのクッキーを嬉しそうに抱えてこちらにやってきたのはリンくんとレンくん。
口のまわりがチョコまみれになっている2人を見て、司くんが自分のハンカチを取り出して口元を拭いてあげている。
「チョコにケーキにクッキーとは、どうなっているんだこのセカイは…?」
「ここは司くんの想いでできたセカイだからね。」
「あ、カイトさん——も、何か持ってるし…」
カイトさんが持っているのはチョコ味のアイスのようだった。いつもクールなカイトさんだけれど、今日は心なしかふわふわしているような気がする。
「いやぁ、アイスは僕の大好物でね。ついたくさん食べてしまうよ。」
「カイトさん、セカイがお菓子だらけになっているのも、司くんの想いが影響しているんですか?」
「そうだね。恐らく、もうすぐバレンタインデーだってことが関係してるんじゃないかな?」
その場にいる全員の視線が司くんに集まる。司くんは少し考え込むような仕草をして、あっ、と声を上げた。
「カイトの言った通り、類にえむ、寧々、それにセカイのみんなにもオレからバレンタインのお菓子をプレゼントしようかと思って、色々と考えていたのだが…まさかセカイがお菓子だらけになるとは思っていなかった」
どうやらセカイのお菓子たちは、僕たちの好みに合ったものになっているらしい。
ひとりひとりに合わせて用意してくれるなんて、本当に司くんらしい。僕がそう言うと、司くんは照れくさそうに笑った。
「ところで、ここにあるお菓子はオレたちも食べられるものなのか?」
「特に問題は無いと思うよ」
たくさん食べていくといい、と言うカイトさんの言葉に、僕たちもお菓子巡りの冒険に行こうかと話していると、
「あら〜みんな揃って楽しそうね〜」
「私たちも混ぜてー!」
と、ルカさんとメイコさんもやってきた。
ルカさんはピンク色のチョコ、メイコさんは丸い形のチョコを、それぞれカゴいっぱいに持っている。
「これはまたすごい量だな…」
「とってもおいしいのよー!あっちの木に生ってたの!司くんも食べに行きましょー!」
「うおっ!?待て待て、行くから引っ張るな!」
司くんはルカさん共々、上機嫌なメイコさんに連れられて行ってしまい、寧々もリンくんとレンくんと一緒にクッキーのあるメリーゴーランドへ。
僕もカイトさんとアイスを食べたり、ヌイグルミくんたちと遊んだりして、甘い香りに包まれたセカイを堪能していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どのくらい経っただろうか。そろそろ帰らなければならない時間になっていて、みんなを呼びに行こうかと立ち上がった瞬間、トスッ、と脇腹に軽い衝撃が走った。
見ると、見慣れた金色の頭が僕に凭れかかってズルズルと下がっていこうとしている。僕は慌てて彼の脇を抱えた。
「おっと、司くん?大丈夫かい?」
「…んぅ?」
僕の声に反応して、司くんの頭がゆっくりと動く。首を思いきり後ろへ反らして僕を見上げたその瞳は、今にも涙が溢れそうなほど潤んでいた。
ピンク色に染まった頬と八の字に下がった眉が幼い顔立ちをさらに際立たせていて、これまでに見たことのない司くんの表情にトクンと心臓が跳ねる。
その瞬間、司くんがふにゃりと笑って、あろうことか僕の胸に飛び込んできた。
「へへ…るいだぁ」
「えっ、つ、司くん…!?」
司くんに触れられて嬉しい気持ちと、普段の凛々しい姿とは真逆の行動に若干パニックになりながら、何とか冷静になろうと深呼吸をする。
ふと司くんの足元に視線を移すと、先程メイコさんが持っていたカゴと同じものが転がっていた。遠くからルカさんがメイコさんを引きずってこちらへ向かってくるのが見えて、カイトさんがルカさんの手伝いに走る。
腕の中の司くんからは、甘いチョコの香りに混ざってアルコールのにおいがしていた。
「このカゴの中に入っていたチョコは、お酒が好きなメイコ用のボンボンだったみたいだね」
「あっはは!おいしくて全然気づかなかったわ〜!」
「めーちゃん痛いわよ〜」
どうやらメイコさんも酔っているらしく、ルカさんとカイトさんの背中をバシバシと力いっぱい叩いている。
「ごめんね、類くん。私もお酒入りのチョコだって気づかなくて、めーちゃんと司くんが木に生ってたチョコを食べ尽くしちゃったみたいなの…」
「チョコを食べすぎてしまっただけですから、ルカさんが気に病むことじゃないですよ。」
それよりも何とかして早く酔いを覚ましてあげなければ、と未だ楽しそうに僕の胸に頬を擦り寄せている甘えんぼうな酔っぱらいに話しかけた。
「司くん、とりあえず少し離れてほしいんだけど…」
「…やだ」
「えっ」
「はなれたくない…!」
八の字の眉をキュッと寄せて、上目遣いになった大きな瞳から一雫の涙がつぅ、と流れた。こんな顔、反則だ。
「るい、おれのこと、きらいになっちゃった?」
「っ」
舌っ足らずな喋り方で追い討ちをかけるような台詞を放たれて、僕の心臓からキュッと音がした。
とりあえず座っていたベンチに再び腰掛けて、離れてくれない司くんには僕に跨るように座ってもらう。
おずおずとしながら背中を摩ってやると、司くんは満足そうに笑って僕の頬を両手で包みこんだ。
「へへ…るい、あったかいな…」
「はぁ…酔ってるからって、さっきから可愛いことばっかりしていると、僕に襲われてしまうよ?」
襲ってしまいたいのは本心だけれど、あくまでふざけた口調で、困った顔を作って誤魔化す。
そして、酔いを覚ますために寝かせようと背中に置いていた手をトントン、と動かして、ねーんね、なんて赤ちゃんをあやすような言葉をかけようとした直後——グイッと顔を上げられた。
目線の先には、涙で潤んだ瞳がスッと細められ、少し厚い下唇がテラリと光る、どこか艶めかしい表情をした司くんがいて。
「——いい、と言ったら…?」
さっきまでのあどけない姿から一変、アルコールのせいで汗ばむ首元に理性が溶かされていく。
「っ、つかさ、くん、」
「るいになら、おれは…だって、おれは…るいの、こと…が……」
頬を抑えられて動けないまま、司くんの顔がだんだん近づいてくる。
そのまま唇が触れようとして——僕の鼻と司くんのおでこが勢いよくぶつかり、司くんの両手がするりと滑って僕の肩に乗っかった。
僕の肩に司くんの頭が寄りかかるように体勢を移動させると、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきた。
ギリギリのところでようやく落ち着いてくれて、ふぅと息を吐く。
「…その言葉の続きは、僕に言わせてよ」
これくらいなら許されるだろうと、柔らかな頬にそっと口づけて、司くんをギュッと抱きしめたまま追いかけるように意識を手放した。