「はぁ、はっ……、は、」
走る。息が切れようと、足がもつれようと。走る、走る、走る。たとえ寒さに血が滲んでも、たとえ夜道に足がとられても、振り返ることは許されない。
「は、ゲホッ、……っ、う」
周囲は暗く、吐き出す息の白さも相まって視界はもう殆ど機能していない。頭の中にある地図の通りに、ただ前へ足を動かす。止まることは決してしない。足を止めることは死を意味する。肺がどれほど悲鳴を上げようと、目的地へと進み続けるのだ。
『ここで死ぬなんてダメだよ。生きて。絶対、絶対だよ』
『わたしたちのことは心配しなくていいわ。さあ、走って!』
(──死ぬことは、ダメだ。2人がせっかく伸ばしてくれた命だ)
諦めて止まってしまうことは簡単だ。だが一度止まってしまったら、碌に食事も取れていなかったこの体は二度と動かないだろう。そして日が登れば警備に見つかり、そのまま処刑台まっしぐらだ。
もう少し、もう少しと足を動かす。国境にまたがる戦争で亡くなった兵や市民の骸を集め、まるでなかったことのように埋められた人の寄り付かない小さい戦地跡。厳しい国境警備の隙をつける唯一の場所。そこを抜けて隣国に渡れれば、やりようはある。まずはそこまで、と既に上手く動かない体を必死に動かす。
「は、は、……ついた、……」
ガサ、と草を分けたその先に真っ暗だった視界に月明かりが差し込む。目標としていた戦地跡に着いたのだと足が止まりそうになるが、まだ終わりではないと自分の腿を打った。走ることはもう厳しそうだが、歩くことはまだ出来る。歩みを止めないようにと一歩一歩と隣国へ続く道を進む。
土で覆われ霜の降りる地面を石や草で切れた素足で踏む。足の感覚はとっくになくなっていた。そこに埋められた人々の名前がとりあえずといったように記された石を横目に、いつからかある大きな木が立つ中心部へ進む。
中心部につき、手を木に付くと裏側から突然話し声が聞こえてきた。この時間に、ましてやこんな場所に人はいないはずと思いながらも反射的に身を潜める。声を探ろうとひとつ小さく深呼吸をした。
「ああ、無念だ」
「俺には妻と幼い娘がいたんだ」
「俺は妻も息子も失った」
「なんでこんなことに」
声は近くもないが遠くもない場所で響いている。見える範囲で探るも、人の姿は見えない。
「戦だ。戦のせいだ」
「戦のせいにしたって仕方がない。どうしようもない」
月の光によってできた影を探るが、声の元の近くを覗いても影がない。類が眉を寄せ、再び身を潜めた。
「ならば何を恨めばいい」
夜の墓地に声が響く。
月に厚い雲がかかった。
「わかりやすいのはあの人だろうな」
「類とかいう、あの軍師だ」
息が止まった。
「軍師?ああ、あの天才とかいう」
「そいつだ。戦略の天才」
「だが家族は死んだ」
「天才のくせに、もっと上手くやってくれれば」
手が震える。
「あともう少しでも早く戦が終われば、息子は死ななかった」
「私たちも死ななかった」
「ああ、無念だ」
震える手で、思わず耳を塞いだ。
その音は散々聞いた。
たくさん、山ほど、そんな言葉では足りないほど。
整い始めていた息が、心臓が、再び大きく速く体に響き始めた。
(死んではいけない。止まってはいけない)
声を忘れ、前へ進もうと足を一歩進める。
しかし一度止まったことで限界を迎えた足は身体を支えられず、地面に倒れ込んだ。
ならば這ってでもと手を伸ばせば、無念の声が頭に響く。
「もっと良いやり方が「お前の頭は邪魔になる「家族が「父さんはお前が殺した「戦が終わればお前は「指示に従ったのに「廃墟だ「もっと早く勝てたはず「相手に情けをかけたのか「みんな死んでしまった「徹底的に潰せと命令されただろう「なんでお前が生きて────────
(生きなければ、動かなければ)
ず、と地を這う。
(犠牲になった人の分まで、ちゃんと生きて)
降り始めた雪が頬に落ちた。
(たくさんの人をえがおにして)
土に爪を立てる。
(あがなっていかなければ、ならないのに)
もう、身体は動かなかった。
(うごかない、ちがう。まだだろ)
(せっかくつながれたいのちだ)
(おちるな、うごけ、うごいてくれ────)
このまま死ぬのは許されない。
「……なんだ、新入りか?」
その音を最後に、暗幕が落ちた。
………………
しんしんと雪が降る夜の街中を、ブレザー型の制服を着た青年がゆったりと歩く。
「……うん?ああ、そうだね、手土産を持っていかなければ……やっぱ酒かな。……フフ、そうだね、昔は良かったんだけど」
歩きながら時おり横を向いて笑ったり、小さい声で話しかけたりしている。しかし隣には誰もおらず、急に顔を向けられた女性は足早にその場を通り過ぎた。現代人なら誰もが持つと言っても過言ではない携帯も持ってる素振りはなく、耳にイヤホン等も見受けられない。
「心外だな、さすがにそんなことはしないとも……ふむ、とりあえずそこら辺の店に……おっと、それはそうだね。もう少し経ってからにしようか」
雪が降るほど寒い中を防寒具もなしにブレザーのみで歩き、1人で誰かと話している。周囲の人間が避けて通るには十分な理由だった。
「ああ、そうかい?……じゃあ」
男は1人笑った。
「一度、戻ろうか」
カラカラ、とどこかから音がした。
*
『何度も言っているが、頼むから髑髏たちを連れて街中を歩くのはやめてくれ』
「こちらも何度も言っているけれど、僕は気にしないし、何も問題ないじゃないか」
『あまり目立ちすぎて通報とかされると面倒くさいだろう。私はあまり人里に降りたくないんだ』
「そう言って、そういう時はちゃんと化けて迎えに来てくれるよね。いつもありがとう」
『どういたしまして、と流されるか。行きたくないと言っているだろう』
「フフ、じゃあ善処することにするよ。九尾の目がこれ以上吊り上がって、より怖くなったら大変だ」
「類」
山中で土の上に正座する制服のような装いの、類と呼ばれた青年。向かいには先が蒼炎が灯る九つの尾を揺らす、人間が立った時と同じほどの大きさの九尾が座していた。
おどけたように肩をすくめた類に、九尾が尾の一本で腕を叩く。痛いよ、と笑った類は、お説教が終わったと足を崩した。
髑髏たちは人に見えないため、類と共に街へ出たとしても周囲には類が1人でいるように見える。しかし類は気にせず普通に髑髏たちと会話をするため、周囲からは関わり合いになりたくないという視線を常に向けられていた。ひどい時には異常者と思われて通報される時もある。
先ほどの類の独り言も、類からしてみればちゃんと会話をしていた。
・-・-・-
『類、ここの奴らと会うのに何も持って行かないのか?』
「うん?ああ、そうだね、手土産を持っていかなければ……やっぱ酒かな」
『誰か買うんだ現代の未成年』
『見た目が問題だな』
「フフ、そうだね、昔は良かったんだけど」
『さすがの類も、それで現代の酒屋に突撃はしないのか』
「心外だな、さすがにそんなことはしないとも」
『とりあえず何にするか決めようよ』
『ここらの特産品とかでいいんじゃないか』
「ふむ、とりあえずそこら辺の店に……」
『待てよ、この時間に学生が店にいるのはダメなんじゃないか』
『前に一回補導されたね、そういえば』
「おっと、それはそうだね。もう少し経ってからにしようか」
『お、類よ、九尾のお狐さんからお呼び出しだぜ』
『狐火だ。うわ、あっち』
『触るな触るな。お怒りだぞ』
「ああ、そうかい?じゃあ、一度、戻ろうか」
・-・-・-
といったように。しかし周囲の人間には見えていないのだから仕方がない。だから髑髏を連れるまでは良いにしてもせめて話さないようにして欲しいのだが、と九尾は呆れたように目をつむり尾で地面を叩いた。最も上手く人間に化けれる妖怪が九尾のため、通報や補導をされた際は連れられた類の迎えに毎度駆り出されるが、その度に書く書類や身分証明証の偽造までするのが相当に面倒くさいのだ。できることならやりたくない。
そんなわけで類に説教じみたことをやり始めたのだが、自由奔放な気質である類にどれだけ言っても暖簾に腕押し、糠に釘。毎度善処はされている、らしい。
遠い目をする九尾に、でも、と類は穏やかな目を向ける。
「……いつも伝えているけど、僕に構わず君は自由にどこへでも行っていいんだよ。僕はやることの都合上各地に移動するが、君は九尾信仰がある場所に居続けた方が落ち着くだろう」
そっちの方が仲間もいることだろうし、と類は笑う。その笑みが本心半分、作られたもの半分であることが分からないほど、九尾と類の付き合いは短くなかった。
ふ、と息を吐くと、九尾は尾を揺らし先の炎を散らす。すると説教中口を出さないようにと九尾の術で隠されていた提灯お化けや無数の髑髏たちが現れ、そのまま類を囲んだ。
「おやみんな、いたんだね」
『私にそれを言うなら、そいつらにも言ってからにしてくれ』
「ああ、君たちも……」
『おいおい冗談言うなよ。墓場から出した責任取ってくれないと困るぜ』
『わたしも。放り出されたら困っちゃうわ』
「いや、髑髏たちはもちろんいつまででも付き合うさ。でもその他の……おや」
類が近くにいた提灯に目を向けると、提灯たちは素知らぬ顔で辺りをふよふよと回っている。まるで聞く気なんてないみたいだぜ、と髑髏がカラカラと骨を鳴らして笑うと、そのようだね、と類は眉を下げた。
「ありがとう、みんな」
化け物に囲まれて、人の形をした“何か”が嬉しそうに微笑む。
離れた場所から様子を見ていた九尾の吐いた細く白い息が、静かに寒空に溶けていった。
*
人も寄り付かない、かつては姥捨山と呼ばれたこともある山の中。月明かりの元、重なった蔦を掻き分け、太陽が高い時分に訪れた少し開けた荒地を目に止めると、類は笑みを浮かべた。
「ここだね」
麓の住人に場所を聞くと、10人中10人が訝しげな表情を浮かべるような場所だ。学生さんがそんなところに何をしに、と聞かれても、陰陽道の学校に通っているため実物資料を集めたいと答えれば感心したように場所を教えてくれた。こういう時に学生という身分は便利だと類は常々感じている。何を聞かれても勉学の一環だと答えれば疑われることは少ない。時おり怪しんだり、時には親切心から付いてくるような人間もいたが、手を合わせ、その場所を観察しすぐ引き上げる様子を見せれば疑念が続くことはなかった。
今回もとある老父に疑いをかけられたため、そのまま道を案内してもらい、昼に一度共に引き上げ、草木も眠る丑三つ時に再びやってきたところであった。
類が荒地に一歩足を踏み入れると、ざわ、と空気が揺れる音がする。それを気に留めず進むと、 こちらへ来るなというように向かい風が吹いた。類は口元に軽く笑みを浮かべ、さらに歩を進める。
『……、ナ』
『カエ………、クルナ』
『カエレ………』
地に響く声が風に乗って耳に入った。
フフ、と類は声に出して笑うと、歩みを止めないまま呟いた。
「ここの住人たちは随分と優しいね」
その声が聞こえたように、シン、と風がやむ。
草木の擦れる音もなくなり、類は墓地の中心部でようやく足を止めた。
すると、類の足元がボコ、と不自然に盛り上がる。
そのまま放射状に裂けると、白い何かが意思を持つように土から出て、類の右足を掴んだ。
土の中へと引き込もうとするそれを類は笑みを浮かべながら見つめる。そしてしゃがみ込み、白い何か───人の手の骨にそっと触れた。恐怖することもなく唐突に触れられたことに驚いたのか、骨が動きを止めた。
「君の恨みはなんだい?」
類は優しく問いかけた。
足を掴む力が強まる。
しかし類はまるで何も感じていないかのように笑みを浮かべたままでいた。
さらに広範囲に地面の亀裂が広がる。
大きな地響きが鳴ると、地面から大きな骸骨が起き上がった。
類の足を強く掴んだまま、骸骨は頸椎の先についたされこうべの口を大きく開き、類に近づいた────
『……なンだ、人じゃナイのカ』
が、その言葉と共に骸骨は動きを止めた。
類の足を掴む手も離し、土の中へ戻ろうとする。
「フフ、待っておくれよ。せっかくだし、良ければ少し話をしないかい?」
類が声を張ると、どこに隠れていたのか、無数の髑髏たちが類を囲んだ。不意に頭上が暗くなったと思い骸骨が上を見上げると、そこにはそこらの大木を超えるほどの髑髏が月を遮り、目の位置にある大きな窪みが怪しげに赤く光っていた。
骸骨は類に顔を戻すと、おもむろに足骨を土から出し、その場に腰を下ろした。
*
「ああそうだ、これ、どうぞ。近くの都市で買ってきたんだ」
類は群がった髑髏たちからひとつの紙袋を受け取り、そのまま骸骨に差し出す。
『……………』
「おや?お気に召さなかったかな」
『………………イヤ、』
とりあえずと骸骨は受け取った。中を覗くと、小さくてあまりよく見えないが、確かに近くの都市で古くから作られている焼き菓子、と思わしきものが見える。
骸骨が中身を確認する様子を見た類は、はっとしたように口元に手を当てた。
「すまない、君の大きさだとそれは小さすぎるね……最近は人の大きさの髑髏たちとしか出会っていなかったから、考えが抜けてしまっていたな」
『確かに、こんな大きい奴に出会うのは久々だな』
『爺以来か?』
『誰が爺じゃこのヒヨッコども』
周囲の木々をゆうに超える大きさの大髑髏が指で軽く類の周囲の髑髏たちを突く。しかし大きさが大きさだ、髑髏たちはガチャガチャと骨を鳴らして逃げ惑った。
「フフ、まあ、誰よりも餓者髑髏らしい餓者髑髏の姿をしているよね。僕なんて一瞬で潰されてしまいそうだ」
『はっはっは、お前まで冗談を言うな。おれが主を潰せるわけなかろ』
大髑髏が笑うと、軽く地が揺れた。それに髑髏たちが驚くと、大髑髏はまた面白がるように頭を揺らした。
それらの様子を、骸骨はじっと見ていた。
その視線に類が気づくと、大髑髏に向けていた顔を戻し、笑いかける。
「すまないね、みんな君と出会えて嬉しいんだ」
『……』
「……そうだね。何よりも先に、君の今感じている疑問を解決するところから話そうか」
一度言葉を区切ると、類はひとつ瞬きをする。
「君は今、自分が意思を持って行動できていることを不思議に感じている。そうだろう?」
骸骨は自らの手をされこうべの前にやる。類の言うとおりであった。
「餓者髑髏」は、殺されたり、のたれ死んだり、はたまた戦死者だったりと、きちんとした埋葬をされなかった者たちの恨みが集まった妖怪である。人間という存在に恨みを持っており、見つけると容赦なく襲い掛かる。近代になり埋葬されぬ者は減ったものの無くなることはなく、未だ増え続けている妖怪のひとつだ。
そして餓者髑髏は、狐や他の人形の妖怪たちとは違い意思を持つことが少ない。人間を見つければ襲い、いなければ土に眠っているものなのだ。
しかし、今骸骨は意思を持ち、言葉を交わすことができ、人間を襲いたいという衝動も抑えられている。
『ああ、その通りだ。……これはどういうことだ?』
「言葉もちゃんと話せるようになったみたいだね。さて、その答えだけど、簡単に言えば僕と話したからだね」
『話したから?』
「そう。そもそも餓者髑髏は死者の恨みや憎しみといった感情を集めたものだ。つまり、他の妖怪たちと違って、元は人間。ここまでは分かるかい?」
『ああ』
「ありがとう、続けるね。では何故元人間であるはずの餓者髑髏が意思を持たないとされるか。それは、感情に囚われて理性を失った状態だからだ。もちろん、この状態は生きている人間にも起こりうるものだね」
『……そうだな』
骸骨はガチ、と骨を鳴らした。
「だから、生きている人間と同じ扱いをするんだ。僕を襲わせて、標的と違うと認識した瞬間、衝動が収まり理性が出るその瞬間に言葉をかける。うまくいかない時もあるけれど……君のような髑髏は、大体話が通じるようになる」
『俺のような?』
「ああ。草木に囲まれ、人々に忘れられるほど生まれてから時が経っている髑髏だ」
『……』
「君のような髑髏は、大体が恨みの元となる特定の人間が既にいなくなっているなどで、人間全体に対する恨みが薄まっていることが多い。しかし薄まったとしても供養もされず、一度餓者髑髏として成立した以上、簡単に消えることも出来ない」
君もそうだろう?と類は問いかけた。
骸骨は俯いた。
この地には様々な恨みがあった。戦地として忘れ去られてからも、姥捨山としていらなくなったり使えなくなった老人やらの人間を捨て置く場所としてあった。敵に対する恨み、捨て置いた人間に対する恨み、自らにこんな仕打ちをした世界に対する恨み……そのような恨みが積もり積もって、人の身長をゆうに超える餓者髑髏を生み出した。
しかし、元より忌み避けられていた場所である。襲うにしても人は居らず、稀に訪れる人間もわざわざ餓者髑髏の動ける夜の時間に来る者はいなかった。
長い時を経て、恨みは悲しみに変わった。かつて心から恨んだ国も、敵も、捨て置いた人間も、最早この世にはない。だと言うのに、供養もされず、妖怪として生まれてしまった餓者髑髏は、天に昇ることも出来ない。
もう楽にしてくれと願うまま、ただ人を襲う餓者髑髏として、冷たい土の中に眠っていた。
『……そうだな。その通りだ。だが、お前の言う理性が戻ったところでどうしようもない。かつての恨みを晴らすことも、天に昇ることさえ許されない』
「どうにかなる、と言ったら?」
『……は?』
類はここからが本題だけど、と続ける。
「君のような餓者髑髏は、意外と多くてね。ここにずっと居てもそれは解決しないのなら、僕と一緒に世界を見ないかい?」
『……世界を?』
「ああ。今の世界は、おそらく君が、君たちが見てきた世界とは大きく変わっているよ。その中で、人間を襲うこともなく、笑い、泣き、色んなものを見て心が満たされると、天は供養された仏として餓者髑髏、正確にはその餓者髑髏を形成する一人ひとりを迎え入れるようなんだ」
『そんなことが、本当に……』
「あるよ。実際、何人かの髑髏を見送っているしね」
骸骨は驚く。
そんなこと、聞いたこともなければ一般的な話であるはずもない。しかし、ここにずっと居てもただ寂しさの中来るはずもない迎えを待っているだけの日々であることは確かだった。
「無理にとは言わないし、君が帰りたいとなればここまで送り届けよう。また今までの経験上、ここを離れれば君はおおよその人間から見えなくなるし、僕と話をしている限り理性を失い人を襲うこともない。君が天へ行くその時まで、一緒にこの世を楽しもうじゃないか」
類は笑みを深め、手を伸ばした。
『……ああ、よろしく頼む』
骸骨はひとつ頷くと、おそるおそるといったように類の手に応えた。
類は差し出された大きな手の骨の先を掴むと、こちらこそよろしくね、と嬉しそうに声を弾ませた。
『ところで、お前は何者なんだ?餓者髑髏に理性を取り戻させ、こんな酔狂なことをやる奴なんて、他に見ないだろう』
「ああ、すまない。そういえば自己紹介がまだだったね」
類はすっと佇まいを整えると、優雅な仕草で胸に手を当てた。
「僕は類。人も妖怪も、皆等しく笑顔になることを夢見て生き続けている。改めて、どうぞよろしく」
その姿に、骸骨────新たに仲間に入った髑髏はふっと息を吐いた。
『人も妖怪も笑顔に……それは、途方もない夢だな』
「そうかもしれないね。けれど、達成出来たら素晴らしいと思わないかい?」
『……その通りだな』
周囲で静かに展開を見守っていた髑髏たちが、ようやくと言ったようにわらわらと集まる。
新しく入る仲間に興味津々といったように、無数の声が山に響いた。
『新入りか、よろしくな』
『現代は楽しいぞ〜、酒は飲めないが』
『見せ物なんかも昔に比べてだいぶ変わってたりしてな』
『お、そうだ類。どうせならあんたの十八番、新入りに見せてやりなよ』
『十八番?』
新入りの髑髏が不思議そうにされこうべを傾けた。
類はそうだね、と笑って応えると、左の人差し指と中指をピンと揃え、右の手のひらにパンパンと打ちつけた。
よく響く音に、無数の声がなくなる。
いつからいたのか、数体の提灯お化けや髑髏が類の近くに並んだ。
そして、響くように作られた声が朗々と語り始めた。
「……さて、これからお話し致しまするは、とある国で参謀役としてあった、ある男の話────」
*
ガチガチ、ガシャガシャと骨を叩く音がする。
『これはいつ見ても面白いな』
『色んな結末があるのが、最後まで分からなくていい』
『また見せ方を変えたか?』
「よく気づいたね。少し変えてみたんだ」
礼をした状態から頭を上げた類が嬉しそうに頬を緩めた。類の語りに乗っかり演じた提灯お化けと髑髏たちも心なしか気分が浮ついているようにそこらを彷徨いている。
「君も、どうだったかな?」
『面白かった。こういう感情になるのは本当に久しぶりだ』
こういう感情をこれから積み重ねていくのだな、と髑髏は感心したようにガチガチと手骨を叩いた。その返答に類が満足げに頷いていると、どこからかパチパチ、と聞こえるはずもない手を叩く音が聞こえてくる。
「……九尾?いるのかい?」
類は今日は姿を消している九尾が人の姿に化けて出てきたのかと声を張った。九尾は類のことを自由奔放だと言うが、類は九尾も負けず劣らずと思っている。
髑髏たちも周囲を見渡すが、周囲には髑髏と提灯お化けたちしか見えない。一同が首を傾げていると、ちょうど類の目の前に立つ大きな木から、先ほどの類の声とは比べ物にならないほどの声が響いた。
「素晴らしかった!!!!!!!!!!!!」
「え?」
類が反射的に声の方向を見ると、そこには人間の男のような影がひとつと、小さな獣の影がふたつ。拍手の音は人間のような影から発せられているようだった。
「……迷い込んだ人間、というわけではないのかな」
類が警戒するように一歩下がると、後ろに控えていた大髑髏がそれを守るように手を類の横につき、隣に並んだ。
その様子を見た影たちは慌てたように手を振り、するすると木を降りながらその姿を表した。
「すまん、驚かせるつもりはなかったんだ。たまたま見かけて、素晴らしいショーをやっていたものだからな」
『声がデカ過ぎなんだよ』
『オレたちは静かに去ろうと思ってたのに』
「妖怪たちと共にこんなことをやろうとする存在なんて、オレたち以外いないと思ってたんだ!仕方ないだろう」
獣の姿は狐と狸に見えた。中心に立つ人に見えるモノは金髪に髪先に向けたグラデーションという派手な頭部に対して、眼鏡をかけ詰襟の学生服と思わしき地味な服装をしている。
類は獣たちの姿を見て、麓で聞いたひとつの話を思い出した。
曰く、時おり気まぐれに姿を見せては、人を騙し、脅かし、怖がらせ、泣かせるという────
「この山にはイタズラ好きの狐狸がいる……って、君たちのことかい?」
類は首を傾げながら尋ねた。
狐狸は古来から人を騙くらかす妖怪として名を馳せているが、この山に住む狐狸は騙くらかすだけではなくイタズラをすると言う。曰く、木こりの人形が急に動き出したかと思えば木の葉に変わったり、かかしの服が奇抜になっていたり、夜には光る狐や狸の姿が見えたり、急に大きな音がなったと思えば木の葉が大量に舞っていたりするのだと。
「い、イタズラ!?そんな風に思われてたのか!?」
『だから言ってたじゃんか』
『7割くらいは狸のやらかしだけどな』
『なんだと狐!お前だってこの前────』
「お前ら落ち着け!毎度毎度そんなことで喧嘩するな!!仲間だろう!!」
『『えー』』
「えー、じゃない!!!」
類はひとつ瞬きし視線を横にずらした。
害を与えてくる様子はない。こちらが何も話さずとも随分と賑やかにしており、本当に先程まで落ち着いて類の語りを聞いていたのかと首を傾げるほどだ。
類は大髑髏と目を合わせた。大髑髏はひとつ頷くと、類の横についていた手を類の目の前に倒した。
類は横たえられた手に乗るように足をかけると、顔に笑みを形作った。
「じゃあ狐狸くん。君の領域に、大所帯で不躾に乗り込んでしまってすまなかったね。それじゃあ」
「あ、ま、待て!待ってくれ!!」
「何か?」
「じ、自己紹介がまだだろう!オレはいずれ世界を司る狐狸の司だ!!こっちはこの妖怪界では他にみないほど変化の天才でありオレの仲間である狐と狸!!またの名を────」
『『それはやめてくれ!!』』
「……狐狸の、司?」
類は大髑髏の手に乗ったまま、顔だけを司と名乗った狐狸に向けた。
「君、群れを作っている妖怪でもないのに固有の名前があるのかい?珍しいね」
「ああ、昔いた麓の村の少女がつけてくれたんだ。この姿も、その子に影響されて作ってな」
「見える子がいたんだね」
「その子は病弱でな。幼かったこともあって、こちら側に触れることも出来たんだろう。といっても、今は見えなくなってしまっているようだが」
「へぇ、人間と随分親しくしていたんだ」
「そうだな。────あの子はオレの芸で笑ってくれた、初めての人間なんだ」
司は目を伏せた。
*
司が少女に出会ったのは山の中だった。動物をかけるための罠にかかった狸を罠から離そうと司──当時は名前がなく狐狸というだけだった──が奮闘していると、少女が声をかけてきたのだ。
『罠、外しちゃうの?』
司の姿が人間に見えたことに驚きながらも、この狸は自分の大切な仲間なのだと力説すれば、人間たちが罠を外す時の手順を教えてくれた。
『仲間と離れちゃうのは、寂しいもんね』
そう寂しそうに笑った、狸の命の恩人でもある少女の話に、狐狸は少し付き合ってやろうと耳を傾けた。
少女は体が弱く、療養のため一時的に司のいる山の近くの病院にかかっているのだと言った。入退院を繰り返しており、退院し共に近くに移り住んでいる両親の元へ住んでいた時に司と出会ったようだった。本来は都市の方に住んでおり、そこには幼馴染もいるのだが、入院のため長らく離れ離れになってしまったと言う。
それを聞いた司は、この少女を騙してやろうとほくそ笑んだ。狐狸は人を騙し悪事を働く妖怪である。助けてもらったなどの恩を感じるのは人間だけ。そんな狐狸に美味しいネタを用意しては、自分を騙してくれと言っているようなものだ。司が少女に写真はあるかと聞くと、喜んで幼馴染たちの顔を見せてくれた。司は狐と狸によくよく顔を覚えさせると、少女に礼を言って別れた。
その夜、少女の眠る寝室にこっそりと忍び込んだ司たちは、少女の幼馴染という3人の少女に化けた。そうして少女の肩を揺すり起こすと、少女はたいそう驚いた。大きな声を出そうとした少女の口を人差し指で抑え、ニッと笑ったかと思うと、次の瞬間その場に木の葉が舞い、その場には司と狐と狸だけが残った。さあどんな顔を見せてくれるかと司が少女を伺うと、少女は呆然とした表情をした後、あはは、と声をあげて笑った。
『すごーい!狸さんたち、もしかしてアタシを励ましにきてくれたの!?ねえ、他の人にも化けられる?』
今度は司たちが呆気に取られた。困惑の中求められるままに変化すれば、少女は楽しそうに手を叩いた。親に気取られないようにと部屋に音消しの術をかけていなければ、周囲の人間が集まって来てしまっていただろうと思うほど、少女は笑った。
司たちは今まで人を驚かせ、騙し、怯えさせたことはあれど、笑わせたことはなかった。そもそも人を笑わせるなんて、狐狸という妖怪の本分に反する。しかし司たちは変化を繰り返し少女が笑うという行為に、今までにない喜びを覚えていた。もっと笑って欲しい、そんなことまで思うほどに。
その夜は少女が笑い疲れすとんと眠りにつくのを見送るまで、司たちは少女を笑わせ続けた。寝入り際に少女が言ったまた来てね、という言葉に、狐も狸も目を丸くして顔を見合わせた。再来を請われたことなんて今まであっただろうか。今までに感じたことのない感情を持ったまま、司たちは音もなく少女の家を後にした。
その後も司たちは少女を笑わせ続けた。変化はもちろん、時には声を大きく張って見世物のようなものをした。少女が入院すれば病室まで行き、大きく動けない少女に優しく語りかけた。そうしてるうち、狐狸たちが名前を持たないことを知った少女は名前を考え始めた。妖怪に名などいらないと言った狐狸に、アタシがつけたいの!、と少女は言った。そして数日後、少女の両親と一緒に考えたのだと言いながら、少女は名前を狐狸につけた。
『アタシにお兄ちゃんがいたらって、お父さんたちと考えたんだ!あなたの名前は────』
そうして狐狸は“司”という名を得た。狐と狸の名前は未だ考え中なのだと少女が言うと、司は自分も一緒に考えようと少女と共に話し合った。最終的に司の素晴らしいセンスによってこの世にふたつとない素晴らしい名前を与えられたのだが、狐と狸は何故か絶対に名乗ろうとしない。少女には折れているようだが、司には呼ばれることすら大いに嫌がる。何故だと叫ぶ司に、少女はそれまた楽しそうに笑った。
しかし、少女と過ごす日々はそう長く続かなかった。司たちを名付けてからしばらくして、少女は病状が回復し、元々住んでいた都市に戻れるまでになったのだ。そしてそれに伴うように、司たちの姿が少女に見えなくなってきた。司たちがいつものように声をかけても反応がないことが増えた。しかし司たちもはいそうですか、と諦めることは出来ず、そういう時は変化をして置物等になることで存在を示した。置物が急に動き出したことに少女は驚いたが、司たちの行いだと分かると嬉しそうに破顔した。たくさん笑って、この町を去る日が近づくと泣くことが増えた。その頃には、変化をしない司たちの姿を少女は見ることが出来なくなっていた。
そうして迎えた最後の日。少女は司たちがいることを確認してから、大きな目に涙を溜めて言った。
『アタシね、病気が治ったのはみんながアタシをたくさん笑わせてくれたからだと思うんだ。だからね、アタシにほんとにお兄ちゃんがいたら、こんなだったのかなって思ったりして』
少女がひとつ瞬くと、涙が赤くなった頬に涙が流れた。
『だからね、最後に一回だけ、お兄ちゃんって呼んでみちゃ、ダメかな……?』
司は考えた。変化すれば少女に姿を見てもらえる。しかし置物やぬいぐるみでは、この最後の場面に格好がつかない。だから考えた。この少女の兄だったら。きっと綺麗な金髪はお揃いだろう。少女は女学生であるから、兄も学生であるほうがいい。そうして、司は“少女の兄”の姿に化けた。
少女が突然現れた姿に目を丸くすると、司は笑みを浮かべて腕を広げた。少女はひとつも迷わずその腕に飛び込んだ。そうして、別れにわんわんと泣いた。少女も司も、きっともう二度と相見えることはないだろうとどこかに確信を持っていた。
『お兄ちゃん、お兄ちゃん……!今まで、ありがとう……!!』
『……ああ、ああ!オレの方こそありがとう!オレはずっと、お前のことを想っているからな……!!』
気づけば司の頬にも涙が伝っていた。妖怪として成ってから、初めて流した涙だった。だが不思議と悪い気持ちはしなかった。
*
「──少女に出会ってから、オレは人を笑顔にする喜びや感情が揺さぶられることの素晴らしさに気づいた。だから、オレは少女がつけてくれたこの名に恥じぬよう、妖怪も人間も皆笑顔で溢れる世界を作り、その世界を司どりたいと思っているんだ……ってお前、聞いているか?」
「え?ああ、もちろんだとも。急に始まって驚いたけど、面白いお話だったよ」
狐狸たちが話の締めを示すポーズを取り、いつからか大髑髏の手に腰掛けた類を伺うと、類はパチパチと手を打った。
類が来た時は月が高くあったが、今は既に月は眠り始め、太陽が起き始めている。提灯お化けはその明かりを消し、類の横でただの提灯となっていた。類は大きく欠伸をすると、眠そうに何度か瞬きをした。
「とても面白い話だったけれど……演出はもう少し考えた方が良いかもしれないね。せっかくそんな高度な変化能力を持っているんだから 」
「演出、だと……?」
「話を聞く限り、今町の人にしていることも、君たちがみんなを笑顔にしようとしてやった事がイタズラとして捉えられてしまっているんだろう?それなら、見せ方を変えなければね」
「それは、その通りだが……、むむ……?」
「たとえば……そうだな、今見せてくれたもので言うと、君の声はよく通って聞きやすいがいかんせん一本調子だ。緩急をつけて語り口を変えた方が観客は飽きない」
特に穏やかなシーンはね、と類は付け加えた。
「なるほど……」
「後は話の順序を変えてみたり、無駄なシーンを削ったりとかかな。少女に見せた芸を逐一実演してくれるのは面白かったけど、話全体の流れを考えると削った方が見やすいかもしれない」
「ふむふむ……って、ダメ出しばかりではないか!?」
「え?あっ……すまない、見せ物のことになるとつい」
類はぱっと口に手を当てると、気まずげに視線を逸らした。すぐに再び司に目線を戻すと、でも、と眉を下げて口元に笑みを浮かべた。
「色々嫌なことを言ってしまったけど、面白かったよ。人間と妖怪の、最終的には別れてしまう悲しいお話に思えるけど、それを悲しいものと決めず前向きに終わらせるところとかが特にね」
「む、いや、別に嫌とかではなかったんだが……だがその言葉はありがたく受け取っておくぞ!!」
「うん、そうしてくれ。良いものを見せてくれてこちらこそ感謝するよ。それじゃあ、またどこかで」
「ああ、また……って違う!!待ってくれ!!!」
手をあげて再び司に背を向けた類に、司は慌てたように声を上げた。まだ何か、と視線だけを動かした類は司がこちらに手を出していることに気付き、目を丸くした。
「……なにを、してるんだい?」
「頼む!オレたちと一緒にショーをやってくれないか!!」
「ショー……というと、見せ物のことかい?」
「ああ!お前のショーは素晴らしかった。さっきお前も指摘してくれたが、オレたちにはまだ足りないものが多い。だからこそ!是非ともオレたちと一緒に、妖怪も人間も笑顔になるショーを作ってくれないか!!」
「一緒に……」
類は目を逸らし、顎に手を当てた。
髑髏たちや提灯お化け、時には九尾たちと一緒に見せ物を作ることはあれど、それは全て類が誘ってのことだった。断られれば深追いはしないし、演じる面々も時と場合により変わる。基本的に類一人で舞台進行全てを行っており、髑髏たちはそれを盛り上げたり一部のシーンを視覚的に分かりやすくしたりなどの役割を負うだけだった。
しかし、この狐狸の言う“一緒”は恐らく違う。
「一緒、と言うと、具体的に?」
「む、そうだな。オレたちは変化が得意だから、お前にさっき言ってた……演出だったか、をつけてもらって、オレたちが主に演じるという役割を担う、というのはどうだろうか!」
やはり、と類は頷いた。
そして、それならばと口を開く。
「そういうことなら、お断りするよ」
「おおそうか!!これからよろしくたの……ってお断りだと!?」
提灯や髑髏たちとはやっていたじゃないか、と司は叫んだ。その声に提灯お化けたちが大きい目を開こうとするが、類は撫でるようにその目を閉じさせた。
「すまないけれど、僕はひとりでやるのが好きなんだ。君の信念には共感するけど、それぞれで頑張ろうじゃないか」
その言葉を最後に、いよいよ類は大髑髏の手を叩いた。大髑髏は司の方にチラリと顔を向けたが、そのまま類や髑髏たちを乗せて空高くに手を上げた。
司は呆然とした表情でそれを見ていたが、不意につん、と袖を引っ張られる感覚がして横を見ると、1体の髑髏が司の制服を掴んでいた。そしてそのまま上に影がかかったと思うと、先程の大髑髏よりは小さいが相当の大きさがある髑髏が司たちを掴み手に乗せた。
「うおっ、!?」
『なんだ!?』
『どこに連れて行く気だ!!』
『落ち着け。類について行くだけだ』
驚いて跳ねる狐と狸に、横にいた髑髏が落ち着いた声で言った。司たちを手に乗せた髑髏はそのまま手を持ち上げ、前を行く大髑髏について行くように歩き始める。
「……どういうつもりだ?お前たちはあいつに従っているのではないのか?」
『従う、という言い方を類は好まないが、まあ基本的にはそうだな』
『類?それがあいつの名前なのか』
『そういえば名前すら知らなかったな』
『はは、それは類が悪かったな。あいつも色々あったんだ』
髑髏がカラカラと笑いながら腰を下ろす。司たちも持ち上げて寝転がされたままの状態であったため、落ち着く場所に各々座った。
「色々、というのは、聞いて良いものか?」
『俺の口から言えることは少ないが……まあ、そうさな。軽くなら良いか』
そう言うと、髑髏はカチカチと骨を鳴らした。
『元々、類は誰か他の人間やら妖怪やらを誘って見せ物をやろうとしたんだ。だが、あいつは存在が奇特だからな、誰も一緒にやろうとしなかった』
「む、そうなのか……?」
『お前は違うかもしれんが、世の中そういうもんさ。人間は妖怪に怯えるから、人間と一緒に妖怪を笑顔にすることは厳しい。なら妖怪たちはといえば、餓者髑髏を従えてる上類自身が妖怪ではないこともあって、縄張り意識の強い妖怪たちは誰も寄り付かなかった』
俺はよく知らないが相当酷い目にも遭ったことがあるらしい、と髑髏は息を吐いた。
「それは……悲しいな」
『だろ?俺も全部は知らないが、そんなこともあって類は誰かと一緒に見せ物をやるってことに躊躇いがあるらしい。お前は髑髏たちと一緒にやってたと言ったが、あれは類の指示聞いて勝手にやってる、いてもいなくても成立するようなもんなのさ』
だからさ、と髑髏は司に真っ直ぐ向き合った。
『お前が……お前たちが一緒にやってくれって言ったの、俺たちは結構嬉しくてさ。少なくとも俺がいる時から今までは類に対してそんなこと言う奴はいなかった。しかも変化が上手くて役を演じられると来た。九尾のお狐さんは見せ物には入ろうとしないから』
『きゅ、九尾のお狐さまがいるのか!?』
『おう、いるぞ。今は見当たらないが、いつかひょっこり出てくるだろ。類についても俺よりは詳しいだろうから気になったら声かけてみると良い』
突然跳ねた狐に、隣にいた狸が不満げに尻尾を叩きつけた。狐は全く気にもせず自分の尻尾を見て九尾……と呟いた。そして叩きつけられた狸の尻尾を掴むと、司に似た人型を取り、落とすぞと脅すように狸に顔を近づけた。
「お前たち!!喧嘩をするなとあれほど!!!」
『『だってこいつが!!!』』
『ははは、賑やかだな』
髑髏の笑い方に、面白いとは違う感情が混ざっていることに気付き司が顔を向けた。
『類に必要なのは、きっとこれなんだ』
髑髏は前を行く大髑髏の手で眠る類に視線をやった。
本来表情の分からないはずの髑髏が、確かに悲しげに笑っている様を司は見た。