雨が降っている。2呼び掛けに、アーロンは答えない。
ルークの声が聞こえないはずがないのに。この、心臓の音すら聞き分けそうなのに。だからこそ答えないのだと、ルークは理解しながら他の答えを探している。
そうして答えを探して迷っていれば、アーロンはきっとこの場を去るだろう。それすら予測できた上で、ルークはベッドから立ち上がった。その際、タブレットの電源を落としたことに意味は無い。意味などないのだと己に言い聞かせながら、二人を隔てる扉の前に立つ。
怪盗ビーストの前では意味などないハズの鍵を自ら外し、扉を開く。そうすれば、不機嫌そうな(泣きそうな)顔のアーロンが立っていた。
「……ヒデエ面だな、ドギー」
「どんな顔だい?」
一歩引き、道を開ければアーロンは一瞬躊躇ってから中に入る。自らのテリトリーに獣を招き入れたことを再確認しながら、そ、と、ルークは扉を閉めた。
ルークに与えられた部屋は(BOND全員の部屋が同サイズではあるが)仮の住まいにしては広い。ベッドに、デスク。バスケットボールや、怪盗ビーストを模したぬいぐるみ等。
それらに目もくれずルークを見るアーロンに、穴が開きそうだと一言茶化してから、ルークはベッドに座った。
既にカーテンは閉めているが、アーロンほどの超人的な聴力を持たなくても、雨が降っていることがわかる。その雨音にかき消されそうな声音で、しかしアーロンは確かに告げた。
「物欲しそうな面だ」
伸ばされた手が頬に触れる。その手に頬をすり寄せたのはもちろん無意識では無い。そうかな、と、問い返せば、舌打ちが響く。
「……何考えてやがる」
「なにも」
それは嘘ではなかった。
水の中にいるようにルークの思考はぼんやりと溶けていた。なにも考えていない。目の前の男以外のことは。
その返答が気に食わなかったらしい。不機嫌そうな顔のまま、アーロンは一歩距離を詰めて屈んだ。重ねられた唇。いつでも振り払える弱さで頬にあてがわれた掌を、ルークが振り払うことはない。それがまた腹立たしいのだと言わんばかりに、アーロンは唇を外し、ルークの首筋に噛み付いた。