Rent君に「愛してる」と告げるのは、もう何度目だろう。
あたたかい我が家のドアを開けて、満面の笑みで手を振り出かけていく君をこうして見送るのも、その逆も、もはや日常に当たり前に溶け込んだ風景だ。
…初めて、あの廃船の部屋から君を送り出した時。俺は君になんと言ったのだったか。
あの時なら、「この場所のことは忘れてくれ」でも、「二度とくるようなことにならないように」でもよかったはずだ。それでも俺の口は、気付けば「いつでもここを使って良い。君が困っているなら、だけど」などと宣っていた。
それがまさか、「いってらっしゃい、愛してるよ」になるだなんて。
ついさっき見た向日葵のような笑顔を思い出す。向日葵は好きだ。見ているだけで、心の奥底に小さく太陽が灯り、暖かく照らされている気分になる。
そういえばじきに向日葵の季節がやってくる。今年はレオンに頼んで上等なものを仕入れてもらうか…と考えていると、玄関のドアが勢いよく開き、金色の毛玉が転がり込んできた。
「ああ、おかえりテッド。ずいぶん早かったんだね」
「また冗談!忘れ物しちゃったの!」
「そりゃ大変だ、気づいて良かったな。どこに置いたんだい?」
振り向いた俺の唇に、テッドの柔らかなそれが重なる。
「これ!へへ、慌ててたからいってきますのちゅー忘れちゃった。じゃ!愛してるよウェド!いってきます!」
「……は、ははっ!とんだあわてんぼうだ。行ってらっしゃい、俺の愛しい、小さな翼。転ばないように気をつけろよ」
「やだな、子供じゃないんだから…うわっと!」
海岸線へ降りていく階段で蹴躓く背中を見て、愛しさに目を細める。
まったく、いつまでたっても彼は俺の前では無邪気なままだ。こういうなんでもない毎日が、いつまでも続けば良い。
そうだ、今日はマーケットで花を買ってこよう。夕飯も、テッドの好きなロフタンのステーキのフルーツソースと、国際通りに新しくできたパン屋のバゲットにしよう。
ちょっとばかり愛情が溢れすぎた日にはちょうど良いディナーになるだろう(俺がキッチンに立ちさえしなければ)。
適当な紙に買い物リストを書き付け、留守を任せたうーくんの頭を撫でてドアを開ける。
海風が心地よい。なんて良い日なんだろう。どこかから聞こえてくる汽笛の音に耳を澄ませ、俺はマーケットへ向かってのんびりと青空の下を歩き出した。