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    Ydnasxdew

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    【現WT】笹の葉さらさら『恐れ入りますがもう閉店時間ですよ、ミスター』

    頭上から降ってきた流暢な英語に、ウェドは長らく突っ伏していたカウンターからのそりと顔を上げる。
    先程まで店内を掃除していた長身の店主は、既にこちらに背を向けてエプロンの紐を解いていた。

    『今、何時?』
    『閉店時間だっつったろ?0時…と言いたいとこだが、清掃も終わって1時回ったとこだよ』

    23時頃までの記憶はある。
    7月7日。今日はサリア考案のバータイムを使った七夕パーティーイベントで、キッチンで役に立たないウェドははじめからシフトを外されていた。
    外は生憎の大雨だった。だが常連からサリアがSNSで呼びこんだのであろう若い客層まで、店内はそこそこの賑わいを見せており、ウェドはその中にテッドが現れるのをずっと待っていたのだ。

    だが、彼は今夜現れなかった。

    『まったく、従業員が情け無い潰れ方しやがって』
    『今日は非番だ』
    『ほれ、シャキッとしろ』

    店主─アルが、グラスいっぱいに注いだ水をウェドの前に置く。ウェドはそれを一気に飲み下すと、再びカウンターに突っ伏した。

    『…なぁ、アル。何がいけないんだと思う?』
    『なんだよ唐突に』
    『同性だから?やっぱり女性経験?ツケが回ってきてる?それとも、本質的に俺が外国人だからなのかな』

    アルはひとつため息をつくと、カウンターを挟んでウェドの前へ腰掛けた。

    『テッドのことか。誘いはしたんだろ?』
    『ああ。この間、二人でタナバタ祭りに行ったんだ。学術的にも面白い文化をたくさん知れた。最後に、あの細長いメモ…タンザクか、あれにちゃんと願い事もして…』

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

    「よいしょ、と……この辺なら目立たなくていいかな」

    様々な七夕飾りに彩られた大きな笹の葉が、海風に揺られている。
    テッドは少し背伸びをして、自分の願い事を書いた短冊を少し高い位置に結びつけた。
    地面に程近くなるにつれ結ばれた短冊は増えてゆき、その多くにはつたない文字で書かれた可愛らしい願い事が書いてある。

    逆にテッドが結びつけたあたりには、多国籍を感じられる外国語でのメッセージが書かれた短冊が多く揺れている。
    この街の七夕祭りに訪れる観光客は少なくなく、故にテッドが外国語で道を聞かれて慌てる機会も少し増えているのである。

    「おれもイッショにつけます」
    「あー!だめだめ!ウェドはそう…もうちょっとこっちにつけよ!」

    ウェドはテッドに身体をぐるりと回され、その先にあった別の笹の葉へ短冊を括り付けた。

    「タナバタ、ねがいは、見たらダメ?」
    「うーん、別にそんなことないんだけど…なんか恥ずかしいじゃん」
    「どして?」
    「どうしてもなの!そういうウェドは恥ずかしくない願い事したの?」
    「したよ。"テッドがすきになってください"って、ちゃんとかくことしたよ」
    「あは!なんだよそれ…またよくわかんないことするんだからなぁ、ウェドは」

    太陽のように眩しい笑顔が、波音のように心地よい笑い声が、ウェドの胸を締め付ける。

    "よくわかんない"

    ──伝わっていないのだ。この気持ちの、ひとかけらさえ。

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

    『その日の別れ際、今夜のことを話して誘ったんだけど…』

    ウェドは大きくため息をつくと、グラスの中に残った氷をカラリと回し、溶けた水を喉に流し込んだ。アルコールで火照った身体の芯が急激に冷やされ、どうしようもない現実の虚無感が胸に広がっていく。

    『どんなにアプローチしても、なにひとつ伝わってないって思い知らされた。ふざけてると…もしかすると、馬鹿にしてるとさえ思われてるかもしれない』
    『ま、そうかもな』
    『恋愛がこんなに難しいって感じたのは初めてだ。今までの女の子たちがどんなに苦しい思いをしたか、今になって神様が俺に罰を与えてるのかも』

    自分とそう変わらない大きな背中がしゅんと小さくなるのを見て、アルは密かに、口の端に優しい笑みを浮かべた。

    『ひとつ賢くなったじゃないか、ディアス君。そんな君にもうひとつ、年上のイイ男から金言をやろう』

    ウェドがふたたび顔を上げると、カウンターには二人分の青いクリームソーダが置かれていた。

    『お前が学びにきたとおり、この国にはこの国の文化がある。言葉はもちろん、生活の全てが世界中のどこより独特だ。だから愛情表現の文句も違えば、仕草も違う。そのうえ、テッドにはテッドの生活…"文化"があるんだ』

    アルはカウンターの下から小さなタッパーを取り出し、中に入っていた星型のフルーツをグラスに盛り付けていく。

    『学問は机の上やら本の中にあるモンだけじゃないってことだ。わかるな?』
    『……うん』
    『いい子だ。それじゃあ…』

    仕上げの真っ赤なさくらんぼが、アイスクリームのてっぺんに置かれた。

    「学べよ、青年」

    ゆるく寝癖のついたウェドの頭をくしゃりとひと撫でし、アルは空のグラスを持ってキッチンへ戻っていく。

    「そろそろかな。ちょっと待ってろ、今スプーン持ってきてやるから」

    キッチンの奥からそんな声が聞こえたと同時に、入り口のドアベルが鳴った。

    「ウェド!やっぱりまだここにいた!!」
    「え…テッド?」

    濡れた雨がっぱに、傘を二本持ったテッドが、息を切らせて仁王立ちしている。

    「こらこら、テッド!店掃除終わったばっかなんだから濡らすな!お前の分のソーダも作ってあるから、溶ける前に廊下ではたいてこい!」
    「わ!ごめん!」

    大慌てで店外へ出ていくテッドを、ウェドはまだ唖然と見ているだけだ。アルはスプーンを二つカウンターに置くと、「俺が帰り支度終わるまでに飲めよ!」と言い残してスタッフルームへ姿を消した。

    ほどなくして戻ってきたテッドが、ウェドの隣へ腰掛ける。

    「家に行ったらまだ帰ってなかったから、心配で迎えにきたんだ。スマホに連絡入れても既読つかないし……なんか、変な人に騙されたり酔い潰れて道に迷ってたりとかしたらって……」
    「どうして、こなかったの?」
    「あ…それは……」

    テッドは気まずそうに目を伏せ、暫し口篭ったあとにウェドにしっかりと向き直った。

    「ごめん!俺、ウェドがもっと他の人と話すいい機会だと思ったんだ。お、女の子にも…たくさん話しかけられるだろうし…俺がいると、邪魔になるかなって…」
    「じゃまは、ちがうよ。おれは、テッドともっと、はなしする。ベンキョウ、します。ほかのニホンジンも、ちゃんと、はなしする。だから」

    ウェドはテッドの目をしっかりみて、丁寧に頭を下げる。

    「おれと、イッショに、いてください。もっと、すきしてほしい。おれは、ベンキョウ、がんばります。これが、タナバタ、あたらしいおねがい」

    テッドは大きな目をぱちりとさせ、こちらもまたおずおずとウェドに向き直る。

    「俺のお願いね、ウェドが日本にいるあいだ、いっぱい一緒にいられますように…ウェドが楽しい思い出をたくさん作れますように、だったんだ。だから今日は、ほんとにごめん。でも…一緒にいられますように、っていうのは、おんなじ願い事だったんだね。はは、おかしいの」

    ウェドの大好きな、軽やかな笑い声が響く。
    頭を上げれば優しく細められた緑の瞳と目が合い、ウェドの心臓はうるさいほど大きく脈打っていた。

    「あ!やばいやばいアイス溶けてる!ウェド!早く飲も!」
    「Aye!やばいやばいネ」

    そんな会話の漏れ聞こえるスタッフルーム。

    「フ、若いねぇ」

    アルは会計簿の入力を終えたパソコンの電源を落とし、ゆっくりと帰り支度を始めた。
    どんよりと雨雲の立ち込めた夜空でも、そのうえにあるのはいつも晴れ渡った星の海なのだと、彼らもいつかわかる時が来る…かも。と、心の中で呟きながら。
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