LIAR「剣城、俺と一緒に来てよ」
いつものような溌剌とした表情とは見違えるほど儚げな笑みを浮かべた天馬は、俺に手を伸ばしてそう言った。
俺を見る眼差しも弱々しく感じられた。それでも俺は何も言わなかったし言うつもりもなかったから、行こうなんて答えはしない。でもその代わりに手を握ってやると、わあっ、とわざとらしい歓声をあげて喜んだから、俺は内心ではまんざらでもない気持ちになって口角を歪めた。
その時ふいに背後から足音が響いて、ある人間が俺たちの前にやってきた。
「どこいくのさ、ふたりとも」
狩屋だった。邪魔が入ったな、と思った。天馬が露骨に不満そうな顔になり、別にいいだろ、と言い返すのを見て、俺はつい噴き出しそうになる。無理があるだろう、その返答は。
「剣城、なんで笑うの」
むくれる天馬の目は曇ったままで、わざとそういう演技をしたのだとなんとなく察した。あまりにも粗末なそれが演技だったことにぞっとしないわけではないが、天馬は昔から恐ろしいところがあったから、今更どうとも思えなかった。
狩屋は天馬の嘘に気づいているのか、気づいていないふりをしてかわしているのか。あるいは本当に何も考えずにへえそう、と言ったのかも知れなかったが、とにかく俺は早く狩屋を振り切って、天馬と遠くへ行ってしまいたかった。
「天馬くんは、オレたちのことはどうでもいいんだ?」
ニヤリと狩屋は笑った。もしかしてこれは夢なんじゃないだろうか。狩屋はこんな、殊勝なことは言わない。相手を煽るならもっと別のアプローチをするだろうし、本物の狩屋はこんな後々自分がむず痒くなるようなセリフを吐いたりしない。
「……お前は、誰だ」
狩屋は猫のような金のツリ目をまんまるにして少しだけ沈黙し、誰って、狩屋マサキだけど、と答えた。そんなことを尋ねているんじゃない、と苛立つ。
「ふざけてないでさっさと正体を言え」
俺が強い口調で言うと、狩屋は自分で考えてみなよと意味不明なことを言うだけで返事もしなくなった。天馬の様子をちらりと見ると目を伏せ黙りこくっていて、おかしいのは狩屋だけじゃないんじゃないかと、思わざるを得なかった。
「オレはさ、ただ天馬くんに質問してるだけだよ。剣城くんを連れて行って本当にいいのか、って」
はぐらかすばかりの狩屋の言いぐさにとうとう耐えられなくなったのか、今まで俯いていたはずの天馬が不意にかっと目を見開いて叫んだ。
「剣城は俺の相棒なんだよ!?連れていく理由なんかそれで十分じゃないか!」
「ふうん、本当に?」
「狩屋」
思わず声をかけると、狩屋は憐れむような視線を俺に向けた。
「剣城くん、気がついてる?天馬くんの身体が透けてること」
「……え」
慌てて天馬の体を見てみると、確かに半透明になっていることに気がついて絶句した。まさかそんな。だって俺は、確かにさっき、手を。
「あは、やっぱりわかっちゃうかー!そうだよねえ、もう狩屋にはバレちゃってたもんね」
さっきまでの態度とはがらりと変わり、楽しそうにそう言った天馬は俺にニコリと笑いかけてごめんねと呟いた。
「ひとりでいくのがどうしても寂しくて、優しいきみならついてきてくれるんじゃないかなって思っちゃった」
「……天馬」
「俺は天馬じゃないよ。きみにいつか救われた誰かだ」
俺は何も言うことができずに、天馬だった誰かを凝視し続けた。人を救った覚えはない。わざわざ天馬の姿をとってまで俺を連れて行く理由がわからなかった。
「わからなくていいんだよ、きみはなにも。ほら、そこの狩屋くんについていきなよ。大丈夫、すぐに帰れるよ」
「ほら帰ろう剣城くん。本物の天馬くんたちが待ってるよ」
いつの間にか後ろに回り込んでいた狩屋に背を押され、違和感すら覚えていなかった真白な部屋に突如出現した扉をくぐった。踏み出す瞬間振り返って見た天馬だった誰かは、変わらず虚ろな目をして、それでも笑顔で俺に手を振っていた。
「___ぎ、剣城」
「……天馬」
「…………!よかったあ、剣城が起きた!」
目元に涙をいっぱいに溜めた天馬がぎゅうと俺の手を握った。あたたかい。本物の天馬だ。
「……狩屋は?」
「へ?狩屋?さあ……目が覚めたって聞いたらすぐにくると思うけど?ところで剣城、何日眠ってたと思う!?」
狩屋も、もしかすると狩屋の姿をとった誰かだったのかもしれない。そう結論づけて天馬の問いに答えようと口を開いたが、聞かれても正直困るだけだった。体感で数十分、と言うと、天馬は3日だよ3日!ホント心配したんだから!と頬を膨らませた。そんな表情でも青色の瞳はキラキラしていて、なんだかホッとした。松風天馬はここにいる。
「……気づいてやれなくて悪かったな」
「なにが?」
首を傾げた天馬の間抜けヅラに安心して、どうしようもなく笑えてしまった。