質問「なあ、先公、あんたツバサとはどういう関係なんだ?」
「ショウくん、俺ァ教科書の二章目を読んでみろっつったんだぜ」
エルモートは首を傾げてショウを見下ろした。教壇に椅子を持ってきて腰かけている姿勢だが、ショウもまた自席で椅子に座っているので視線はエルモートのほうが上にある。
ショウの補習を行っている落第学級の教室にはほかに誰もいない。遠くからは人の声も聞こえてくるが、教室を覗くのは赤い夕日だけだった。
「いくら教師が生徒を守るったって、あそこまではやらないだろう。Ah……、例えば、ツバサの親類があんたの恩人だったりするのかい?」
ツバサが退学処分から免れるためにエルモートが尽力したことを訝しんでいるらしい。
こちらの指示を聞かずに質問を続けるショウにエルモートは溜息を零した。
大人顔負けの体格をしたショウが、教科書を広げた学生用の机と椅子に収まっている光景はちぐはぐに見える。学院の制服を無視したジャケットがそれに輪をかけていた。おまけに族の総長らしい威圧感。ただ、それで気圧されるようなエルモートでもない。
「別になんでもねェよ。俺がまともな教師じゃねェってだけだろ」
「Crazyだな」
ショウが肩を竦める。エルモートは鼻で笑った。
「で、ンな奴にケツ拭いて貰ったのはどこのどいつだ?」
意地悪く問うとショウは気まずそうに視線を逸らした。この補習も彼の出席日数を補うためのものだ。
その様子を見て、ふとエルモートは思いついた。ショウはなぜ自分にもここまでするのだ、と訊きたいのだ。ショウにとってツバサは周りに気を掛けられて当然の眩しい存在だ。自分はそうではないと思っているのだろう。
エルモートは柔らかく双眸を細めた。
「なんでもなくても面倒くらい見てやるさ。おまえらは俺の生徒なんだからよ」
ショウはエルモートに視線を戻し、その優しい眼差しを受け止めた。なにか言おうと逡巡するも言葉にできずに唇を震わせる。それでも彼は「これだけは」というように顔を引き締めて声を絞り出した。
「Thanks」
「どーいたしまして」
エルモートは照れくささを誤魔化すように軽い口調で返した。首を掻きながら話を変える。
「じゃあ、教科書の」
「ツバサとはなんでもないなら、俺があんたを口説いてもいいか?」
「いや、教科書――ハ?」
エルモートはぱちくりと目を瞬いてショウを見返した。ショウは呆気にとられる担任教師に至極真面目に告げる。
「そこまでする、特別な理由があるのかと思ってたんだ」
エルモートはくらくらする頭で理解した。親類が恩人なのかなどと訊いておいて、その実、恋仲かなにかではないかと疑っていたわけだ。
(どういう発想だ……)
ショウは不敵に笑みを刷いた。
「あんたが好きだ。俺は諦めが悪いんで、覚悟しておいてくれ」
妙に得意げなその顔に、エルモートは我に返ると同時に顔をしかめた。
「いや、ふざけンじゃねェぞ」
「ふざけてなんかいない。心外だな」
ショウはどこか楽しげに片眉を上げて反論した。想い人に構ってもらえて嬉しいのだ。
エルモートは不本意そうに耳を下げる。
「心外なのはこっちだ。誰がガキなんざ相手にするか」
ツバサにしろショウにしろ、エルモートにとっては守るべき生徒である。恋愛対象として見るなど、立場的にも倫理的にも論外だ。
ショウは相変わらず悠然と笑っている。
「ガキなのは今だけさ。すぐに追いつく」
「どうだか」
エルモートは盛大に溜息をついた。足を組み直して、教科書の背でぽんと掌で叩く。
「補習もまともに受けれねェようなガキがいっちょ前の大人になれると思うなよ」
「I see」
ショウは頷くと、今度は素直に教科書を捲った。そして、魔術史の一節を滔々と朗読する。
その声を聴きながら、エルモートはもう一度ひっそりと溜息をついた。組んだ足に頬杖を突く。
(どうしたもンかね……)
不良たちの問題が片付いたと一息ついていたら、思いもよらぬ方向から拳が飛んできた気分だ。
好きだと告げる声音を振り払うように目を伏せる。そして、上書きするものを求めて、情緒のない年譜を読み上げる低音に耳を傾けるのだった。
終わり