betrayalテッドは深夜に宿の部屋を抜け出し、静かな足取りで目的地へ辿り着いた。
深夜のアンカーヤードには、全くと言って良いほど人気がない。上空には薄く雲が立ち込め、月が見え隠れしている。ひんやりとした夜の海風を肺一杯に吸い込み、呼吸を整える。
「これからどうするの」
小さく呟くと、背後から声が聞こえた。
「…ひとまず、ウルダハへ向かう。義兄さん達も船を隠すために一度隠れ港へ引いたようだし、俺たちを陥れた元凶を突き止めるつもりだ。これ以上、黒渦団の立場が危うくなる前にな」
テッドは思わず振り返り、声の主の胸に顔を埋めて抱きしめた。その背に大きな手が添えられ、宥めるように優しく抱き返される。
「ウェド、俺…」
「心配かけてすまない。大丈夫だ、きっとすぐに解決してみせるさ」
ウェドはいつものように飄々と笑って見せ、テッドの頬を撫でた。
──いつもそうだ。
力になりたい時に限って、ウェドの足手纏いになってしまう。ウェドを危険に晒してしまう。
自分がもっとしっかりしていれば。もっと強ければ。
ゴロツキになんか拐われない。アルダシアにだって立ち向かえる。
ウェドに余計な心配をかけなくて済む。ウェドのことを助けてあげられる。
なのに……。
込み上げてくる苛立ちを隠すように目を伏せ、テッドがウェドから身を離した、その時だった。
「まさか堂々とこんなところで密会をするとは!驚いたよ、悪の海賊くん」
気怠げな拍手とともにかけられた声に、二人はハッとして振り向く。
雲間から顔を出した月明かりが照らしたその場所に、決して少ないとは言えない傭兵を従えたテッドの兄が朗らかな笑みを湛えて立っていた。
「兄さん…⁉︎なんで…!」
「君を探すのには随分苦労したよ。ある時は知恵の将校、ある時は冴えない彫金師…まさに変幻自在だ、捕らえようとしても君自身はすぐに煙の中へ消えてしまうのだから。…さて、協力ご苦労だった、我が弟よ。お陰でようやくこの悪党を捕らえることができる…もう下がって良いぞ」
「…は?」
唖然としたテッドの背後で、わずかに身を離す足音がした。
慌ててウェドを振り向く。…その顔には、驚きと深い悲しみの表情が広がっていた。
「……どうして」
「…!っ、ちがう!俺じゃない…!」
ウェド、と伸ばした手が拒絶され、テッドは怯んで立ち尽くした。
じりじりと狭まっていく包囲網に、ウェドは一歩、また一歩と後退りしていく。
ブーツの踵が石段の端に当たり、一瞬ウェドの視線が下がった。
「やれ!」
「だめ!ウェドっ!」
パン、という乾いた銃声。
傭兵の一人が放った弾丸に肩を貫かれ、バランスを失ったウェドの身体は半回転して海へ落ちていった。
「ウェドーーーーーッッッ‼︎」
真っ黒な海へ向かって叫ぶテッドの身体が、傭兵達の手で取り押さえられる。
「…追え。生きているなら捕縛しろ。抵抗するなら殺しても構わん」
「お前…っ!」
「兄に対してお前だと?すっかり貧民に感化されてしまったようだな。こっちも黙らせておけ」
テッドが抵抗するよりも早く、口元に布が押し当てられた。甘い薬品の匂いに、意識が遠のいていく。
ウェド。
海へ落ちて行くその姿がフラッシュバックし、テッドの目の前は真っ暗になった。