墓石の上、二人でダンスを:5「これ、どこ向かってんだ?」
向かいのリングに問う。造りが良さそうな馬車は、それでも振動がゼロじゃあない。窓から覗く景色は、勿論初めてのものだ。何せまだ、リングの屋敷とその職場の往復しかしたことがない。この国も住んでる奴らも、何もかもが俺にとってはどうでもいいからそれに不満はないが、この後に訪れる二人きりじゃない時間には不安はある。
「お前の意味不明な要望を多分どうにかしてくれる人のとこだよ」
「男なら普通だろ」
「えー……」
何故かリングにはこの当たり前の欲求が理解できないらしい。そりゃ俺だって今の、リングの横の特等席を与えられてる状態は嫌じゃない。寧ろ嬉しい。だが、声、視線、動作、髪の1本ですら欲しがるようにしておいてそりゃないだろう、といいたいのも事実だ。勿論、俺の口からそんな言葉が出ることはない。この不満の言葉達すら、いつの間にかなんだかこう、リングにとって都合よく――……何か腹に渦巻いていた気がするが、どこかへ行ってしまった。そんなどうでもいいことはともかく、俺の身体が直るってんなら単純に嬉しい。というか、二人でこうして出掛けてるのは、所謂デートってやつなんじゃないだろうか絶対そうだ。俺の欠けた記憶に同じようなものは見当たらないが、そもそも前線に出ていた奴にんな経験がなくても変ではないだろう。色んな国の軍服を着て、色んな国の奴らをぶっ殺していたぶつ切りの記憶ばかりの俺に、マトモに街で暮らした経験は……多分ないんじゃないだろうか。別にそれがどうってわけじゃないが。
「はあ……」
リングの顔には「行きたくない」と書いてあるかのようだ。俺の願いと、この消極性を足して、どんな行き先になるのか検討もつかない。それでも恐らく、リングの同業者、つまりネクロマンサーではあるんだろう。……そこで、俺の中に一つの嫌な可能性が浮上する。
「まさかとは思うんだが」
「ん?」
「……過去の彼氏か彼女か?」
今かつ未来にリングの隣には俺しかいるわけはないが、その前は分からない。俺は寛容だからリングを責めたり何かしら罰しようという気は……一応ないが、相手には死んで欲しい。生まれてきたことを後悔しながら惨めに死んで欲しい、いやそうやって殺したい。
「お前……」
俺は真剣に言っているのに、何故かリングは変な顔をしている。変とはいっても、十分可愛いが。この可愛さを手中に収めていた奴が存在しているなら、やはり殺すしかない。
「ほんと冗談のセンスが……あー……全くもってそんなことはない相手だから」
「本当に?」
「寧ろそんな冗談に巻き込んだら俺が殺されるよ」
可愛い顔が心底嫌そうにしている。つまりリングはソイツが好きじゃないんだろう。嫌な可能性は吹き飛んで、満足感が溢れてくる。リングが好きなのは俺だけでいい。俺がそうであるように。
ガタゴトと馬車が揺れる。片目だけで外を見る。勿論片方はリングを見たままだ。死体の身体は、勃ちやしないくせにこんな芸当はできる。大抵のヤツは、こういう「できる筈のない行為」が行えると精神がヤラれるらしい。軟弱なこった。その片目で見る外は、すれ違う馬車の合間に歩道を捉える。歩いているのは男が多く、立ち止まっているのは女が多い。それに、俺のまだ鈍い鼻にも届く香り。
「なあ、これ花街か?」
「花? ……あー、お前東の方の出身なんだな。ま、確かにそういうとこだよここは」
ぐるぐると俺の中に言いたいことが浮かんだような気がしたが、霧散した……と思う。分からない。でも、リングの顔はこの場所に好意的ではないようなので別にいいか、と消えたものを掘り返すのは止めた。
「……俺は娼婦なんざに興味はねぇぞ」
「俺だってないよ。って、お前興味ないの……? ええ……」
リングは何か複雑そうな顔をしている。俺がお前以外に興味があるわけないってのは、一番分かってるだろうに、リングが何を考えているんだろうか。勿論、それに文句を言おうとしても口は動かない。
結局花街と今から会う奴が綺麗に結びつかないまま、馬車はやっと止まった。先に降りて、リングに手を差し出す。
「……」
「どうした?」
「いや……」
さっきとは少し違う複雑そうな顔で、リングは俺の手を取って馬車を降りた。ずっとこうしていたいんだが、リングは俺から離れてのそのそと歩いていくので追う。足取りが明らかに乗り気でないのは、それだけ目的の奴が嫌いなんだろうか。ま、俺以外の全てを等しく嫌ってくれて全然構わないが。
そうやってリングの後ろ姿を眺めながら周囲を片目で観察する。俺達が向かっているのは、どうやらここ一番の店のようだ。貴族の屋敷か?ってほどデカいし豪華だ。建物自体も目を惹くが、一番目立つのはこの、
「悪趣味じゃねぇか?」
恐らく敷地のど真ん中に鎮座する、デカい噴水だ。別にデカいだけの噴水なら金の無駄遣いだと思うが、悪趣味とは感じない。悪趣味極まりないのは、ど真ん中の噴水の更にど真ん中に位置するデカい像だ。
「ばっ……スカルお前、もし聞かれてたらどうするんだ」
「は?」
リングが振り返って俺に駆け寄ってくる。可愛い。にしても何にビビってるんだろうか。悪趣味なもんは悪趣味だってのに。派手な服に、胸のデカい女の像。顔はなぜか布で隠してある、よく分からない像だ。少なくとも女神だのなんだのとかがモチーフではないように見える。ここがそういう場所だからってのもあるんだろうが、芸術品らしさはほぼない。それをこれ見よがしな位置に置いてるんだから悪趣味だろう。
「とにかく、これ以降絶対口に出すなよ」
「……分かった」
納得はできないが、お願いされたら俺に断る選択肢はない。そのまま二人でほぼ並んで歩き、入口らしきデカい扉に到着する。
「エーフィリュ様、いらっしゃいませ」
門番らしき男どもが頭を下げている。リングは特に返事もせず、開けられた扉をくぐったので俺も続く。……なんだか、嫌な気配がする。中も勿論豪華なそこの、正面の階段から誰かが降りてきた。男……いや、ガキだろうか。背丈はそこそこだが、大人ではなさそうだ。嫌な気配がぐんと強くなる。リングを背に隠すように前に出た。
「あら、こちらが?」
声からしてもやはりガキのようだ。撫でつけられた青髪と服からして、男娼ではないように見えた。だが、ここで経営側にいるにしてはガキすぎる。……間違いない、嫌な気配はコイツからしている。
「……」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。……お久しぶりですねぇ」
俺に怯むことなく、ガキはリングに手を振る。リングが俺の後ろから歩み出て、ぎこちない笑顔は貼っつけた。
「ご無沙汰してます……。今夜はお時間を取って頂いて……」
「そういう堅苦しいのは結構ですよ。しかしこの方……」
ガキの赤い目が俺を見上げる。
「!?」
瞬間、二度目の痛みが全身を走る。朝、リングにやられた死の痛みに似たそれを与える、このガキはなんだ?
「すみません、まだ稼働して間もないんで」
「それはそれは。でもよくできていると思いますよ。ちょっと、扱いが難しそうですが」
ガキが瞬きをすると、痛みから開放される。何も分からないまま、リングを見た。
「この人はネプチューン・クトゥーツィン、……この国の機密、ネクロマンサーの頂点の一人、死霊使いでありながら死の身体を持つお前より上位の存在、リッチってやつだよ」
宜しくお願いしますね、と笑うのは、ガキではなく……いつの間にか壮年の男になっていた。