夏この国の春夏秋冬は美しいと思う。しかし、ここ数年の夏だけはいただけない。本日も蝉の声が早朝から大合唱をし、まだ店も開いてない時間だというのに既に室内温度計は30度を示す。シブヤはあまりにも暑すぎるからと取材も兼ねて喧騒を離れて少々田舎の方に身を寄せて数日、どこもたいして変わらないなと連日の最高気温のニュースを見て思う。1週間ほど季節を感じやすい場所で活動するつもりだったが、どうにも暑すぎて散策に出るのもままならない。結局はクーラーを効かせた部屋であーでもない、こーでもないと頭を働かせるだけなのだからどこにいても一緒だ。
「帰ろっかな……」
自分以外が開けることはない玄関を見て思わずぽろりとこぼれた言葉は帝統と乱数の顔をより鮮明に思い出させた。今帰ったところで乱数は南の方へ出張中だし、帝統には3日前から連絡が取れていない。少し弱気になってしまったが、今日こそはせっかく来たこの町を見て回ろうとようやくベッドから降りて着替えの準備をする。この町では夢野幻太郎は目立ち過ぎるので黒のスラックスと薄緑のシャツを羽織る。鏡の前に立つのはまぁ、どこにでもいる普通の男である。洋服を着ると少し幼く見えるなと表情を引き締める。乱数に貰った日焼け止めをきちんと塗って日傘を持って宿を出る。
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