「……おや、あれは」
客席の先、ゲートに視線を固定した類が驚いたように声を漏らした。
ワンダーランズ×ショウタイムは全員が高校生で構成されるユニットである。そのため、普段の平日は学校が終わった後の数時間しか練習することが出来ない。しかし夏休みに入り、1日を通して練習出来る日が多くなった。
夏といえば怖いのは熱中症である。体調管理に厳しい司の指導のもと、1時間に1回は必ず水分を取るための短い休憩が挟まれていた。
類が声を漏らしたのは、そうして取られた短い休憩で水分を取った後、次に行う演出用のノートを取ろうとステージから客席へ、そしてふとその先のゲートへと視線を移した時である。
「なんだ、どうした類?」
司が水分補給をしながら、類と同じ視界を持つように隣に立った。しかしながら司の目には特に異常は見当たらない。
「え?いやほら、そこに────」
「類くん!!」
類が不思議そうにある一点を指し示そうとした瞬間、その手が焦るような声と共に類より一回り小さい手にしっかりと握られた。
その主は寧々と共に更衣室に冷えたドリンクを取りに行っていたはずのえむであった。後ろにはえむがいきなり走り出し、目を丸くしている寧々の姿がある。
「えむくん?」
「類くん、あのね、ええっと、ね、ネネロボちゃんがプシューってなっちゃって!!とにかく急いで来て欲しいの!!」
「え?」
「えむ?ネネロボは別に……」
「と、とにかく来て欲しいの!!お願い!!!」
「それは、構わないけれど……」
「ありがとう!こっちだよ!!」
珍しく強引に連れようとするえむに驚きながらも肯定の返事を返すと、えむは類が視線をゲートへと向ける前に背を押して更衣室の方へと方向転換させた。
尋常じゃない様子に、残された司と寧々は目を丸くする。
「……一体なんなんだ?」
「さあ……類は何してたの?」
「ゲートの方を見てあれは、と言っていたが」
「ゲート?」
寧々はステージに上がり、司の隣、先ほどまで類がいた位置に立つ。そしてゲートへ、そのまま左右へと視線を移した。
「特に、変わったことはないと思うけど……」
「ああ、一体なんのことを言っていたんだ?」
ステージ上では2人が、不思議そうに首を傾げていた。
*
「えむくん、急にどうしたんだい?」
一方、えむに更衣室前の廊下まで背中を押され続け先程やっと解放された類は、少しかがみえむに視線を合わせて問うた。えむは少し気まずそうに視線を彷徨かせると、一度ギュッと瞼を閉じ、再び開いた時には覚悟を決めたように類を見つめ返した。
「急に連れ出しちゃってごめんね、類くん。でも、あの子はだめなの」
「あの、ゲートに座り込んでいた子かい?」
「うん。あの子は違うから」
類にはゲートの下で泣いてるように座り込んでいる子供が見えていた。そしてこの言葉を聞く限り、えむにも同じものが見えていたようである。
「違う?」
「うん。多分幽霊さんだと思うって、おじいちゃんは言ってた」
「ゆう、れい……?」
類は眉を寄せた。
類は自分に霊感があるとは思っていないし、幽霊の正体見たり枯れ尾花、という句もあるように大体の心霊現象には理由がつけられると思っている。
しかしあの子どもはスクリーンに投影されたものではなさそうであり、蜃気楼や見間違えと言うにはあまりにもハッキリと目に映っていた。何より様々な演出方法を知り、そういった目は肥えているはずの類自身が、子どもを本当にそこにいるものだと感じたのである。
「おじいちゃんがいる時からずっと同じで、ずっとあそこにいるの。あたしもね、泣いてるみたいだったから最初は声をかけようと思ったんだけど、普段全然怒らないおじいちゃんが、聞いたことないような声で『やめなさい!!!』って、言ったんだ」
「そう、なんだね」
「うん。そのあと大きな声出してごめんねって謝られて、教えてくれたの。あの子に声をかけると連れて行かれてしまうから、声をかけてはダメだよって」
「連れて行かれてしまう?」
「あたしもほんとに見たわけじゃないからわかんないけど、あの子に声をかけて、それ以降帰って来なくなっちゃった人がいるんだって」
悲しそうに話すえむに、類は話を飲み込もうとゆっくりと顎に手を当てた。
ともかく、ゲートの下にうずくまっていた小さい影はこの世のものでない可能性が高く、声をかけることは御法度らしい。
確かに、姿が見えることを幽霊に知られるとどこかへ連れて行かれるという話はよく聞くものである。実際どこに行くかは描かれていないことも多く、好奇心が顔をのぞかせそうになるが、類は今ここでみんなとのショーを全力でやりたい。そのためとりあえず今回は好奇心には引っ込んでてもらおうと考えたところで、うん、と一つ頷いた。
「なるほど……話は分かったよ。とりあえず可哀想な気はするけれど、あの子に声はかけないようにすればいいんだろう?」
「うん!あたしもそうしてるから、それで大丈夫だと思う。あの子も今くらいの時期にしかいないし!」
「ちなみに、本当に迷いこんでしまった子という場合もあるだろう?見分け方とかはあるのかい?」
「えーっとね、あたしはゲートのところにいる迷っちゃった子は、あたしから話しかけないようにしてるよ!あの子はただいるだけで声は聞いたことがないから」
「うん、ありがとう。じゃあ、僕もそうすることにするよ」
類がそう答えると、えむは強張っていた表情をようやく和らげ、うん、とホッとしたように笑った。
「さて、司くんと寧々が待っているだろうし、ステージに戻ろうか」
「あの子いるかなあ」
「どうだろうね。気になってしまうから、出来たら今は帰っててくれると良いんだけど」
「幽霊さんにも帰るお家があるのかな?」
「分からないけれど、そうだったら良いと思わないかい?そうだ、次のショーは帰り道が分からなくなってしまって困った幽霊さんの帰る場所を探す、というようなショーはどうだろう?」
「わわ〜!!それすっごくわんだほいだね!!」
*
司は未来のスターであるため、滅多なことでは醜態を晒したりはしない。
そんな司が、自らの腕を抱き、さすりながら歩く。視線は何かを探すように足元をうろうろとし、表情はいつものような自信に溢れたものではなく、何かに怯えるように強張っていた。
小さな一歩を踏み出す。ガサ、と自らが立てた音に思わず肩を大きく揺らした。再度視線を彷徨かせ、何もいないことを確認するとゆっくりと一歩を踏み出した。途端、耳元からブォン、と音が聞こえ、耐えきれずに耳元を抑えながら叫んだ。
「ギャーーーッッ!!!!!」
「ちょっと、司うるさい」
「はやくはやくー!!こっちだよ!!」
「このままだと帰る頃には日が暮れてしまいそうだね」
後方にいる司の叫びに応えたのは司と同じく周りを気にしながらえむにぴったりくっついて歩く寧々、そんな寧々に付き添いながら元気に歩くえむ、そして寧々・えむと司の間の位置にいる類である。
今回森を舞台にしたショーを行うことにした4人は、感覚を掴むためにとワンダーステージの裏にある小さな森に来ていた。普段から練習している場所の裏にあるが、訪れたことはほとんどなかったためせっかくならとえむが案内を買って出たのだ。えむ曰く、おじいちゃんがいた時にたまに使っていた小さな小さなステージと広場があると。ならばちょうど良いと、荷物をまとめ出発したのはつい先程である。
役を我が物にと意気揚々と訪れた司は、しかし森に入ってすぐ悲鳴をあげることになった。
「こんな、こんな虫がいるとは聞いてないぞ……!」
「小さいとはいえ森は森だからね」
類が苦笑する。
周囲には木が生い茂り、道が辛うじて見える程度に植物が侵食している。そしてもちろんそれに伴い虫も自然に多く存在していた。
ワンダーステージには虫は多く発生しない。それは虫が苦手なお客さんのためにとワンダーステージに巣食う害虫の駆除を定期的に依頼したり、類の発明により森とワンダーステージの間の塀の上に虫を寄せ付けないような成分の入った霧が定間隔で発射される装置が付けられたりと、様々な対策の元に実現されている。
その恩恵を与っていることはもちろん自覚していた司だったが、それと森に行けないことは別であると司の脳は無意識のうちに判断してしまった。今司は森へ行くことに大賛成を返した自分に、考え直せと声を大にして(心の中で)訴えている。
「まあ司くん。森には虫が付きものだろう?君の演じる森の長は虫と友達じゃないか」
「司くんも虫さんとお友達になれば、もっとわんだほいな演技がきっと出来るよ!」
「それは、そうなんだが……」
司はぐるりと辺りを見渡す。
木々を見ればうるさく響く声の発生源である蝉がおり、葉っぱを見れば何かの卵や芋虫、地面には認識したくもない虫たちが這っている。決して踏むことのないようじっと動きを追っていると、その隣から勢いよく虫が飛び立った。形容し難い声をあげた司は我慢ならないといったように類の背中に引っ付いた。
「およ?司くんがひっつき虫さんになっちゃった」
「道のりは遠そうだね」
*
「とうちゃーく!!」
「や、やっと着いた……」
「本気で死を覚悟したぞ……」
10分ほど歩き、2名は余裕そうに、2名は息も絶え絶えになりながら目指していた森の中の小さな広場にたどり着く。
広場には小さな木製のステージが置いてある。ステージと言っても人2人程度乗ることが精一杯であり、4人で乗ることは厳しく感じられた。ステージの他には人工物はないが、まるで緞帳のようにステージに垂れ下がる蔦植物、ステージの前には客席のような切り株、周囲の木々が日差しを遮る天井を作り、道と広場の境には蔦の巻かれた木々が門のように堂々と立っていた。
蝉の声は司たちを迎えるように絶えず鳴り響いている。
「すごい。本当に自然のステージって感じ」
「これは誰かが整備しているのかい?」
寧々は目を輝かせながらステージに触れた。古いものではあるが、まるで今でも現役であるかのような熱が感じられる。
同じことを感じたのか、緞帳のように下がる蔦に触れた類はえむに尋ねた。
「うーん、おじいちゃんがいた時はね、ここでも小さな小さなショーをやってたから、スタッフさんが綺麗にしてくれてたんだ。近くに作業小屋とショーの更衣室が一緒になった建物もあるんだよ」
今はどうなんだろう、とまるで客席のような切り株に触れる。
「でも、こんなに綺麗ならきっとお兄ちゃんたちもここを大事にしてくれて、誰かにお願いしてたんだよね!えへへ、うれしいなあ」
にこにこと満面の笑みを浮かべ、同意を求めるように様々な植物に触れる。
木の隙間から溢れる光に目を細めた司は、その笑顔に乗るようにそうだな、と応えた。
「いつかオレたちも、ここでお客さんを呼んでショーがしたいな」
「そうだね。さすがにここまでの道は、ちょっとどうにかしないといけないと思うけど」
「またみんなでトンカンする!?」
「フフ、これは最近獅子舞ロボに追加した機能が役立つ時が来たかな?」
「今度は何を追加したんだお前は」
「まあまあ、いつかのお披露目を楽しみにしてくれたまえ」
「またそう言って……」
一通り見回り、落ち着いたところで軽くストレッチをし、練習を始める。
まずは動きを付けず読み合わせをし、音の響きなどの感覚を掴む。次に暫定的に決められている簡単な移動動作のみを付け、台詞を読み上げた。実際の森の中での響きや見え方を確認し、類が細かな調整を加えていく。
「『お主は誰だ?名を名乗れ』」
「『ぼくはコオロギさ!ぜひコオロギって呼んでくれ!』」
「ストップ。司くんとえむくん、位置を逆にしてみてくれるかい?」
「わかった」
「こうかな?」
「ああ……うん、そうだね。このライティングは良さそうだ。やはり自然の成すものは偶然性があって良いね。すまないが、写真を撮るから少し動かないでくれ」
「はーい!」
類はポケットからスマホを出し、カメラを起動させるとステージの前で向き合う司とえむに向けた。カメラは最初内カメラの設定になっており、類の顔のアップと後方にある入口が映し出される。外カメラにしようと切り替えアイコンを押そうとして、それに気付いた。そして連動するように、他の違和感にも気がつく。
「……寧々」
「類?どうしたの」
類は隣で休憩をとっていた寧々の名を呼ぶ。その声に滅多にない少しの震えが混じってる気がして、寧々は訝しげに類の顔を見上げた。
見上げた顔は暑さの中にいるとは思えないくらいに白く、目は見開かれている。
「ちょっと類、どうしたの?」
「寧々、蝉の声は聞こえる?」
「え?そんなの聞こえるに決まって────」
何を当たり前なことを、と意識を周囲の音に向ける。そこで寧々は、その事実に初めて気がついた。
「え……しない?」
おかしい。
広場についた時点では蝉の声はうるさいくらいに空気を震わせていたはずだ。それなのに、今はピッタリと鳴り止んでいる。蝉だけではない。鳥や虫が羽ばたく音や鳴き声、木の葉の擦れる音、風の音など、森ならば必ずあるはずの音がなにもなかった。思わず足を動かした音が音のない空間にいやに響いて、寧々は肩を揺らした。
類と寧々の様子がおかしいことに気付き、えむと司は見つめ合うのをやめ、2人の方向に目を向ける。その瞬間、えむはひゅっ、と息を飲んだ。
「2人ともどうしたんだ?おー……っ!?」
大声で2人を呼ぼうとした司の口をえむが勢いよく塞ぐ。離せ、と手の下で司がもがいている気がするが、えむは目に映ったあまりにも異常な光景に、何も言わないまま司の口を押さえつけていた。
えむと類は見えていた。広場の入口、まるでゲートのようにそびえる木の下に子どもがいる。これだけならば普段のワンダーステージと同じであり、2人はいつも通り何も触れずに練習を続けていただろう。しかし、子どもはうずくまっていなかった。立ち上がり、こちらを見て笑っていた。それは心底嬉しいように、そしておもちゃを得て満足げな子供のように。
また、2人はそのように笑う姿からは想像出来ないような泣き声にも気がついていた。聞き取ることは難しいが、しかし悲痛そうに泣く声。本能的に、胃の中へ誘われていることを認識した。
「ぷはっ!どうしたんだ、えむ。急に」
「ねえ司くん、虫さんは?」
「虫?」
「うん。ここにくるまではたくさんの虫さんがいたのに、今はどこに行っちゃったのかな?」
「は……?」
考えてみれば、広場に着いてからは虫をほとんど見ない。そのため、司は練習に集中出来ている。周囲に気が向くと、練習中には気が付かなかった違和感がいくつも見つけられた。
虫は全く見当たらない。蝉の声も聞こえない。風が吹く音や葉の擦れる音も聞こえなければ、同様に違和感に気づいたらしい寧々が落ちた葉を踏む音が司まで響いた。
えむはずっと俯いているが、ちらちらと入口の方へたまに睨みつけるような視線を送る。珍しい表情に、司は思わず声を潜めた。
「……なにか、いるのか?」
「うん。司くんは見えない?」
「ああ……寧々も見えていないようだが、類は見えているようだな」
「類くんは見えるんだ。だからあそこで振り向いてないの」
えむと類は直感的に察していた。振り向いてはいけない。見てはいけない。存在を認知されたと気付かれれば、なにが起こるかわからない。
「類、これ何?何が起こってるの?」
「落ち着いて、寧々」
「顔色悪いよ。そんな大変なことが起こってるの?」
寧々が類の頬に手を伸ばす。
類の視線が下へ動き、そのまま無意識的に後ろに視線が流れた。
瞬間、えむの声が空間を割いた。
「類くん!!上!!!!!」
類は反射的に寧々を抱き右へ跳ぶ。
ドン、と地を揺るがすような音が聞こえた。
土煙が落ち着くと、そこには天を覆っていた木のうちの一本から、まるで朽ち果てるとは思えないほどの大きな幹が落ちていた。
泣き声が止み、狂ったような笑い声が響く。
アハハハハハハハ!!
「うおっなんだ!?」
「な、何!?」
笑い声は聞こえたのか、司と寧々が驚いたような声を上げた。
えむと類の視線は入口に固定されている。
子どもの口角が異様に上がる。その表情は人間ではないことを如実に表していた。
口はそのままの形のまま、声だけが頭に響く。
アソボウヨ!
「……っ、走れ!!!!!」
類は叫ぶと同時に寧々の手を、えむは司の手を引いてステージの先、森の奥へと木の間を縫って走り出した。
後ろからはズドン、と何か落ちる音が数回響き、あのままあそこにいれば間違いなく危険であったことが伺えた。
「えむくん、おじいさんたちが使っていた作業小屋!!とりあえずそこまで案内できるかい!?」
「わかった!!任せて!!」
ひたすら走る。えむは先頭を木が少ない場所を選んで走っていた。地面を見ると不自然に草が少ない場所が点々としており、いつかは道として機能していたであろうことが伺える。手を引かれて走る司と寧々は何が起こっているか理解が追いつかないものの、良くないものが襲ってきていることはわかった。
類はちらちらと後ろを振り返り子どもの様子を見る。子どもの笑い声は聞こえなくなったが、依然としてニタニタとした笑いを顔に貼り付けてゆっくりとこちらへ近づいているのが見えた。かなりのスピードで走っているにも関わらず近づくそれに、思わず冷や汗が流れる。
手のひらに流れた汗に気づいたのか、息を切らした寧々が類に視線をやる。
「類、だいじょ……、きゃっ!」
「寧々っ!?」
途端、何かに躓き寧々が転んだ。
類が慌てて寧々に近づき、後方の足元を見る。そこには白い棒のようなもの。2本の棒が端でくっついており、その先には細かく分けられた短い棒が連なり5つに枝分かれしている。
人間の手の骨だった。
「……寧々、すまない。抱えるよ」
「え、きゃっ」
よく見渡せば、周囲には石や枝に見える骨がいくつか転がっている。浮き出た感情を放り出し、しばらく走り疲れ始めた寧々には厳しい道になると考えた類は寧々を横抱きにしてえむと司を追った。
寧々は最初は驚いたものの、足が限界を迎えそうなことは確かだったため、せめて類の負担が少なくなるようにと大人しく抱かれる。そこでふと違和感に気づいた。
「……ねえ、作業小屋ってこんなに遠いの?」
「え?」
*
一方、えむはまっすぐ覚えている道を走っていた。広場から作業小屋までは、見えにくくほぼ森と同化しているが一本道で繋がっている。つまりそのまま走れば着くはずだった。
「えむ!、はぁっ、まだ着かないのか!?」
「もう、もう着くはずなんだけど……!」
ちらりと後ろを見ると、寧々が類に抱えられている。さらにその後ろには相当距離はあるが余裕そうに笑う子どもの姿がやけにはっきり見えた。
早く着かないと追いつかれてしまう。恐怖と焦燥がえむの足をより一層早くさせた。
「なんで、ここら辺にあるはずなのに……!」
「おい、えむ、速い、……えむ!!!!」
司の声でパニックになりかけたえむの意識が戻る。同時に足が止まった。
「えむ、まずは落ち着け!お前がそんなに早く行ってしまったら類も寧々も追いつけないだろう!!」
「つ、司くん……」
「オレは見えないが、何かが追いかけて来ているのはわかっている。焦る気持ちもわかるが、落ち着かなければあるものも見つけられないぞ」
「うん……うん、そうだね。ありがとう、司くん」
えむが深呼吸をし、落ち着いた思考を取り戻している時、タッタッタ、と類と寧々が追いついた。類が軽く息を整える間に寧々が口を開いた。
「2人とも、どうしたの?」
「作業小屋、あったかい?」
「作業小屋は見つかってないが、お前たちもどうしたんだ?寧々、怪我でもしたのか」
「さっき転んじゃって。でも怪我は特にしてないと思う」
「また転んでしまうと危険だし、大分走っていたからね。抱えさせてもらってるのさ」
類が息を整え、後方を気にしながら寧々に続いて答えた。大分足は楽になったし、ずっと抱えているのも大変だろうと寧々が類の肩を叩く。類は心配する気持ちはあったものの、自分自身の体力温存も必要とは心得ているため、ゆっくりと寧々を地面におろした。
その間に深呼吸を終えたえむが、3人に向かい勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!あたし、もしかしたら道を間違えちゃったりしてるかも!」
「作業小屋にはどのように行くはずなんだい?」
「広場から出てる一本道をずっと真っ直ぐくればすぐ着くはず、なんだけど……」
「僕が見た限り、僕たちが通ってきたところ以外に人が通れそうな場所はなかったから、多分間違ってはいないと思うよ」
「確かに、左も右も全く通れないくらい木が生い茂ってたよね」
「それに、……ここは森とはいえフェニックスワンダーランドの敷地内だ。これだけ走っていて、敷地の外に出ないのはおかしい」
「だが見つからないということは……」
虫や風の声は未だ聞こえない。
「……現実とは違う空間に誘い込まれてしまった、という方が、妥当かもしれないね」
*
背後からはゆっくり、しかし確実に子どもが迫る。声は聞こえないが、気味の悪い笑みを浮かべる表情は何故だかはっきりと見ることができた。どれだけ走って引き離しても余裕そうな笑みを浮かべているのは既に閉じ込めているからか、と類は眉を顰めた。
思えば、広場に入った時から違和感は感じていた。やけに綺麗に整えられたステージや周囲の植物。えむはきっと管理されているのだと言っていたが、広場までの道の荒れようを考えれば最低限の森の管理以外されていないだろうことは容易に想像が出来ただろう。にも関わらず異様に綺麗な光景を見せていたということは、別の力がかかっていたことに他ならないだろう。
しかし、今の状況は罠にかかり動けない獲物と同じである。どのようにして罠を抜け出し逃げ切るか考えるも、このような経験をしたこともなければこの分野の専門的な知識もない類には、どこかに逃げ込み難が去るのを待つことしか思いつかなかった。だが、逃げ込む場所にも辿り着くことが出来ない。そうしている間にも、子どもは着々と距離を詰める。
えむも同様に子どもを視界に入れどうにか対処できないかと思考を巡らしている。その様子を見た司と寧々はこの場所が異空間であればどうにか破れないかと周囲を見渡した。
「……あ、ねえ、あれ」
寧々がふと声をあげた。
「寧々ちゃん、どうしたの?」
「ほら、あの大きい木のそばにある木製のロッジみたいなやつ。もしかして作業小屋じゃない?」
「ん?おお、あれか!木に覆われて見つけにくくなっていたのか?」
「そうみたい。えむ、作業小屋ってあれじゃない?」
「うーん……?」
えむは首を傾げる。類も寧々が指差す方向を見つめるが、木製の小屋のようなものは見えない。
「えむと類には見えてないのか?」
「ああ。僕には木しか見えないけれど……」
「あたしも。でも司くんと寧々ちゃんが言うなら……きゃっ!」
えむがあげた悲鳴に3人の視線が向く。
えむの足が人間の手の骨に掴まれている。目を見開いた類がえむを引っ張りそれを思いきり踏めば、骨は力尽きたように崩れた。周囲には同じように狙っているだろう骨たちがいくつか浮かんでいる。
それらを睨みつけていると、司と寧々が焦ったような声をあげた。
「え、ねえちょっと何が起こってるの?」
「襲われているのか?」
そこで類は気づいた。
「司くん、寧々」
「どうした、類?」
「そこに小屋が見えているのは、間違いないんだね?」
「うん。ちゃんと見えてるよ」
「そうしたら、すまないけれど僕とえむくんの手を繋いで、全力で走ってくれるかい」
司と寧々は目を見合わせた。しかしえむと類の様子から異常事態が今現在起こっていることは十二分に感じられていた。
「わかった」
「任せておけ!」
類がえむの手を離すとそれを寧々が受け取り道なき道を走り出す。後を追おうと司が類の手を取り走り出そうとすると、類は今まで通ってきた道をじっと見ていた。
「類?」
「……ああ、すまない。お願いするよ」
「……わかった」
全ては小屋に着いてから問おうと司は走り出した。
しっかりと握られた手から、絶対に離さないという司の意思が感じられる。それを感じ取り、類は強張っていた表情を少し和らげた。
子どもはほんの数m先にいた。その身体を、到底子どもとはいえない大きさにして。
*
小屋の目の前に着くと、えむと類にもその存在をはっきりと認識することができた。そこまで見えなかったことが不思議に思えるくらいに急に現れたのだ。えむは目を丸くし、類はやはりといったように苦い顔をした。
小屋に入り扉を閉め、前で拾った木の棒をつっかえ棒にする。様々なものが入った棚の隙間にあった小さい窓とそのカーテンも全て締め切り、そこでようやく落ち着いたと司が口を開いた。
「それで、一体何が追ってきているんだ?オレには何も見えていないのだが」
「わたしも知りたい。さっき襲われてたみたいだけど」
「じゃあ、僕から説明しようか」
類はワンダーステージのゲートの下にたまに子どもがいたこと、普段はうずくまっていたが今は歩いて追ってきており、声も聞こえることから力が強くなっているだろうこと、そしてその子どもが自分たちを笑いながら襲い、楽しんでいる様子であることを伝えた。
「なにそれ?なんか恨みでもかったの」
「そうじゃないと思うよ!いつもこの時期になるとたまにいたの。うずくまって可哀想だったし、声をかけなければ本当になにもしないから、ずっとなにもしなかったんだけど」
「そうだね。僕も恨みとかではないと思うよ」
「じゃあなんなんだ?何故オレたちは追われているんだ?」
司が問う。これは憶測だけど、と類は続けた。
「本当に遊んでいるだけじゃないかな」
「遊んでいる……?」
「ああ。小さい子が虫を殺して遊ぶようなものと考えているよ。実際、最初に『アソボウ』と言っていたわけだしね。声もいかにも愉快といったようなトーンだ」
えむが自分の手をぎゅっと握りしめた。
「恐らく、最初から自分が見える人を探して遊ぼうとしていたんだろう。最初に狙われたのは僕で、次はえむくんだ。だから僕たちには逃げ場である小屋は見えなくて、標的でない司くんと寧々には見えた」
「確かに、わたしは声以外何もないかも」
「オレもだ。蝉の声はしないままだが、それ以外何か見えたりはしていないな」
「そうだろう?声は気になるけれど、見えていないのなら2人は標的じゃない。子どもは僕が見てから行動を起こしているしね。だから、お願いがある」
「……なんだ?」
類がまっすぐ司の目を見た。
「君たちならこの森を抜けられるはずだ。この状況を慶介さんたちや着ぐるみくんに伝え、対処を頼んで欲しい」
「えむと類を、置いて行けっていうの?」
「それでも、もうきっとそれしか────」
ダンッ!!
扉が強く叩かれる。
全員の肩が大きく揺れた。
アソボウヨ〜
ダンッ!!ダンッ!!!
ミシ、と木が軋む音がする。
揺れた拍子に小さく開かれたカーテンの隙間から、音を鳴らしている元凶が見えた。
「ひっ……!!」
それを見たえむが小さく悲鳴をあげる。
そこには当初見た時よりも数倍に膨らんだ子どもの姿があった。顔は青紫に肥大し、しかし口元や目元には獲物を見つけた笑みが確かに浮かんでいる。手や足も大きく肥大し、それらで窓をパリンと割った。小さな窓では指先しか入らず、それが何かを掻き出そうとくるくると回される。近くの棚に入っていた掃除用具などに当たるとそれを引き出し、目的のものでないと見ると遠くへと放り投げた。もう一度指を入れ、衣装がかけられている人形を掴んで引き出すと、さらに笑みを深め、グシャ、と大きく膨らんだ手で握りつぶした。
その様子に自分たちの末路を見たえむと類は身体中の血の気が引くのを感じた。司と寧々は用具が引き出され中に浮いた後どこかへ消えることしか見えないが、それでも恐怖を覚えることは十分であった。一歩外に出れば餌食になる。しかしアクションを起こさなければずっと恐怖が続く。最悪な結末が待ち受けている。さすがにこの状況で誰かが外に出ることもできない。4人の身体は既に固まってしまっている。子どもは窓から大きく充血した真っ赤な目を覗かせ、ニタリと細めた。指が窓に入れられると、大きく横へと動かされる。長い木の板が2枚剥がされ、棚が大きな音を立てて倒れた。誰も動けない。逃げられない。そのまま、指が4人を掴もうと伸ばされ────
『……っ、繋がった!!!』
視界は白に包まれた。
*
えむの意識が浮きあがると、耳からは安心する楽しい音楽と話し声が聞こえてくる。
目を開き声の方を見ると、寧々とミクが話をしている。近くにはメイコとルカも居り、遠くにはリンとレンがぬいぐるみと一緒にこちらの様子を伺っているのが見えた。寧々の名を小さく呼ぶと、寧々とミクの視線がえむに向けられた。
「えむ、目が覚めた?大丈夫?」
「うん!……えーと、あたしたち、セカイに来たの?」
「そうだよ〜!!」
いつの間にか隣にいたミクがえむに抱きついた。
怖かったね、と腕の力を強めるミクに、えむも寧々も無意識に入っていた力が抜けるのを感じた。
「わたしもさっき気づいたからまだ何も聞いてないんだけど……司と類もこっちに来てるんだよね?」
「うん☆司くんと類くんは先に目が覚めたから、今はカイトとお話してるよ!」
ミクが指し示す方向に顔を向けると、そこには何かを中心に顔を突き合わせる3人の姿があった。視線の先には何かが居り、話を聞いているような素振りも見受けられる。
「……レンとかもいるの?」
「ううん、レンたちはいないよ」
「でもでも、みんな誰かとお話してるみたいだよ?」
「それはね〜、今からちゃんと説明するね☆」
ミクは話し始めた。
まず、新しいショーの演出に困ったカイトとメイコが類のスマホに顔を出そうとした。しかし、そこに繋がるはずの場所には分厚い壁が出来ており、アクセスできない状況であったという。
驚いた2人はミク含む他のメンバーに相談し、司やえむ、寧々のスマホにアクセスしようとしたがそこにも壁ができていた。だが、えむと類に比べて司と寧々の壁は薄かったため、どうにか破ることができないかと手を尽くしたらしい。
「ぬいぐるみさんたちも含めてみんなで体当たりしてみたり、ドロップキックしてみたり、お祭りしてみたり、色々爆発してみたり色々やったんだけど……」
「色々やってくれたんだね……」
「ちょ、ちょっと突っ込みたいとこもあるけど……色々やってくれてありがとう、続けて」
「どういたしまして!」
様々なことをやっても破れなかった壁は、しかしある時から一気に薄くなったという。その薄くなった時に、ミクとカイトは集中的にアクセスを仕掛けた。すると流れ込んで来たのは恐怖、焦燥、絶望の感情。異常事態が起こっていることは明らかであり、その想いを元に無理矢理にでもセカイを繋げた。そしてそのまま4人をセカイへと引っ張り込み、今に至るという。
「セカイってそんな繋げられるものなの?」
「うーん、寧々ちゃんたちがいつもいる世界とこのセカイを繋げることは難しいよ。でも、さっきまで寧々ちゃんたちがいたところは、セカイのようなところだったから」
「セカイのようなところ?」
「うん。いつもの世界と違うな〜って感じるところ、なかった?」
「あ、蝉さんの声とか、風のびゅーびゅーって音が聞こえなかった!」
「みんな、いつの間にかセカイに入っちゃってたんだね。ミクたちも司くんの想いから出来たでしょ?あの場所も、そうやって誰かの想いで作られてたんだと思う!」
えむと寧々が小さく首を傾げる。えーとえーと、とミクが慌てると、近くで話を聞いていたメイコが助け舟を出した。
「簡単にいうと、お化けとこのセカイって同じようなものなのよ」
「え、?」
「お化けも人の誰かの想いや感情、主に暗い感情が多いかしら、から生まれるものでしょ?そしてこのセカイも、誰かの想い、セカイが作られるのは明るい感情の方が多いわね、そこから生まれるものだもの」
メイコが言葉を続ける。
「みんなは知らない間にお化けの領域に招かれちゃったのね。でもその領域とこのセカイが似たようなものだから、ミクとカイトがあの壁を破いてみんなを直接ここに引き込めたんだと思うわ」
きっと壁が薄くなったのは、みんなが自分がいる場所が普段と違う場所であることに気づいて、出たいと強く願ったからなんじゃないかしら。メイコはそう締め括った。
確かに作業小屋を探している途中、類が違う空間に誘い込まれてしまったのでは、と言った瞬間があった。どうにかして出る手掛かりがないかと周囲に目を配らせ、寧々は小屋を見つけることが出来たのだ。
「あたしたちを助けるために色々やってくれたんだね。ありがとうミクちゃん、メイコお姉さん!!」
「ありがとう。お陰で助かったよ」
ミクとメイコは無事で良かった、と笑った。
「あ、でもこれ戻ったらまたあの小屋なんだよね?まだお化けがいたら……」
「ああ、あの子ならあそこにいるわよ」
「え?」
メイコが示した方向は、先ほどミクが示したカイトたちがいる場所である。
不思議に思うまま近づくと、そこには男子3人に囲まれ、体育座りをした小さい男の子がいた。えむはその顔に心当たりがあった。
「あ、!」
「ああ、えむちゃん、寧々ちゃん。目が覚めてよかったよ」
「気分は大丈夫かい?」
「体調も悪くないか?」
矢継ぎ早に言葉をかけてくることに小さく笑い、大丈夫だと答えると良かった、と安心した顔をした。
「それよりその子、あのお化けさんだよね?」
「うん。連れて来れそうだったから連れてきちゃったんだ」
「カイトってたまにそういうとこあるよな」
司が指摘すると、そうかな、とカイトは笑った。
寧々は初めて見る自分たちを襲っていたお化けを見つめる。見た目は小学校1-2年生くらいの小さい男の子である。おどおどとしており、目線は左右と定まっていない。寧々の視線に気づくとハッとした表情をし、勢いよく立ち上がり頭を下げた。
「ほぇ!?」
「謝っているんだと思うよ。耳が聞こえなくて話せないようでね」
「このセカイに来て、オレたちを襲っていたことが良くないことだったと認識出来たみたいなんだ」
「……そもそもなんでわたしたちを襲ってたの?」
謝罪を受け取る前にそこだろうと、寧々は言った。
「それは僕から説明しようか」
カイトが今まで聞いた話を整理して説明した。
お化けの正体は、あのステージに宿った付喪神であった。えむの祖父が使っていた頃から時が経ち、ステージは使われなくなり、荒れ始めていたという。誰も使う人がいないならば、と諦めてステージと共に朽ち果てようとしたところ、同じく寂れ壊されようとしていたワンダーステージから大盛況の声が聞こえてくるようになった。
付喪神は思った。このステージは忘れ去られようとしているのに、あのステージは活気を取り戻している。そんなことが許せるものか。憎しみは付喪神を怨霊とするのに十分であった。どうにか崩すことはできないかと怨霊たちが力をつける夏にはワンダーステージを観察しに行き、その度に盛況のステージを見ては憎しみを膨らませていた。
そうしてしばらく経った頃、ワンダーステージのスタッフたちが広場に向かっていることを木々から教えてもらった。これは好機であると感じた。あのスタッフたちさえいなくなれば、またワンダーステージは寂れ、壊される。目障りでもあるし、散々怖がらせた後殺してしまえばいい。一石二鳥だと思ったのだという。
カイトの口の動きを読んでいたのか、少年が大きく首を振った。そして用意されたであろうホワイトボードに文字を書き始める。
『ちがう。そうじゃなかった』
『ぼくはただ、みんなとショーがやりたかった』
『ワンダーステージのようにたくさんのお客さんに来てほしかった』
『だから、ごめんなさい』
ペコリ、と再び頭を下げた。
その後、ゆっくりと書き、恐る恐るといったように司たちに向ける。
『ゆるしてくださいとは、言いません』
『でももしゆるしてくれるなら、一回だけ、ぼくでショーをしてくれませんか』
司たちは顔を見合わせる。
そして、ふっと破顔した。
「もちろん、是非やらせて欲しいな」
「怖かったけど、ちゃんと理由があったんだもんね。大丈夫だよ」
「わんだほいなショー、一緒にやろう!」
「ああ!オレたちにドーンと任せておけ!!」
少年の目が見開かれた。そしてその顔にパッと笑顔が咲く。
『ありがとう!』
*
その後、急遽台本を一部変更し、森を舞台にしたショーは本当に森で行われることとなった。
1番の難題であった虫の問題は、付喪神が虫たちに交渉することで事なきを得た。全ての虫がいなくなるわけではないものの、大幅に減った虫に司と寧々は胸を撫で下ろした。
しかし更衣室や控え室から遠くなってしまうため、荷物などは全て持っていく必要がある。妨害がなければほんの数分で着く距離にあった作業小屋は付喪神に壊されてしまったが、類の応急処置によりなんとか使える状況にはなった。そこに荷物を運び込み、ショーと練習に備えることとなった。
えむが衣装が入った段ボールを小屋に運び込むと、中には類がおり、機械を動かすための配線の準備を行っていた。類はえむに気づくと、えむくん、と真剣な顔で話しかけた。
「類くん、どうしたの?」
「おじいさんがえむくんに『ゲート下にうずくまる子どもに近寄ってはだめだ』と怒った時、ここのステージは使われていたんだよね?」
「そうだよ!おじいちゃんがいたから……あれ?」
「そう。ワンダーステージが盛況の様子を見て恨みを募らせた付喪神くんはあの子と違うだろうね。それに、声が聞こえない、話せないなら、追いかけられている時に聞こえた声も違うのだろう。そして、声は司くんと寧々にも聞こえている」
類の額には汗が伝っている。
「思えば最初からおかしかった。付喪神くんは初めからうずくまっていなかったし、声をかけられるのを待っている様子もなかった。声も口が開いていたわけではなかったし、思いが流れてくるにしてはタイムラグがあった。そして僕が遊ばれてると感じた最大の理由は、あの愉快そうな声があったからだ」
えむは手をギュッと握りしめた。
「ワンダーステージのゲート下でうずくまっているあの子は話さないけれど、話せないわけではないかもしれない。声があの子だとしたら、あの子は────」
「……む?あれは」
「司?」
「ああ、寧々。あそこにうずくまっている子がいるだろう。オレにも見えることだし、恐らくそういう類ではないと思うんだが」
「うん。わたしにも見えてるし……迷子かな」
「そうかもしれんな。なんにせよ、放っておくわけにはいかんだろう」
司はゲートの下にうずくまる子どもに手を伸ばした。
「そんなところでうずくまってどうした?お母さんお父さんとはぐれてしまったのか?」
「一体、なんなんだろうね?」
アソボウヨ!