昼顔 日差しが照り付ける中、千秋は買い物袋を両手に提げて、割れたタイルをパリパリと踏みつけながら、団地の階段を上がっていく。
バブル期に作られた団地の外装は老朽化に歯止めがかからず、剥がれ朽ちている。今時のお洒落さなんて微塵も感じない、打ちっぱなしのコンクリート造りの四角い建物が、敷地内に幾つか並ぶ。
総工費をケチったのか、壁も薄ければエレベーターすらない。修繕なんてもちろんされないだろう。
なのに、千秋はここの最上階に住んでいる。いや、正しくは住まわされている。それが英智との契約だ。仕事も忙しく、会える時間はほとんどない。だが、たまにやって来ては千秋を愛していく。会えない時間を埋めるように時間をかけて、優しい言葉と行為を千秋に与えてくれる。普段、人に会うことをしない千秋には、その時間が何よりも甘美な時間だった。
今日は日差しのせいか、少し暑い。買い物袋の重さも相俟って、階段を上る足取りはゆっくりだった。
「ふぅ……」
薄らと汗ばんだ額を拭い、上を見上げる。最上階まではまだまだだ。溜息をつき、持っていた買い物袋を持ち直すと、また一段と足を進める。
「旱天慈雨!手伝おう!」
突然、横から買い物袋を一つひったくられた。驚いて犯人を見ると、長身の男がにっこりと笑いかけてきた。
「大丈夫か?」
突如現れた男を目を丸くして見上げた。三毛縞斑がカラッと笑う賑やかな笑顔をこちらに向けている。
「三毛縞さん……」
「半分持つから、頑張って登るんだぞぉ!」
「だ、大丈夫だ!そんな事しなくても……」
千秋は慌てて荷物を取り返そうと手を伸ばすが、その手はいとも容易く斑の手に捕らわれ、きゅっと握りしめられた。
「あ!」
「同じフロアに用事があるんだ。だから、一緒に行こう!」
そう言うと、階段を登って行く。全く、こうなるともう何を言っても聞き入れない。少し汗ばんだ温かな手を、解けないように握り返すと、千秋の鼓動が少し弾むのを感じた。
あんなに苦労したのに、二人で居るとあっという間に着いてしまった。
名残惜しいような、寂しい気持ちを押し殺し、千秋はドアの鍵をズボンのポケットから取り出して解錠した。ガチャッと重々しい音を立てて、錆びた鉄扉を開けると、斑が千秋の背中を押して中に入ることを促した。
玄関脇のキッチンに荷物を置く。重たい荷物を離した途端、ビニールが食い込んだ指に血流が戻り、千秋はホッと息をついた。いつの間にか荷物を置いた斑が、背中に貼り付いたかと思うとぎゅっと抱きしめてきた。
「三毛縞さん……あ、暑いだろう?」
「暑いなぁ……千秋さんの体温で溶けてしまいそうだ」
「そういうこと言う……んっ」
顎を捉えられると無理に斑の方を向かされ、唇が重なる。
ここでメッセージは途切れていた…