墓石の上、二人でダンスを:4コイツは朝っぱらから何を言い出しているんだろう。
見上げた先には、瞳孔がかっ開いてる緑がある。死体の目は大概俺の下に届いた頃には濁りきってるが、そこを元通りにするのもアンデッドの腕の見せ所である。勿論俺が処置をしたスカルの両目は生者と遜色なく透き通っている。瞳孔の収縮機能が復元されてないのは単純に手間がかかりすぎるからだ。いずれはやるのも悪くないが……ま、時間が余って仕方なくなってからでいいだろう。よっぽどの事が起こらない限りそうなるのだし。
「……なんだって?」
聞き間違いじゃないだろうな、とは思いつつ聞き返す。寝ぼけてたにしても酷すぎるし、コイツも恐らくそういう冗談を朝っぱらからぶっ込んでくるタイプではない……と思いたい。いや、冗談の方がいいっちゃいいんだが。
「だから、勃たねぇのはどう考えても欠陥だろって」
「……」
主語がないけれど、流石に何を指しているのかは分かる。俺にだってあるものだし。ただ、朝っぱらからそんなこと言われたら、今すぐ寝直すかな……となるだけで。寝直していいかなこれ。仕事があるから無理だけれど。
「……えーとな、確かに俺はお前を高性能かつ、生者と遜色ないように作ったって自負はあるけど……」
生者を超えた能力を与え、死者が失ったものを補う。それを繰り返し組み上げて、至高のアンデッドを作る……のが俺の目標だ。その為に前線の調達部隊に選別させたのがスカルの身体で、日々目標に近づいている実感がある。
「正直、所謂三大欲求……睡眠欲、食欲、性欲って生者の欠陥だろ」
だからアンデッドに搭載してないんだけど、と続けるとスカルが凄い顔をした。これ戦場で見たらヤバいだろうな。
「けっ……?! な、おま」
「食べず眠らず、効率落とさず動けるってのがアンデッドの利点だし……」
「だ、だとしても、だ! 俺には要るだろ!」
スカルは全然引かない。なんでコイツは要ると思ってんだろう。今まで寝れないことにも、食事が要らないことにも疑問すら持ってなさそうだったのに。もしかして、生前のコイツは下半身魔人だったんだろうか。記憶が欠けていても、重点を置いていたものへの執着みたいなのは残る場合がある。家族のいた人間の死体を用いたアンデッドは、自由行動をさせると自宅へ戻ろうとする……なんて記録もある。勿論、そんな自由意志は前線に送る雑兵アンデッドに無用の長物なので、魂の修復をわざと低品質にしている。というか、そういうアンデッドしか作らせてもらえない奴はあんまり素養が高くない奴だ。低品質にしているというより、そこまでしかできないというのが正しい。スカルのようなアンデッドを作れる俺は、そういう有象無象とは次元が違う。……次元が違った結果が、あの発言なんだろうが。やっぱり寝直したい。
「魂の修復が上手くいくのも考えものなんだな……」
日々学びがあるものだ、ということにしておく。それはそれとして、俺も早く欠陥を克服した身体になりたい。まだ数十年は無理なので、ベッドから起き上がって仕事をするためには食事をしないといけないのが煩わしい。
「リング」
相変わらず瞳孔がかっ開いた緑が俺を見ている。ほんと、どうしてあんなことを言いだしたのやら。考えるべきなんだろうけれど、考えない方がいい気がするし、そもそも寝起きだから考えるには向いていない。とりあえず食事をするべきだろう。でも立ち上がって食堂に行く気はあんまりない。
「……とりあえず、食事をここに運ぶよう言ってきてくれないか?」
「分かった。で、俺の要望は?」
「食べてから考えさせてくれ……」
紅茶とパンを摂れば、脳も働くだろう。それまではもう少し眠っていようと身体を横たえて目を閉じた。耳に溜息と足音が響く。ま、俺の命令を拒否する権利なんざ与えてないから、やるしかないわけなんだが。
にしても、ただ身体と精神が剥離して辛い、とかそういう感じの申し出には聞こえなかったんだよな。もっとこう、具体的な何かがあって必死な感じがするというか。気になるといえば気になるけれど、積極的に聞き出そうとまでは思わない。
そんな風に結局考えてしまっていると、また足音が帰ってきた。目を開けて首を傾けると、トレイを手にスカルが立っている。
「食わせてやろうか?」
サイドテーブルにトレイを置いて、スカルが笑う。さっきまでの下半身の話よりは面白い冗談だ。ずるずる上半身を起こす。
「紅茶からでいいか」
「……いや、自分で食べるけど」
なんで普通に俺が肯定したことになってるんだ。というか、俺に使役されることに疑問や不満を持たないようにはしているが、奉仕精神を盛ってはいない。……つまり素か? 全然そういうタチには見えないけど。
「そうかよ」
「子供じゃないし、そういう趣味でもないから、俺」
「へえ?」
にや、とスカルが口端を吊り上げる。
「俺の真剣な悩みを保留にしやがるから、子供かと思った」
「……。食べてから考えるって言っただろ」
「考えて却下する気だろ」
「……」
よく俺を分かっていることで。だって必要ないからな。
「ま、でも仕方がないか……。エリート様にも得手不得手ってやつがあるんだろ?」
「……は?」
ニヤニヤ笑うスカルを睨む。
「この国のネクロマンサーってのは、兵隊ばっか作ってんだろ? そりゃ戦わせる為の技術は発展してても……」
「スカル」
契約印に使われている、神語――創造神が国毎に振り分けた、御業の行使にのみ使われる言語――を口にする。ニヤニヤ笑いが引っ込み、困惑と恐怖の表情に変わるのを確認してからもう一度神語を唱えた。
「死の痛みの再体験は楽しかったか? 別に俺に完全服従の意思なき奴隷にしたいわけじゃないが、あんまり調子に乗るともう一度死んでもらうからな」
「……悪かった」
全く、こんな早く罰を与える羽目になるとは思わなかった。意思を残してる時点で万が一、と組み込んでおいたのは正解だったらしい。
「分かればいい。……しかし、アレだ。俺にできないことがあると思われてるのは癪だな……」
とは言っても、そういう方面に俺は詳しくない。詳しくないだけでできないわけじゃないが。
「あんまり気は進まないけど、……あの人に会ってみるかあ……」
「あの人?」
スカルはもう元通りに振る舞っている。肉体じゃない、魂に響く痛みだっただろうに。
「ある意味国家機密に関わる人だよ。もう人じゃないけど」
「……?」
疑問符だらけのスカルに少し冷めた紅茶の淹れ直しを頼んで、また目を閉じる。
……今日は、長い日になりそうだ。