いつかきっと。何度でも 中編 いつからだろうな。ジャミルがよく笑うようになったのは。
ジャミルは小さい頃からずっと我慢していたらしい。らしいって言うとなんか他人行儀だよな。でも、本当に分からなかったんだ。
オレは鈍感で世間知らずな子供で、ジャミルは頭が良くて隠し事が上手で。
それでも気付いてやらなきゃいけなかったのにな。だってオレはジャミルの事が昔から大好きなんだから。
まあ、気付けなかったからあんな事になっちまったんだが…、オレ、情けないな。
でも後悔ばっかりじゃダメだと思っていっぱい努力したんだぜ!
何をしたら良いのか、何がダメなのか一個一個ジャミルに聞いて、出来るように直せるように頑張った。
そしたらな、なんとジャミルがよく笑うようになったんだ!嬉しかったなぁ。
ジャミルの意地悪な言葉も、人を食ったような態度も、何かに全力で打ち込む姿も全部全部新鮮で嬉しかった。
そして思ったんだ。今までほんとうにジャミルは、自分ってやつを隠して生きてきてたんだなって。
オレのせいで。
ーーーリョーチョー、りょーちょー、寮長?
「なあっ!委員長ってば!」
「ふぁっ!?!?」
ビクッと身体が跳ね上がった。
目が覚めた。まだ心臓がバクバクいってる。
「もー、ビックリしたのはこっちの方ですよ。魘されてたから起こしたってのに。って、泣いてるんスかっ!?」
「あ、」
声を出したらボロッと涙が出た。
ティッシュティッシュ!と半分叫びながらみんなの方に走っていくアイツに、大丈夫だと手を振ってみるけど聞こえていないみたいだ。
「寒いな」
教室の窓からヒヤリとした風が吹いた。もう、11月になる。
「じゃーなー」
教室に残ってるやつに声を掛けて、急いで階段を降りる。
トントントントン。
上靴が時々キュッと音を立てる。
この音を聞けるのも後一年だと思うとちょっと寂しくなる。結構好きなんだよなこの音。
下駄箱で近くのやつらに挨拶してから、走って校門に向かう。
吐く息が少し白い。並木道の木もすっかり葉が落ちてしまった。夏は緑が綺麗で、秋も秋で紅葉が綺麗で大好きなこの道を走り抜けると校門が見える。
見知った景色の中、一人だけ違う制服の背中を見つけて弾む息を整えておく。
「ジャミルお待たせっ!」
「あぁ、大したことない。帰るか?」
「おう」
スマホから顔を上げたジャミルと目が合って、なんだかちょっとドキッとした。胸の奥がむず痒くなる感じだ。
「カリム、どこか寄りたいところはあるか?」
「んー…」
ジャミルの艶がある黒髪が歩くたびに揺れて綺麗だな、と思う。もっと長くても良いくらいだ。
「ちゃんと考えてるか、カリム」
「っ!すまん、ぼーっとしてた。行きたいとこだよな?えーと、んーと…この前できた雑貨屋にも寄りたいし、その近くにあるカフェのジェラートも食べてみたいし。あっ!ジャミルはどっか行きたいとこないのか?」
「いや、俺はお前の行きたいところに行くだけで十分だ」
サラリとこういう風に返してくるからジャミルはずるい。しかもニコニコした顔で言ってくる。
オレばっかり行きたい所を言って、ちょっと子供っぽかったかもしれない。反省だ。
「ジャミル、迎えに来てくれてありがとな」
「帰り道だからな」
「そっか」
夏のあの日からオレ達は友達になった。連絡先を交換して、それから通っている高校のこと、家のこと、進学先なんかも色々話した。
そして気が付いたら、時間が合う時はジャミルが校門まで迎えに来るようになっていた。不思議だ。
最初は帰り道に偶然会って、授業の時間割とか話してたらこの日は合う、この日は合わないな、とか言ってた気がする。当たり前みたいに『迎えに行く』って言われたから分かったって返事したような…。
オレはジャミルに会える日が増えて嬉しいけど、ジャミルはどうなんだろう。
チラッとジャミルを見ても、いつも通りカッコいいだけで何もわからない。
「ああ、…カリム」
「ん?」
グイッと筋張った手が肩を引っ張って、歩く位置を交換された。
ジャミルはパッと手を離すと満足そうな顔をするだけ。
「?なんで交換したんだ?」
「そっちは車道側だろう。何かあったら大変だ。いつ車がぶつかって来るか分からない。引ったくりなんかも怖いしな」
「でもジャミル、それだとお前が車にぶつかられたり引ったくりなんかにあうって事にならないか?やっぱりオレが車道側に」
「いや、俺は大丈夫だ」
でも、と続けようと開いた口は、ぽんぽんと頭を撫でられて封じられてしまった。
ジャミルに撫でられるのは好きだ。なんだか凄くホッとする。かーちゃんとか父ちゃんが近くにいるみたいな気分になるっていうのかな。
ゆっくり撫でる感触が心地良くて顔がにやついてしまう。
最後だ、というようにジャミルの手が頭のてっぺんからスーッと首筋までなぞるように滑って離れていった。
カリッ、首の付け根辺りを優しく爪で引っ掻かれて背筋がざわっとした。
「〜〜っ!!!」
「ん?どうしたカリム。顔が赤いんじゃないか」
ニヤッと笑うジャミルはカッコいい。
でも、でもっっ!!!
「ジャミル〜…オレ、首はダメかもしれない…」
「ほう?」
「背中がぞわぞわってして、変な気持ちになっちまう。…だからもう、触らないでくれ…んんぶっ!」
頬を思いっきり両手で潰された。
なんだなんでだ、とジャミルを見上げるとなんとも言い難い顔のジャミル。片方眉毛を上げて、口はへの字だ。
「じゃみぅ?なひ、どぉひた?」
タラコになった口ではうまく喋れないけどジャミルには分かったみたいで、細まった目が何か言いたげだ。
「じゃみぅ?」
もう一回聞いてみる。
あ、眉毛がピクって動いた。
「じゃぁみぅ〜」
近くを通った女子高生にクスクス笑われた。そういえばここ、バス停近いんだ。視界の端でちらほらと学生が歩いてる。
流石にちょっと恥ずかしい。
「カリム」
「ふぁい」
「俺のいないところで…、いや、他のヤツらに首は絶対触らせるな」
「ふぅ?」
なんで?という意味を込めて、ん?と言おうとしたら口から間抜けな音が出た。
「いいから約束しろ」
「ふぁい」
「よし、いいだろう」
頷きながらオレのほっぺたから手を離したジャミルはなんだか満足そうだ。
「なあ、」
「さあな」
「オレまだ何も言ってないぞっ」
「さてな」
これはアレだ。お前の質問に答える気はありませんってポーズだ。
ジャミルと出会ってもう3ヶ月。ほぼ毎日一緒に居ればそれくらい分かる。
ツンっとそっぽを向いて歩くジャミル。こんな風に素っ気無いのも仲良くなった印だと思うとまた顔がニヤついてきた。
「くふふっ…!」
「何笑ってるんだカリム」
嬉しさが抑え切れなくて、思わず変な風に笑ってしまった。
「へへっ、なんでもないっ!」
「おい!カリムっ!」
オレが小走りになるとジャミルも小走りで追いかけてきた。
後ろを見るとジャミルがちょっと笑ってる。それが無性に嬉しくてまた笑ってしまう。
幸せで、とっても幸せで、なんでか目の奥がツンとした。
初めは雑貨屋に行って、そのあとカフェで休もうということになった。
カランコロン
乾いた木を叩いたみたいな異国風のドアベルに出迎えられて店内を見て回る。
トルコランプ、貝殻で作ったブローチ、金色の装飾品…、全部キラキラ綺麗でテンションが上がってしまう。
「ジャミル!似合うか?」
金色の輪っかみたいなブレスレットを着けてジャミルの前で、どうだ!と掲げてみる。
「いいんじゃないか。肌の色ともよく合うし品もある」
「へへっ、じゃあこれにしようかな」
腕を動かすと、ちょっとした飾りがシャラっと音を立てた。橙色の光を反射させて鈍く光る黄金は表面がツルツルしていて、言われてみれば確かに上品に見える。
「買うのか?」
「うん、ジャミルが褒めてくれたから間違いないしなっ」
口に出すと愛着も湧いてきてやっぱりこれしかないなって気になってきた。
「なら俺が買う」
「あっ」
そう言って、俺の腕から抜かれたブレスレット。
ジャミルの手に握られたそれはポカンとした俺の顔を映していた。
「すみません、これお願いします」
「はーい!一点ですね」
店員に声をかけながらスタスタレジに向かってしまったから、オレが止める暇もなかった。流石ジャミル、行動が早い。
ジャミルは行動力もあって凄いな〜と思ってから、ハッとした。
友達=プレゼント交換=仲良しなのでは?
「っ!オレもジャミルに何かプレゼントっ!」
幸いレジで話し込んでるみたいだし、今のうちに探そう。
「ランプっ、は妹と部屋同じって言ってたから邪魔になるか…。んーー」
どちらかというと女の子っぽい雰囲気の店内、可愛い系のものが多い。小物もアクセサリーもジャミルに似合いそうな物がなくて焦ってしまう。
良いものはないか、と必死に目を動かしていたら、ひとつだけ引き込まれるように目に留まった。
対になったネックレス。レザーだろうか。黒い紐と紅の紐が2つ並んでいる。
「おいカリム、終わったぞ」
「お、ああ!ありがとな、ジャミル。…ちょっとだけまだ見たいから、待っててもらって良いか?」
「?分かった」
「すまんっ、すぐ終わるから。店の外出て待っててくれ」
ちょっと呆れたように早くしろよ、と言って小袋を揺らしながらジャミルが出ていった。
焦った。カフェで渡してビックリさせたいのにいきなりバレるところだった。
「これ、出してもらっていいか?」
近くに居た店員に声を掛けるとニコニコしてガラス戸を開けてくれた。
小ぶりな紅い石とシルバーの羽、もう片方は黒い羽根。
ガラス越しよりもっと輝いて見えた。
「いいですよー。ふふっ、彼女さんへのプレゼントですか?」
「なははっ!彼女は居ないしな、友達とペアにするんだ」
「そうなんですね!もしかしてさっきのお友達ですか?仲良さそうですもんね」
「そう見えるか?へへっ、照れちまう」
たわいない話をしながらラッピングを頼み、会計をする。
仲良しか、そう見えるならすごく嬉しい。たまに意地悪も言ってくるけど、ジャミルは好きだ。初めて会った時からずっと。なんだろうな、特別って気がする。上手くは言えないけど、そんな感じがするんだよな。
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております」
「おうっ!また来るな」
「ぜひ」
カランコロンとドアを鳴らして店員に手を振っていると、急にその手を掴まれた。
手の感触で分かる、ジャミルだ。
「ジャミル?」
「いつまでも手を振ってちゃ店員が仕事に戻れないだろ。行くぞ」
「!確かにそうだ。すまんー!また行くなー!」
ズンズン手を取られて歩かされながら手を振ると、笑いながら店員も振り返してくれた。
その時、ぎゅぅぅっと手を握られて短い悲鳴が出た。
「いたいっ!痛いぞジャミル!」
「うるさい」
「もーどうしたんだよ〜」
「どうもしないが?」
「絶対嘘だ!」
「嘘じゃない」
いまいちジャミルの怒るポイントが分からない。
「仲良し、はまだ早いか…?」
認めたくなくて、モゴモゴと小声で呟いてみる。
仲が良い相手の気持ちはある程度察しがつかなきゃいけない気がする。
でもわかんない時が多いんだよなぁ。ジャミルに聞いても教えてくれないし。
コンクリートの地面には短く伸びた2人の影が重なっていてた。微妙にズレた2つの影は、歩くたびに重なって、また離れてを繰り返していてちょっと面白い。
繋いだ手は、まだ離されない。
そのことに気付いたら、さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに嬉しくなった。
我ながら単純過ぎて少し笑えてきた。
「何が面白いんだ?」
「ははっ!仲良しって感じがして嬉しくなっちまった」
ギュッと手を握ると、何故かジャミルが振り解こうとしてきた。ぶんぶん手を振り回すジャミルに対抗して力を込め直す。
離せ、嫌だと暫く攻防していたら、お互い息が切れてきた。
「はぁ…いや、すまない。…もう離そう。だから手を緩めろカリム」
「なんで謝るんだ。このままでいいだろ?」
「いや!普通離すだろっ!」
普段より大きな声で言い返されて、反射的にビクッとした。
「はははっ、あ〜悪いなっ!ジャミルは嫌だったよな!すまんすまん!」
相手が嫌な事はするべきじゃないよな。
手のひらに残る体温が名残惜しいけれど、ジャミルが嫌なら離さなくては。手をパーにしてもう掴まないぞ、とアピールしようと思った。
でも、手は離れないまま。影もくっ付いている。
「…大きな声を出してすまない」
手で顔を隠してしまったジャミルは、今どんな顔をしているんだろう。
「店に着くまでこのままでいいか?カリム」
手で覆われた顔の隙間から目が合った。
聞きたい事はいっぱいある。
ジャミルはオレと手を繋いだままは嫌なんじゃないかとか、どうして手で顔を隠すんだとか、さっきより握る力が強いのはなんでだとか。
でもこういう時に限って声は上手く出てくれない。頭の中だけで言葉がぐるぐる回って目まで回りそうだ。
「うん。寒いからこのままがいい」
本当は夏だろうが繋いでいたい。だけれど、今はこれが正解な気がしたんだ。
「そうだな。寒いから」
「うん。寒いからだ」
たまにヒューっと吹く風は肌寒いから。そういう事にしておこう。
ーーー店に着くまであと10分。もう少しだけ、このままがいい。