魔法が溶けなくても…て仮題つけてました「すまんな、南雲」
「どうせなら、忍君も翠君も一緒で良くなかったッスか?」
「そうなんだが……流星隊Nの隊長はお前だから、お前の意見が聞きたかったんだ。高峯の事で……」
「翠君の?」
空き教室を借りて、対面する南雲が首を傾げると、守沢はこくんと頷いた。何か深刻なことだろうか。
「あの事故から、流星隊としてライブをして来なかった。事務所からも、高峯も仕事をしているのだから、復帰ライブをしてはどうだろうかと打診があったんだ。こちらとしては高峯の体調が一番の心配なんだが、日常を見ていてどうだろうか?やれそうか?」
なるほど。確かに、仕事は解禁されたがライブをする話は出て来なかった。ステージでの事故が原因なわけだから、なかなか難しい所もあるのだろう。
「そうッスね。翠君も今や元気に体育の授業も、部活もやってるくらいッスから、問題はないと思うッス」
南雲がそう言うと、守沢は少し眉間に皺を寄せてから「そうか」と重いトーンで吐き出した。
「何か問題があるんスか?」
そうやって尋ねるが、守沢は唸るばかりでなかなか声を発しない。まあ、大体考えていることは分かる。
「また、事故が起きたら……とか、考えてるんスか?」
「うっ……そ、そんな事は……」
「バレバレの嘘つかないで欲しいんスけど。あんた、そうやって何時まで過保護でいる気なんスか?」
南雲が机の上に肘を着いて、盛大に溜息をつき返すと、図星を突かれた守沢が膝に手を置いて小さくなる。大人と言うには歳が近いが、年上の彼が不安視しているところなど、大体予想はつく。
「俺達もアホじゃないんで、同じ過ちは繰り返さないッス。確かに、危険を回避することは大事ッスけど、それじゃあいつまで経ってもライブなんて出来ないッス」
「まあ、そうだな」
「それとも、アイドルなのにライブもしないでいるのを許されるとでも思ってるんスか?」
それは、きっと事務所も許しはしないだろう。だからこそ、ライブの打診をしたのだ。あの元生徒会長の顔を思い浮かべても、それを良しとして頷くわけは無い。
「南雲の言う通りだ。天祥院にも、そろそろ本業を頑張らないとスタプロに置いておけないと宣言されてしまった」
「はぁぁ?」
解雇宣告まで食らっているとは思わず、南雲は思わず叫んだ。机をバンバンと叩く。
「アホッスか?バカッスか?何で今までそんな重要な事黙ってたんスかクソバカ隊長!」
「ひぃ!そんなに怒らないでくれ……」
「ここまでバカだと思ってなかったッスよ。聞くまでもなくやるしかないじゃないッスか!」
「うう、その通りだ……」
主導権を握られてしまい、先輩の沽券なんてあったものではない。「すっかり逞しくなったなぁ」なんて、零すものだから呆れて頬が膨らむ。
「だーれがこういう風に育てたと思ってるんスか?」
「そうだな、さすが鬼龍だ!」
あっけらかんと言うものだから、守沢の座っている椅子の足を思い切り蹴っ飛ばした。
「うおおっ!危ないぞ!」
「大将は言うまでも無いッスけど、大部分はアンタらッスよ!全く!」
「そ、そんなに怒るな、な!南雲」
どうどう、と両手を前に南雲の興奮を抑える。情けない守沢の姿を見て、南雲も一つ呼吸をついて自分を落ち着かせた。椅子に座り直すと、小さくなった守沢を正面に捉えて向き直る。
「で?守沢先輩の意見はどうなんスか?」
「ああ、えっと、やるにしても、ある程度制限を付けたいと思っている。ESのライブ会場を提供すると天祥院には言われたが、あまり大きな舞台でやるのは控えたいんだ。沢山のお客さんに見てもらいたい気持ちは勿論あるが、出演者の安全が最重要だ。だから、高峯も慣れている学院の講堂を借りようかと思っている」
喋り始めれば、仕事モードの守沢になる。古参ユニットのリーダーを務めた男の姿だ。
「先輩たちが出る以上、集客数は講堂の収容数を超えると思うんスけど、どうするつもりッスか?」
「そこは、ESの映像班を導入して、ライブ配信を行おうと思う。配信は無料にしたい所だが、さすがに無理だな。許可が下りんだろう。有料配信チャンネルの枠を買って、ネットで配信する。家でも見られるわけだから、平日にやってもある程度視聴者数が見込める。もちろん全国、全世界で見られる訳だから、ライブ会場でやるよりは色んな人に見てもらえるぞ」
なるほど。既に策を立てているのは流石だ。守沢の心配事もクリアし、天祥院からの要望も両立させる案だ。南雲も思わず頷く。
「確かに、それなら翠君の負担も減るし、多くのお客さんにも見てもらえるッスね」
「ああ。あと、出来れば流星隊Nの力を貸して貰いたいんだ。可能な範囲で高峯の運動量も調節してやりたい。配信が叶えば、流星隊Nを全国にお披露目出来るチャンスだぞ」
案外策士な一面に、南雲も感嘆の溜息をつく。高峯の事を考えつつも、そこまで用意周到だとは思わなかった。何も異論することはない。全ては守沢の考え通りで事が上手く運ぶのではいかと思える程だ。
「学校の許可は?」
「取ってあるぞ!」
手にしていた紙をはらりと広げると、そこには学校印がデカデカと押された許可証。ここまでされていれば、最早口を挟む余地はない。
「はあ、流石行動が早いッスね。そこまで用意されてたら、こちらとしては異論無しッス。流星隊Nも出演を拒否する様なメンバーは一人も居ないッスからね」
「そうか、ありがとう」
「それはこっちの台詞ッス。俺が考えなきゃ行けないこと、全部守沢先輩にやらせちゃった気がするッスよ」
「そうだなぁ。俺もあんまり流星隊の仕事が出来ていなかったから、これは一種の罪滅ぼしだな」
「それは、翠君に対してって事ッスか?」
「ん~~ゼロではないなぁ……」
そう言って、伏せた瞳は少し朧気だ。どうしてそう悲しむのだろうか。守沢の記憶が無いから。守沢だけを忘れているから。
「あの事故は、先輩のせいじゃないって、皆思ってるッスよ」
「それでも、あの場で責任を取るのは俺の役目だ」
忘れられて当然。そう言って、守沢が立ち上がる。持っていた許可書を丁寧に折って鞄にしまいこむ。誰も悪くないと言うのに、どうしてその責任を一人で被るのだろう。考え込む南雲の頭をポンと優しく撫でる。
「すまんが、高峯と仙石に伝えてくれ。俺は天祥院にライブの手配と段取りを取り付けて来る」
「翠くんには守沢先輩から言った方がいいんじゃないっすか?」
「はは、あんまり苛めないでくれ。結構いっぱいいっぱいなんだ」
鞄を肩に掛けると、教室の扉に向かった。
「よろしく頼んだぞ」
南雲は「了解」と答えて去って行くヒーローの背中にひらりと手を振った。ふぅっと溜息をついて立ち上がった南雲が、窓に近づくと、薄く開いたままなっているのを思い切り開け放つ。
「うわぁぁ!」
外から悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある怯えた声は、高峯だ。丁度窓の下に膝を抱えて座っている。窓枠に頬杖を着いて高峯を見下ろす。
「盗み聞きッスか?」
「あ、いや、別に。たまたま通りがかったら、聞こえただけ」
こんな校舎の裏側に、たまたま通りがかるよう事などあるのだろうか。見え見えの嘘をつくあたりは二人共そっくりで、呆れてしまう。
「ねえ、鉄虎君」
ポツリと高峯が呟く。制服の尻部分を払いながら立ち上がると、背の高い彼の顔がだいぶ近づいた。それでも少し見下ろすような形で、南雲は少し優越感を覚える。だが、高峯が発する言葉はそんな余裕さえ無くす言葉だった。
「守沢センパイって、俺に思い出して欲しくないのかな?」
南雲の目が驚く程見開いた。どこをどうしたらそんな風になるのだろうか。
「そんな訳ないじゃないッスか!あれだけ翠君を構い倒して、嫌われたって猪突猛進していた守沢先輩なんスよ!」
「俺、それ覚えてないし……」
拗ねたように言う高峯に、確かにと頭を掻いた。だが、高峯の学生生活の殆どを占めていたのは守沢だ。卒業後も事故の後も、頻繁に高峯に会いに行く守沢を見ている。
「翠君の入院中だって、毎日守沢先輩病院に居たんスよ。そんな人が思い出して欲しくないなんてあるわけないッスよ!」
「え、でもそれは、俺の事故で、仕事が休みになったから暇だからって……」
高峯の言葉に、窓から飛び出さん勢いで南雲が乗り出してきた。だって、これはあんまりだ。
「そんな訳ないッスよ!不慮の事故とはいえ、使われなくなったら終わりッスから、あの人いつも以上に仕事をぶち込んで奔走してたんスよ!寝る間を惜しんで翠君の所に行ってたに決まってるじゃないッスか!」
「ええ……」
高峯が訝しんだ表情になるが、こちらの方が信じられない気持ちでいっぱいだ。
自分が背負う苦労を見せない人ではあった。大体高峯が察して、彼の持つ大きな荷物を下ろさせて、皆で分けるようにしていた。だが、今回はその高峯が機能していない。事故の責任を感じている守沢が奔走し、あちこちに頭を下げ、流星隊の汚名を返上するかのように仕事に打ち込む事を、果たして止められていただろうか。きっと見えない何処かで無理をしていただろう。突っ走りながら、高峯の体を労り、できる限り傍に居ようとしている。その守沢が、記憶が戻る事を望んでいないなど、有り得ない。有り得ないのに、一番傍に居るはずの高峯が肌に感じる事は、何だかチグハグとしている。