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    めるこ

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    めるこ

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    Engagement【⠀15 years of age : 2 more years to go⠀】

    『アテネ』は恐ろしい程に「人」に似せて造られていた。
    エネルギーを経口で摂るし、怪我をすれば血が流れる。睡眠を必要とするし、時折夢も見る。
    体温があり、自己再生能力も多少はある。

    最初はアテネをオートマタだとは認識しておらず、幼いスプリングがその温もりと優しさに恋をしてしまったのは仕方がないことだったように思う。

    唐突に稚いながらも真剣な求婚をした日を思い出し口元を緩める。あの時は断られると思っていなくて号泣したものだ。

    そして数ヶ月後、『回収の日』がやってきて、スプリングはやっとアテネが歳を取っていないことに気づいた。『オートマタ』であることは認識していたが、余りにも人に似通っていた為『オートマタ』とはどう有るものか、という所において完全に理解をしていなかった。

    「連れていかないで」「何でもする」「やだ」ありとあらゆる当時使えた言葉を出し尽くして、これ迄にないくらい泣きじゃくった。
    国から派遣されたおじさんは随分困っていたし、母もおろおろする中、ただ、アテネだけが静かに笑って、スプリングを説き伏せようとしていた。

    自分の寿命はスプリングが17歳になるまでだから、結局ずっと一緒にはいられないこと。
    ここで回収に応じれば、多少型落ちであるが新しいオートマタが安く貰えること。

    回収されるシリーズはサポートが終わってしまうため、不具合が起きてしまっても直せないかもしれないと、おじさんまでダメ押しのように告げてきた。



    「……絶対、イヤだ」

    「スプリング?どうした、珍しいな君が独り言なんて」

    背後から軽快に言葉がかかって、大きく溜息をついた。

    「電解、何で此処にいるんだ。まだ仕事終わってないだろお前」
    「いやあ、どうにも肩が凝ってしまってね」
    「つまらないから抜け出してきたと」
    「いいだろ、君と私の仲じゃないか。匿ってくれよ」

    ふらりと教会に遊びにいていた電解は、蓋を開けてみればオートマタの研究所で天才と称されている科学者だった。
    電解の教えを余すことなく受け、また本人の努力が勝り数ヶ国語を一通りマスターしたスプリングが、書庫の整理をしないか、という彼の誘いに一も二もなく飛びついてしばらくが経とうとしていた。
    市場の手伝いをするより遥かに給料は良いし、何より多くの書物が読み放題になる。

    ハイスピードで仕事を終わらせ、それらを読み漁るのがスプリングの日課となっていた。

    結局何を言っても帰らないのだろうからと、手元で捲っていた本の最後の1ページを読んでしまおうと視線を落とす。結局これもハズレだったが、どこにヒントがあるかは分からない。

    「……はぁ」
    「また触ってるのかい?」
    「あ?」
    「ピアスだよ。随分お気に入りなんだね」
    「……まぁな」

    無意識に触れてしまっていたらしく、視線を逸らし手を下ろした。
    電解はそんなスプリングを愉しげに見つめて「そういえば君、今日誕生日だったのでは?」と言ってくる。

    「何かご馳走様しようか」

    時計を見るともう昼食の時間だ。
    今日は朝アテネの様子がおかしくて、本人はなんでもないと言っていたが、弁当に持たせる為に作ろうとしていた料理を中断させて寝かせてきたのだ。午後一の仕事を済ませたら早めに帰る予定にしていた。

    「あーーーーーーーいや、」

    コンコン

    「スプリング、お客さんだよ」
    「おや機械人形師」
    「電解此処にいたの。じじい達が探してたよ」

    ぴったりとした黒いスーツに身を包んだ少女が書庫を覗き込んこんで呆れた表情をみせる。
    電解とタッグを組んでオートマタの開発や改良に取り組んでいる少女も、こんな所にいるのは珍しい。

    「何か珍しいのがふらふら歩いてたから、声かけたらスプリングに渡して欲しいっていうから。連れてきた」

    その後ろからひょこりと顔を出したのは青灰色のローブに身を包んだ見慣れた人物だった。

    「アテネ!」
    「ご、ごめんね、こんな所まで来ちゃって……邪魔するつもりは無かったんだけど」

    両手で大事そうに抱えているのは作ってきた昼飯だろう…………やっぱり、フラフラしている。
    慌てて駆け寄って受け取り、近くのソファーに座らせる。

    「なんてことだ!!!初代のアテネシリーズじゃないか!!!!まだ現存していたのか。てっきり全て国の奴らに回収されてしまったのかと。スプリング、君の所の子なのか!!?」
    「なんだ、会ったこと無かったか?何回か教会にも顔だしてたぞ」
    「会ったこと無かったかだって?無いさ!!君、……んん?」

    あまりの興奮で掴みかかる勢いなので、二人の間に身体を滑り込ませてガードしていると、電解が首を傾げる。

    「……随分具合が悪そうだね」

    「ぁ、貴方が『電解』さんですか。スプリングから、話は聞いてます」

    そうやって無理に笑っているが、アテネの顔色は朝よりも悪い。スプリングは眉を顰めて、やはりもう今日は帰ろうかと思っていると、唐突にアテネが口を押さえ嘔吐き出す。

    「……っ、う、ぇ、」
    「アテネ!!????おい!」
    「スプリング、ちょっといいかい」

    一緒になって覗き込んだ電解は、手の隙間から漏れ出る口から流れたそれを見て何かを察したように叫ぶ。

    「君、何を飲んだ!!!?」
    「電解、医務室が空いてるよ」

    機械人形師が急いで手元のリモコンを起動すると傍らに目ばかりが大きな灰色のオートマタが生まれた。それは駆け寄ってきてアテネを軽々持ち上げる。

    「アテネ!?」
    「スプリングは此処に居てくれ。すぐ終わるさ」
    「待ってくれ、俺も」
    「大丈夫だ。私を信じろ」

    電解は、世間で天才と謳われる科学者だった。
    包帯で隠されていない紫の瞳に強く制されて、結局スプリングは無力を噛み締めたまま、書庫で待つしかなかったのだ。



    「馬鹿!!!!!馬鹿!!!!!!!馬鹿!!!!!!!」
    「…………うぅ」
    「スプリング、その辺にしておいてやってはどうかな……」
    「お前……っっ、ホントに…………!!!!」

    「……うう……面目ない……」

    数時間後、書庫のソファーにはしょんぼりと背中を丸めるアテネの姿があった。
    顔色はすっかり良くなっているが、その代わりにスプリングの方が烈火のごとく怒って顔を赤く染めている。

    電解は、初めて見ると言っていいほどの教え子の激怒する姿に乾いた笑いを零す。出会った頃こそ多少手が早い印象があったものの、口数は多くない物静かな彼もこのように怒ることはあるのか。

    「……これに懲りたら、市販のオイルなんて飲んではいけないよ。あれは君には毒でしかないんだから」

    胃をしっかり洗浄したから、今日は無理をしないように。
    そう続けられた言葉に「すみません……」と俯く姿は、立派な青年の姿なのに小さくなりすぎて何だか気の毒に思えてくるほどだ。
    ひとしきり声を上げた後、今度は押し黙ってしまったスプリングの背中を軽く叩く。

    「今日はもういいさ。一緒に帰ったらどうだ」
    「……すまん、言葉に甘える」

    そう言ってソファーで小さくなっている長い体躯を無言で持ち上げたので、予想してなかった展開にアテネの方が慌てだす。

    「え?わ、えっ、大丈夫、歩けるよ!!」
    「煩い、お前は良いから飯しっかり抱えてろ」
    「ねえ、ねえってば!」

    明らかに助けを求めてアテネが電解を見るが、多少身体をばたつかせてても平気そうな顔をしているスプリングを見ると制止の必要は無いように思う。
    午後休が彼への最適なプレゼントだろうと一つ頷いた。

    「ではスプリングはまた明日。アテネ、今日は充分休むんだよ。ぜひ今度皆で食事でもしようじゃないか」
    「あの!……本当にすみませんでした」
    「電解……ありがとう。助かった」

    しっかりアテネを抱えてこちらを見たスプリングも、動揺しながらも謝罪をするアテネも。なるほど、隣にあるのが自然な二人の空気に過ごしてきた時間を感じて電解は笑顔で手をあげた。



    街中で大変な注目を浴びながらも、決して譲る気配が無かったからか、アテネも家に着く頃にはすっかり大人しくなってしまっていた。

    静かにソファーに下ろしても、俯いたままぎゅっと両手を握りしめている。
    もしや、また具合でも悪くなったのか。

    「……アテネ?大丈夫か?まだ気持ち悪い?」

    両手で頬を包んで上を向かせようとするが、ぐっと抵抗された。違和感を覚える。
    アテネの瞳を覆う布が、湿って……

    「……!」
    「…ダメッ、や、取らないで!!!!」

    無理矢理剥ぎとった底には涙を湛える蒼が揺らめいていた。声だって、聞いたことないほどに震えている。
    ぽろ、と宝石のような涙がもうひとつ落ちるのを見て、がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。

    泣かせた。

    嫌がられるかもと思ったが、咄嗟にぎゅっと抱きしめる。

    「…………っっごめん!!!!!ゴメンっ、俺……っ」
    「違う、君は悪くない、私がっ」
    「違わない。ごめん」

    ずっと抱きかかえていたのに、気づかなかった。
    嗚咽をこらえて、呼吸を抑え、静かに涙を流していたのか。
    独りで。

    最悪だ。それこそ自分を殴りつけたくなる。

    謝罪の言葉しか口に出来ずに、腕の中の大切な温もりを離すまいと力を込める。
    しばらくそうしていたら、ぽつりぽつりとアテネがしゃべりだす。

    「……分かってたんだよ。絶対に合わないってことは」
    「うん」
    「でも、もしかしたら……じゅ、みょうが、延びるかも…て……ッ……ふ、う……ごめ、ごめんな、さ……ッッ」

    本当に、馬鹿なのは自分だ。
    漸くしゃくりあげ始めたアテネの背を優しく撫ぜる。

    いつも大人の顔をして余裕があるように見えていたから、望んでいるのは自分ばかりなのだと思っていた。……それでもいいと思っていた。

    けれど。

    「イライ……イライも、俺と一緒に居たいって思ってくれてたの」

    そう聞けば、心底びっくりした顔をして、アテネが顔をあげた。止まっていない涙でぐしゃぐしゃなそれが、ぎゅっと歪む。

    「あ、あたりまえ、じゃないか……!!!!!……君は、私を置いてどんどん大きくなっていくんだから。それなのに、私の手を離そうとしないから……ッ」
    「……ごめん。めっちゃ嬉しい」
    「……『私』がいいって、泣いてくれた日から、ずっと『私』は君のものだよ……っ」

    体に合わないと分かっているものを口にするのに、どれだけ勇気が要っただろう。スプリングの為に一日でも、と可能性にすがってくれたのだ。

    声に出したつもりの感謝の言葉が、掠れてしまう。
    なんだ、俺も泣いてんのか、と笑ってしまった。

    そんなスプリングを見て、アテネもふにゃりと笑う。

    「お誕生日おめでとう。ナワーブ」

    二人で抱きしめあって、泣いて、この温もりを一秒でも長く感じたくて、瞳を閉じた。

    「ありがとう……最高の、プレゼントだ」
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