クリスマスパーエル 幾つの季節が巡ろうと夜はただ闇の帳を下ろすのみだ。しかし、暗闇に白い結晶が舞う様は、見る者に身体の芯から冷えるような寒さを感じさせた。クリスマスの気配が近づく時季だった。
付き合い始めて最初のクリスマスだ。そろそろ予定を立てようと考えたパーシヴァルは恋人の部屋を訪れていた。夜も更けた時間だったが、エルモートは耳を立てて――これは嬉しい時の彼の癖だ――迎えてくれた。
しかし、パーシヴァルの話を聞いたエルモートは肩を竦めた。
「聖夜ってのは家族で過ごすもんなんだろォ。ちゃんと実家に帰ってアニキに顔見せて来いよ」
そう言って、ソファ代わりのベッドで隣に座っている相手の肩を叩く。
パーシヴァルは眉をひそめた。物分かりの良いことを言っているが、その実クリスマスを疎んじているゆえの言葉なのではないかと脳裏を過る。もし、自ら日陰に隠れずにはいられないような気持ちでいるのであれば、到底それを放っておけるはずがない。
パーシヴァルはエルモートの手を取り、その目を見つめた。
「大切な者と過ごす日だ。おまえをひとりにはできない」
エルモートは男の眼差しにひるんだ。真正面から向けられる心遣いに、動揺と照れくささを感じた。頬が熱くなるのを感じて視線を逸らす。
「……いや、俺にとってはチキンを焼く日なンだが」
盛大な料理を作ることに、クリスマスだという理由があることは分かっている。それでもこの艇の団長はただ肉を焼いてくれとしか言わない。傷に触れてこそこないが、輪に入りやすいように計らってくれる。素直になりきれないエルモートにとっては気安かった。
「クリスマスなんざ興味ねェけど、焼き料理いくらでも作っていいッてのは悪くねェ」
ニッと笑って見せる。鼻先にこそばゆさを感じて、だから心配しなくていいのだと、そこまでは言葉にできなかった。
金色の双眸が柔らかく綻ぶ様に、パーシヴァルは思わず嘆息した。エルモートがこの騎空団で得たものに安堵を覚える。普段のガラの悪い態度こそ変わらないが、楽しみを語る様子は柔らかさを増すばかりで、団長に拾われてきたばかりの頃に見せていた身を守る棘はその鋭さを潜めていた。
「……おまえが楽しいのならいいが」
「今年はローストビーフも作ってくれッて頼まれてンだ」
パーシヴァルの納得した様子にほっとして、エルモートはからりと笑った。
不意にその頬を撫でられる。なにと問う間もなく口づけられた。エルモートが呆然としているうちに唇が離れていく。
目を白黒させている相手にパーシヴァルは短く息をついた。
「おまえが楽しいのならいいが、俺がいなくても平気だと言われるといささか妬ける」
その言葉にエルモートはぱっと顔を赤らめた。頭上の耳が気まずそうに下がる。
「……ンなこと言われてもよォ」
頬をくすぐるように撫でた指が、髪に絡んでゆるゆると梳く。その仕草から男に乞われていることを感じて、エルモートは何度か迷ってから口を開いた。
「俺だって……おまえがいなくていいッてワケじゃ……」
一緒にいられるのなら嬉しいに決まっている。
ただ、家族を大事にしてほしいというのも本心なのだ。自分は大事にできる家族を得られなかった――得たものはほんのわずかな時間で泡のように消えてしまった。
パーシヴァルは双眸を細めた。壊れ物のような色をした瞳の、その目元を優しく撫でてやる。
「ウェールズには顔を出す。だが、夜には戻ってくるから待っていろ」
そして、ともに聖夜を過ごそう。優しく囁かれて、エルモートは胸に温もりが宿るのを感じた。暗くて寒い聖夜に光が灯るような――。
次いで耳を指先で柔らかく撫でられ、ふたりきりの夜の意味にも思い至る。エルモートは相手の目を見ることができないまま小さく頷いた。
「……分かった」
そして、エルモートはふうと息をつくと、相手の手に擦り寄るように首を傾げた。心の内を明かすだけで疲れてしまったように見える。
パーシヴァルはその細身を抱き寄せた。しかし、背を撫でて顔をしかめる。
「……薄着過ぎる。身体が冷えるだろう、もう少し服を着ろ」
「……小言うるせェ」
エルモートはうんざり呻いて、それでも相手の胸元に寄りかかった。とくとくと穏やかな心音が聞こえ、人肌のぬくもりに眠気を誘われる。
「寒くねェし……」
そう呟いてエルモートも相手の背に腕を回した。
終わり