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    ・ツバエル(ツバサ→エルモート)。
    ・ツバサとスフラマールのクロスフェイトをもとにしています。

    ##ツバエル

    『練習』 蒼空に爽やかな風が吹き抜けていく。まさに青空教室にうってつけの日和である。グランサイファーが立ち寄った島の野原で、マナリア魔法学院からの留学生たちを相手にスフラマールが教鞭を取っていた。
     落第学級の元担任教師であるエルモートは口を挟みつつ授業を見守っていたのだが――。
    「貴方は魔力の制御が得意だったわよね? アドバイスできないかしら?」
     スフラマールに告げられた言葉にエルモートは頬を掻いた。熱心な教育者である彼女の提案を断るすべは持ち合わせていない。
    「しょうがねェなァ……」
     エルモートは諦めると、ツバサ達の傍にしゃがんで彼らが握る杖を見つめる。
     ツバサは隣に並んだ横顔に見入り、はっとして顔を逸らした。横目にタイガ達を確認するが、彼らは割り込んできた元担任の言葉を待ってエルモートに注目している。
    (……これじゃ俺が挙動不審なだけじゃねェか)
     つまり、目を逸らしてしまった自分こそが、エルモートに特別な意識を持っているということだ。内心で苦い気持ちになる。
     ショウはエルモートのことを闇夜に差し込む光だと言った。優しく輝く月を見上げて、担任教師のことが思い浮かんだとき、彼の気持ちが分かるような気がした。だが、その気持ちがどういう形をしているのか、ツバサは言葉に出来ないままでいた。
     あるいは、言葉にすることで自覚したくない、という気持ちがあったのかもしれない。
     ツバサの思考を遮る悩ましそうな声が響いた。
    「アドバイスっつッてもなァ。俺ァ言葉で説明するのは得意じゃねェんだよな」
    「それでよく先公やってたな」
     思わず悪態をついてしまう。つい先ほどもエルモートと軽く衝突したばかりだ。エルモートが煽り立ててくるせいでもあるのだが、それを受け流せずに反発してしまうのは余裕が足りない気がして歯痒い。
     金色の双眸を向けられる。言い返してくるかとツバサは身構えたが、先にスフラマールが笑った。
    「あら、エルモート君は魔法の腕を見込まれて魔法学院に招かれたのよ」
     えっと生徒たちが声を上げる。彼らはエルモートが落第学級の問題を解決するために呼ばれたことしか知らない。荒ぶる不良学生に物怖じせず、そして子供達と向き合って問題解決に当たることができる――そういう人物を騎空士から探してきたのだと思っていた。魔法を使えることは知っているが、“魔法学院の教師”という点については深く考えていなかったのだ。
     エルモートは渋い顔をして、スフラマールを睨んだ。
    「余計なこと言うンじゃねェよ」
    「隠すことないじゃない。自分の先生を目標に頑張れることだってあるでしょうし」
    「俺は当てはまらねェだろ……」
     エルモートはフードの上から頭を掻く。彼は溜息をついて立ち上がると、ツバサに手を差し出した。ツバサは目を瞬いてその手を見返す。
    「とりあえず手本を見せてやる」
     言葉にできなくても、やって見せることは出来る。マナリア魔法学院に初めて短期講師として招聘された際、エルモートは講義でもそうしていた。
     懸念があるとすれば、短期講師の講義に参加した学生と、落第学級の学生は違うということだ。学院で初歩の魔術を教えているのは落第学級だけだという。ツバサ達に手本を見せるだけでは、上手い教え方ではないかもしれない。
    「おまえが魔術を使う際に、俺が横から魔力を制御してやる。その感覚を肌身で体験できれば、見てるだけよりは分かりやすいだろ」
     ツバサは立ち上がって訝しげに担任教師を見返した。エルモートは差し出したままの手を「ほれ」と軽く振る。
    「手ェ貸せよ。触ってたほうがやりやすい」
     彼の意図を察してツバサは慌てて声を上げた。
    「はぁ!? 先公と手なんか繋げるかよ!」
    「手ェ繋いだからなんだってンだよ」
     エルモートは眉根を寄せ、駄々をこねる子供を見るような顏をする。
     ツバサは言葉を詰まらせた。まただ。また自分だけが意識してしまっている。
     自身に注目が集まる。タイガ達とスフラマールの視線、エルモートの眼差し。羞恥と反発、そして反骨心。逡巡する思考のなか「立派な魔法使い」という目標が過る。ツバサは腹をくくると片手を腰の布に押し付けた。
    「やってやらァ」
     そう唸ってエルモートの手を掴み返す。エルーンの華奢な手は見た通りツバサの手のひらにすっぽりと収まったが、男の筋張った手であることも伝わってきた。手のひらに触れるグローブの革が熱を持っているような錯覚を覚える。
     込み上げてくる照れくささを押しのけるようにツバサは視線を泳がせた。
    「で、どうすりゃいいんだ?」
    「あァ、やるこたさっきと同じでいい。氷を作ってみな」
     ツバサは頷き、息を吸った。短く吐いて、構えた杖を見つめる。
     不慣れな魔法を扱うことはタービンリアクターのないケッタギアで坂道を上ることに似ている。ペダルの踏み込みに強いパワーが必要で、方向を調整するハンドルは正面に向けるだけで精いっぱいだ。パワーが足りなければ前へ進めないし、ハンドルを誤るとあらぬ方向へ進んでしまう。
     ツバサは気合を入れて、杖に魔力を込め始めた。氷を生み出すことは出来たのだから、杖の振り方は合っているのだ。あとは魔力の制御だけ――。しかし、いざ杖を振ろうと腕を上げると、杖に意識が向いてしまって途端に魔力の制御がおぼつかなくなる。
    (クソッ)
     ハンドルを誤り、車輪が滑るような感覚。焦るツバサの耳に静かな声音が響いた。
    「そのまま杖を振りな」
     ハッとして、杖に意識を戻す。ツバサは杖を振った。
     見えないハンドルを握り締める手に隣から手が添えられる。するとハンドルが嘘のように軽くなり、向けたい方向を向く。ペダルもまた軽々と沈み、整備された舗装路を駆けるように魔力がなめらかに流れた。
     心地良ささえあるその感覚は、しかし不意に止まった。手を添えていた者がブレーキを掛けたのだ。
     疾走感が消えると同時に、ツバサの目の前には手のひらほどの大きさの氷が浮かんでいた。磨いたような八面体の氷が陽光を弾く。
    「やったぁ! ツバサくん!」
     歓声を上げたのはリンタロウだった。ツバサはその声に目をしばたいて、それから隣のエルモートを振り返った。彼は繋いでいた手を解くと、褒めるように微笑む。
    「出来たじゃねェか」
     ツバサは息を呑んだ。己の手の中の杖を見下ろす。
    「いや、今のは……」
     どう考えてもエルモートが成した割合のほうが大きかっただろう。肌身に染みて感じた。手練れの魔術師はあれほど自在に魔力を操るのか。これが魔法学院に講師として招かれるような実力なのか。
    「同じように出来る気がしねェ……」
     思わず漏れた声は弱気に響いた。エルモートはきょとんとして、それからハッと笑った。
    「いきなり俺様と同じように出来るワケねェだろ」
     ツバサはぐっと言葉を詰まらせる。エルモートは片手でツバサの胸板を軽く小突いた。琥珀色の双眸がツバサを見据える。
    「タービンリアクターを操作できるようになるまで、どれくらい練習した? 一朝一夕だったかァ?」
     ツバサは片眉を上げて、唇を曲げる。
    「いっちょういっせきィ? 一石二鳥のことかァ?」
     訊き返すと、エルモートは眉と耳を下げて渋い顔をした。背後でツバサが作った氷をチェックしているスフラマールを振り返る。
    「センセェよォ、こいつら国語のベンキョーもさせたほうがいいぜ」
    「なんでだよ!」
     ツバサが不服の声を上げるが、スフラマールはぽんと手を打った。屈託のない笑みを浮かべる。
    「なるほど! 教科書をより深く理解するためにもやっておくと良さそうね!」
    「えっ、スフラマール先公!」
     抗議しようとするツバサの肩にタイガが腕を回す。
    「おいおい、ツバサァ、なにやらかしてくれてんだべ?」
    「いやッ、俺はなにも」
     からかわれ、腕をわななかせるツバサに、エルモートが告げる。
    「なんでもおベンキョーしとけ。急がば回れって言うだろォ」
    「うっ」
     ツバサは唇を引き結んだ。遠い道のりの果てに「立派な魔法使い」の姿がある。
    「先公、次は俺っちも頼むッス!」
     リンタロウがエルモートに声を掛ける。タイガも見物しようとリンタロウのほうへと駆け寄っていく。
     ひとり離れた場所に残って、ツバサはエルモートの姿を眺めた。リンタロウと手をつないで、スフラマールとなにやら言葉を交わしている。その傍の盥に、ツバサがエルモートと一緒に作った氷が置いてあった。スフラマールが溶けないように魔法を掛けたのか、白い冷気が漂っているのが見える。
     ツバサはエルモートと繋いでいた手を見下ろした。手のひらに残る感触、魔法を使ったときの飛ぶような疾走感。いつか、添えられた手がない状態で、自らひとりで成さなければならない。
    (あんなふうに……)
     自在に魔法を使えたら――そんな感覚を掴めただけでも一歩前へ進んだのだと分かる。
    (まァ、どれくらいかかるか分かんねェけど)
     自身の未熟さもまた実感した。自嘲に唇を曲げるツバサの耳にエルモートの声が蘇る。
    『タービンリアクターを操作できるようになるまで、どれくらい練習した?』
     ツバサは顔を上げた。視線の先にはスフラマールに見せるために持ってきた単車が並んでいた。柔らかい日差しを受けて車体が銀色に輝いている。
     単車をより早く走らせるために、毎日、無我夢中で練習した。毎日だ。
    「……そうだな」
     すぐには出来ないかもしれないが、諦めずに練習を続けていけば、いつか出来るようになるはずだ。そして、エルモートの隣に肩を並べられるようにも――。
     空を見上げる。草原を駆け抜ける心地よい風が背中を押し、蒼空まで吹き抜けていくようだった。
     リンタロウ達のはしゃぐ声が聞こえ、ツバサは地面を蹴って師と親友達のもとへと駆け出した。


    終わり
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