Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    めるこ

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    めるこ

    ☆quiet follow

    Engagement【⠀×× years of age : ×× years passed ⠀】

    いたいのも、こわいのも、
    お前さえいればそれで良かった。



    「行ってくる」

    『アテネ』の身体は「あの日」から十年を経ても何も変わらない。錆もつかなければ、朽ちることもない。まるで眠っているかのようだ。

    ただ、温もりがないだけ。
    喋らないだけ。
    動かないだけ。

    時が止まったように、何も変わらないのに、スプリングはまた誕生日を迎えてしまった。

    多少身長は伸びたが、彼の設定年齢を随分越したというのに、アテネには届かない。生憎自身にそこまでのスペックはなかったようだ。

    ベッドで横たわるアテネの目元に口付け、冷たい手に嵌った指輪に触れる。
    毎日の習慣になっている挨拶を済ませて、伸びてしまった髪を適当にひとつに縛った。さすがにあの頃のようなハーフパンツは履けないので、随分前から電解から貰った服を着ていた。
    嬉々と差し出されたそれは目立たない茶がベースの割に、背にはメーターやタンクがごてごてとついていてかなり厳つい。
    まぁ身長で侮られがちの自分には丁度いいか、と自身に頓着のないナワーブは素直にそれを受け取ったのだ。

    自宅を出て研究所に向かう道すがら、新しく出来たベーカリーでクロワッサンとマフィンを買う。酵母の焼ける香りはとても食欲をそそるし、きっとイライも気に入るだろうな、と考えしまう自分をもはや笑う気にもならない。
    ここ十年、そんなことばかりだから。

    随分変わってしまう街がなんとなく淋しいが、裏の森と母の眠る丘はなんとか見逃されているようだ。そこも次第に整えられていくのだろう。

    あの日、もうそろそろ我儘から解放してやらねばと伸ばした指は、穏やかに拒まれた。
    「私の」と言って柔らかく微笑んだアテネを想う。

    誕生日だからだろうか。少しぼんやりしながら店を出た所で人とぶつかった。

    「......ッと、悪い」
    「ああ、いや。此方こそすまない」

    随分高いところから声が降ってきて反射的に顔をあげて、ナワーブは目を見開いた。

    「......アンタ、あの、時の」

    「スプリング!!!!!!!!そいつ、捕まえてくれ!!!!!!」

    聞き慣れた声に目の前の身体が若干跳ねたのを感じ、思考より先に身体が動く。
    咄嗟に掴んだ手首は随分細い。折らないよう力を緩めたが、決して振りほどかれないよう少し内側に捻った。

    改めて見上げれば少し眉を下げた金色の瞳。対して抵抗もないし、害意は無さそうだが......

    「すまん、アイツ俺の雇い主なんだ」

    駆け寄ってくる姿を顎で示していると、その姿を視界に納め諦めたように力が抜ける。念の為捕まえたまま、体力のない電解の到着を迎え……ようとした所。

    いきなり電解の右ストレートが、目の前の男の頬に決まった。双方が痛そうな骨と骨がぶつかる音がする。
    さすがに思わぬ展開にぽかんとしてしまった。

    「こんの、 馬鹿師匠!!!!!!!!一体何処へ行っていたんだ!!!!!」

    よろけた所に、さらに掴みかかる電解。興奮しているのか、何徹かしたのか分からないが瞳がぎらついている。

    「ル、ルーカス……」
    「電解落ち着け。このままだと俺はどっちを押さえたら良いのか分からなくなりそうだ」
    「何年姿をくらませてた!!!」
    「十年……いや、もっとかな」
    「誰も聞いてない!!!!!」

    聞いてたぞ、と突っ込む所か。
    これは……男に逃げる様子は無いし、どちらかと言うと興奮している電解を落ち着かせる方が治まりが良いだろう。

    男に引っ付いて離れようとしない電解をひっぺがし、赤くなる頬を押さえもせずにのんびりこちらを見下ろしている金色を見上げた。

    「どうも……アンタ、電解の知り合いだったんだな。魔術師だろ」
    「!? スプリング、此奴を知ってるのか!?」
    「ん?あぁ――前に一度。アテネと外に旅行に行った時に……」
    「その『アテネ』さ!!」

    押さえられながらも、片目が真っ直ぐにこちらを貫いた。

    「彼は『アルヴァ・ロレンツ』。オートマタ技術を持ち込んだ……『アテネ』シリーズを造った張本人だ!!」

    『アテネ』を……造った……?
    もう一度アルヴァを見上げる。
    彼は電解の言葉に首を傾げていた。

    「そういえば……あの時君と共に居た『アテネ』は?留守番かな?」

    「……ッ」

    「アンタな!!!アンタが造ったんだろう!!?」
    「そうだが……何か不備でも?」

    不思議そうにする彼に、なにか答えなければと思うのに、言葉が出ない。
    代わりに電解が唸るように告げた。

    「……彼は、ちょうど十年前。寿命を迎えたよ」

    それを聞いたアルヴァは、瞬きを繰り返した。
    未だによく分かって居ないようで困惑した声音をだす。

    「寿命……?私はアレをそんなに脆弱に造った覚えは無いが」
    「……オイルが、きれたんだ。だからもう、」
    「ああ、そういえば初期の燃料はそれぐらいに尽きるか……しかし追加を作ればいいだろう」
    「アンタが残してったレシピは国の使えない奴らが回収してしまったよ。挙句『アテネ』の追加オイルは作れないと言って流通していない」

    やっと合点がいったのか、アルヴァは何度も頷いた。

    「『アテネ』という蒼い花がそこら中に咲いていただろう。アレのオイルはその花から精製できるよ」
    「何年前の話をしているんだ。見てみろ。そこら中開発が進んでしまって花なんて……」

    「それがあれば、作れるのか」

    オイルが。
    忙しなく心臓が動いている。
    痛いくらいだ。
    飛び出てしまうかもしれない。

    花……蒼い、花……?

    『けっこんしてくれ!』

    幼い自分の声が聞こえる。
    あの時握りしめていたのは、アテネが好きだと言っていた――蒼い花だ。
    名前なんて知らない、可憐な花。

    違うかもしれない。
    もう『アテネ』は何処にも咲いていないのかもしれない。

    けれど、予感がした。

    「……どんな、花だ……いや、いい。研究所で、待っていてくれ」

    「スプリング!?」
    「すまん電解、これやる。すぐに行くから」

    ベーカリーの紙袋を押し付けて、来た道を全速力で戻った。あまりのスピードに街の人が何人も振り返って居るのが分かる。けれど、構っていられなかった。

    自宅の裏手――まだ、開発の手が伸びていない森。

    どうか、どうか、と祈りながら。
    脳裏に浮かぶのは、柔らかく笑うアテネの眼差しだけだった。



    じんわり。

    じんわりと。

    身体の中心から、あたたかいものが広がってゆく感覚がある。

    それは酷く懐かしくて、ずっとずっと求めていたもののように感じる。

    お腹の中だけだった感覚が徐々に広がっていくのが分かった。
    腿を通って爪先へ。
    胸を通って指先へ。
    そして、喉を通って――

    ごくり と喉が不器用に鳴いた。

    (……あったかい)

    まだ鈍い感覚の中、たらりと口の端から零れた何かを優しく拭われた。

    もう少し……もっと。
    無意識にそう思ったのが通じたのか、再び温もりが唇に触れる。

    流し込まれるものを、なんの疑いも無くこくこくと飲んでいった。

    どれくらいそうして居ただろう、やっと自分の左手を誰かが強く握っているのに気づく。

    「……『イライ』」

    カタリ、と己のシステムが鍵を開けた音がした。
    オートマタのパーソナルネーム。
    それが起動のキーワードである。
    主のみが呼べる名前だ。

    「イライ」

    もう一度、掠れた声が祈りのような音色を出す。
    泣いているのか。
    抱きしめてあげなくては。
    我慢をしてしまう癖のある子だから、彼のわがままなら何でも聞いてあげたかった。

    「……おきて、なぁ」

    記憶より少し低い声に、ぐっと瞼を持ち上げる。
    淡い光がぼんやりと見えて、ゆっくりと瞬きをすると段々と鮮明になっていく。

    愛した翠が、いつかと同じようにまあるくなった。

    「…………ぁーう」

    上手に声が出ない。
    吐息のようなそれでも、どうやらナワーブには伝わったようで、くしゃりと顔が歪む。

    ゆっくりとだが呼吸もしやすくなってきて、瞬きを繰り返した。

    「……なわーぶ、」

    「……おはよう、寝坊助め」

    大人びた優しい眼差しを眩しそうに見上げる。
    そして違和感に気づいた。
    ……あれ、なんだか……

    「かみのけ、のびた?」
    「ああ」
    「なんか……あれ?か、かわいくなくなってる」
    「ふは、十年ぶりに会ったのにいきなり悪口かよ」

    ……え?
    十年?

    「……ぁ……え?なんで、私……え?」

    確かに、寿命が尽きたはずだった。
    冷えていく感覚を覚えている。
    けれど今自分を満たしているのは、紛れもなく稼働に必要なオイルだった。

    改めてナワーブを見上げると、随分精悍な顔つきになっていて、身体も逞しくなっている。

    何が何だか分からなくて言葉を探していると扉が開く音が聞こえ、視線をそちらにやった。そういえば、ここは見慣れた自宅ではない。何度か来たことがある――研究所だ。

    「おや、起きたのかい?」
    「ああ」
    「ルーカス、視力が弱っているだろうから、灯りはこのままの方が良さそうだ」

    入ってきた二人の男どちらも、アテネは見覚えがあった。
    一人は、こちらも随分大人になったが電解だろう。
    もう一人は黒を纏った金色の瞳を持つ男。海を越えた先の街で出会った不思議な雰囲気の人だ。
    彼もアテネと同じく時を止めたかのように変わらない。
    静かに近づいてきた男は何の躊躇いもなくアテネの頭を撫ぜる。

    「すまないね……あの時に知っていれば、淋しい思いをさせなくても済んだろうに」
    「……ええと、」
    「歩けるようになるまではもう少しかかるだろう。追加のオイルは彼に預けてあるから、必要なタイミングで飲みなさい」

    人の寿命ぶんくらいは優にもつよ。
    穏やかにそう告げられて、戸惑いながらもこくりと頷く。

    「スプリング、時間も時間だし今日はこのまま泊まっていって構わないよ」
    「……感謝する。本当にありがとう」
    「はは、おめでとう、が色々な意味で正解だな。アテネもゆっくりおやすみ」
    「あ……はい……」

    ナワーブの胸の辺りにとんと触れて、電解は男を連れ立って部屋を出ていく。なんとか「ありがとうございます」と言えば、閉まる前にひらりと振られた手だけが見えた。

    今なら薄暗いと分かる部屋にまた二人きりになる。

    「イライ」
    「わ!」

    急にひょいと横に抱えあげられ、ぎゅっと強く抱擁された。そのままベッドに腰掛けて、ナワーブはイライの肩口に顔を押し付けたまま黙ってしまう。

    泣いている様子はないが……どうしようと眉を下げた。いつもより数倍重たい腕をなんとか持ち上げて、そっと髪に触れる。項あたりでひとつに結わえられているようで、何となくひっぱって解いてみた。
    ぱらりと腕に少々ぱさついた髪がかかる。
    怒られるかと思ったけど、ナワーブは何も言わない。

    自分の戸惑いも落ち着いてきて、よしよしと見た目より柔らかい髪を撫でた。肩越しに窓の外をみると陽は少し前に落ちきった空の色をしている。
    窓際に、小さな頃ナワーブがくれたものと同じ花が飾ってあった。

    「あの花……」
    「……『アテネ』って言うんだってさ」

    零れた声を拾ってくれたようだ。
    そうしてぽつりぽつりと経緯を話してくれた。
    飾ってある分は余ってしまったものらしい。

    「……元気だった?」
    「ん」

    「大きくなったね」
    「可愛くなくなって悪かったな」
    「ふふ、拗ねてるのかい?可愛い」
    「どっちだよ」

    顔を押し付けたままだが、会話はしてくれるようだ。撫で続ける右手と、段々楽に動かせるようになってきた左手を首に回して抱きついた。

    (本当に……大きくなった)

    穏やかな翠も、落ち着いた声も、よくよく知ったものなのに……少し硬い肌と張りのある体躯が知らない人のようで、気恥ずかしくなってきてしまう。

    「……? どうした」
    「ッえ!? 」
    「なんかバクバクしてんぞ」

    不具合か?と一旦離されて顔を覗き込まれる。
    どうやら体温と心音を堪能していたらしいとわかったけれど、深みを増した瞳が余りに近くて、ぶわわと顔が赤くなってしまうのが嫌でも分かった。

    「あの、ちょっと、恥ずかしくなってきたから……離れて」
    「はァ?今更だろ」
    「だ、だって、私の可愛いナワーブだったのに……!」
    「……???」

    きょとんとする顔を、ちらりと見上げた。

    「……きみが、知らない男のひとみたいで」

    恥ずかしい。

    そう蚊の鳴くような声で言えば、察したようで意地の悪い微笑みを浮かべられる。

    「へえ?……まぁ、お前21だっけ?」
    「……え……う、うん」
    「俺、今日で27」
    「! か、可愛くないよ!」
    「はは、可愛くなくて結構だ」

    けらけら笑われて――その顔がやはりスプリングだと安心をして、む、と態とらしく唇を尖らせた。
    けれど、先ほど言葉がふと引っかかる。

    今日で、27。

    急に静かになったアテネに、からかって遊んでいたスプリングは首を傾げる。

    「もしかして……今日、誕生日なの…かい?」

    恐る恐る確認すると、こくりと事も無げに頷かれてしまい、さぁーっと顔が白くなる。
    なんて事だ、プレゼントもなければ、美味しいごはんも無いし、なんなら身体すら満足に動かせない。
    役立たずすぎる……と、顔を両手で抑えて呟いていると、くすりと笑う気配がした。

    かさついた手が、アテネの左手を取る。

    淡い光の中で翠が甘く細められ、ゆっくりと唇が――嵌められたままの『約束』に触れた。

    「好きだ」

    「俺と、結婚してくれ」

    返さないことで、叶わない願いを救えるような気がした最期の日を思い出す。あの日のアテネの承諾は、『あの日』限りのものだった。
    それを、イライもナワーブも、よく分かっていた。

    だから、いま、綺麗に笑えなくて、くしゃくしゃの涙に濡れてしまっても、返す言葉は決まっているのだ。

    「……大切に、してね」

    お誕生日おめでとう、と続くはずだった言葉は優しい口付けに遮られてしまった。小さな泣き声をお互いに聞きあいながら、温もりを分け合う。

    こつんと額が合わさって、両手で宝物のように顔を包まれた。

    温かさを感じ、余計に涙が溢れる。

    「……ずっと、一緒だ」

    星が囁く静かな夜。
    揺れる蒼い花だけが、幸せそうに微笑みあう二人を見つめていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works