置いてかれF小話:制限ダンジョン(※制限内容にはパーティ差があります)エクストラダンジョン、と呼ばれるものがある。
細かい区分は法律に任せるとして、簡単に言えば「クリアが可能なら恩恵が大きい腕試しダンジョン」を指す。つまりは上級者のお遊び用と言い換えてもいいだろう。希少なアイテムや装備品はあるが、それを込みにしても挑むのはよっぽどの者でないとオススメできない、そんなダンジョンだ。
冒険者を包括的に管理しているギルドであっても、正直全容を把握しきれていないそれは、勇者という絶対的強者のいない現在においては、挑める者を選定するのすら苦労する状態だ。
「……『人間以外侵入禁止』……ですか」
そんなエクストラダンジョンの入口に、一つのパーティがいた。打ち捨てられた砦の跳ね橋の前に一つの看板が立てられている。金属製のそれには、上記の文字が彫り込まれていた。
「おい、貰った資料にこんな制限あったか」
「いやあ、見てないねえ」
歴代の送り込まれた面々が報告した制限内容は「魔法使用禁止」「武器装備禁止」「逃走禁止」等の極めてオーソドックスなものばかりであった。これくらいの内容なら、わざわざエクストラダンジョンに赴かなくとも目にすることはある。もっと何かあるのではないか、と勘ぐった冒険者ギルドが斥候として依頼を出したのが、この8人+αであった。
「つまりさ、僕達がこういう集まりだ、とダンジョンマスターが認識して制限を提示してるってことだよね、これ」
「じゃろうな。一番効くモンを分かって指定するとは、何とも」
このパーティ8人は全て人間、ヒューマンで構成されており、獣人やエルフはいない。一見、意味のない制限のように思える。だが、前述のとおり+αがいる。
「……へえ、ここは俺様達に来るなって言ってるワケ?」
どろり、とグラビティーの背負う鞄から緑色の粘液が漏れる。明らかに鞄の容量より多いそれは、地面に落ちる前にひょいと持ち上がりグラビティーの肩に乗った。まるで人間が顎を乗せるように。それは人間ではなくスライムなので、顔もそこに配置されるパーツもなにもないのだが。
「勝手に出て来ないで。……ま、多分そうだろうね。僕達の戦力を削ぐなら、魔法や武器を制限するより、それが一番手っ取り早いから」
現在、このパーティの戦術としてはウェーブの攻撃魔法とナパームの召喚魔法で1ターンキル、という非常に雑かつ一方的なものをとっている。もし倒しそびれたとしても、普通にジャイロやチャージに一撃されるだけなので、延びた寿命は1分以下といったところだ。
その超火力の殆どが、+α……使い魔枠で同行しているモンスター達の恩恵である。人間達は多少レベルが上がっているものの、大した変化はない。
「とは言っても、ウェーブの魔法威力とかは称号効果だし、ナパームだって召喚魔法だから別に同行不可でも……」
「無理だ!!」
叫び声の方を一斉に見る。頭を抱えるようにして蹲っているのはナパームだ。コートも、長い髪も地面についている。
「マース殿と一時でも離れるなぞ! できるわけがない!」
「貴方ねえ……」
「俺はマース殿を永久に観察したいし、そういう契約を結んでいる。それなのに……」
頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、ナパームが嘆きを吐き出し続ける。横でただ浮いているマースは何も言葉を発しない。
「どうする? 引きずってくか」
「引きずってもこれじゃ役に立たないんじゃない?」
「嫌ですよ私、道中あれの介護するの」
「介護てお前」
酷い言い草だが、発言したクリスタルはナパームとの付き合いが一番長く、一番面倒をかけられている。彼がその数々を乗り越えた上でそう表するのなら、それが一番実態に近いのであろう。既に疲れた顔を隠しもしないクリスタルは、未だ何も発さないマースへと向き直る。
「どうする気です」
「対処法はある」
そう、抑揚のない声で言う。この声と機械の身体が相まって、マースが何を考えているのかは分かりづらい。
「ナパーム」
「……俺は、マース殿とただ共にありたいだけなのに」
「ナパーム、お前がいくら望もうと俺は侵入できない。ダンジョンにおけるマスターの制限を流石に無視するのは不可能だ。だが、侵入せずにお前の願いに応える方法はある」
「何と!」
「これを見越していた訳では無いが……先に通信ユニットを組み込んでおいたのは正解だった。視覚・聴覚の共有に加え、通信会話も可能だ。物理的に同行できなくとも、これで問題は無いだろう?」
「ああ、流石はマース殿! いや、俺も少々疑問には思っていたのだ。てっきり四肢が先だと思っていたのが、いきなり頭部だったのだから」
勝手に盛り上がっている1人と1基の横で、6人は会話の細部を聞かなかったことにした。空気を読まず疑問を口にしたのならば、きっとこのコンビは教えてくれるだろう。……細部を、聞きたくないことまで。
ともあれ懸念が一つ片付いた、と胸を撫で下ろす6人は、そういえば一人静かな奴がいることを思い出した。
一人静かにしていた……いや、思考がついてこれていない強張った顔をしているウェーブが皆の視線に気がつくと口を開く。
「お、俺っ……の、残る」
「いやお前、そりゃ困るんだが」
「だ、だって。ネプチューン入れない……」
「……お前、その満面の笑みこっち向けんな。普通にキモいんだわ」
マーキュリーが心底嫌そうに吐き捨てる。ジャイロの肩に乗っているジュピターも同じような反応をしていた。
「ウェーブ、私と離れがたいというその気持ちは大変嬉しいですが、皆に迷惑をかけるのはよろしくないですよ」
諭すようにネプチューンが言う。だが、嬉しそうな様子は隠せていない。パーティの損得よりも自分の方が当然のように優先されている先ほどの発言が余程嬉しいのだろう。
「でも……」
「ええ、ええ、分かってますとも。私だって貴方と一秒たりとも離れていたくないのですから。……ですので、こういうのは如何でしょう」
ウェーブの腕から抜け出したネプチューンが、少し長めの、聞いたことのない呪文を唱えた。すると、その身体が光に包まれる。眩しさに皆が思わず目を閉じる。
「これなら、同行できますね」
目を開けたウェーブは言葉を失った。
先程まで自分の腕に収まるサイズだったネプチューンは見当たらず、目の前にいるのは見たことのない男である。けれど、その顔にはネプチューンの面影があった。
「……え? もしかして、ネプチューン……?」
「そうです、私ですよ」
「えっ、えっ」
更に混乱しているウェーブの手を、ネプチューンのそれが優しく包む。普段と違う感触にウェーブの肩が跳ねた。
「お気に召しませんでしたか?」
「い、いや、そうじゃ、なくて……。いきなりそんな……」
「そんな?」
「そ、んな……。……ちょっと、わ、わかんない……」
「あら、困りましたねえ。お気に召さないのでしたら、やはり私は留守番ということで……」
「!? えっ、やっ、そのっ、い、嫌だとはっ、言ってない……!」
「嫌ではないだけですか?」
「わ、わかってるくせに……っ」
「……毎度さ、その茶番飽きねえの?」
欠伸を噛み殺しながらマーキュリーが呟く。聞こえているのかいないのか、ネプチューンは返事をしない。
「……ま、これで懸念事項は払拭されたし、そろそろ行く?」
グラビティーの問いかけに5人が頷く。ナパームとウェーブはそもそも聞こえてないようだが、全員そんなものだと思っているので気にしない。
じゃ、とグラビティーが背負っている鞄を下ろして中からマーキュリーの入っている瓶を取り出す。
「逃げ出しても困るし、一応封印陣描いておくかな……」
「いやいやいや、ちょっと待て。お前俺置いてく気かよ?!」
その言葉にグラビティーは眉をひそめる。
「置いていく以外にどうしろって言うの?」
「おま……っ。俺を見くびってんなあ!」
見てろよ、とマーキュリーが言うが早いか、緑色の粘液が形を変え、人間のようなシルエットとなる。
「そんなんじゃ」
「分かってるっつの。……ちょっとここからは面倒なんなんだがよ」
そう言っている間に、マーキュリーの姿は「やや派手な盗賊」のような装いとなった。変化前を知っていなければ、人間ではないと断じることは難しいだろう。グラビティーも流石に目を見開いている。
「おっ、イイ反応だな」
「……み、見た目だけじゃ流石に駄目じゃないの」
「あのな、俺はそこらの奴らとは違うんだよ。見た目だけじゃなくて中身も変身してんだよこれ。だから面倒なんだがな」
「へえ……」
見上げてくるグラビティーが珍しく年相応に見えて、マーキュリーは一瞬たじろいた。が、それを悟られるのは癪なので「さっさと行こうぜ。長くこれでいるの疲れるんだわ」と背を押す。
じゃあ行くか、と一行はダンジョンへと歩みだす。
「……お、お前さ、俺にはなんかないのかよ」
口を、いや嘴を開いたのはジュピターであった。
「は? ……ああ、イイコニマッテロヨ」
「おっまえなあ……!」
棒読みの、全く思ってもないことを言われたジュピターだが、それ以上何も出来ない。……ネプチューンやマーキュリーと違って、変身に関する魔法も特性も持っていないのだ。なにせそんなものに頼らなくとも無駄に強かったので、習得機会が全然なかったのである。
勿論そんなことはジャイロが知る由もないのだが、彼は彼で「この鳥がそんなもの出来るはずも筈もない」と決めてかかっているので、今まで無反応であった。別にいなくても困らんだろ、思っていたのもあるが。
「……」
そんな一人と一匹を見つめるのは、魚部分のない半魚人である。
「ジュピター」
「あ?」
「貸しにしてあげましょうか?」
「は、……あー……くそっ」
絶対に借りなんて作ってはいけない手合いであるのは重々理解しているが、このままではマースと共に待ちぼうけを食らうことが確定となる。こういう所が嫌なんだよな、と思いつつジュピターは頷くしかなかった。
ネプチューンがまた長めの呪文を唱えると――因みにこれは、詠唱だけネプチューンが行っており、魔力消費はジュピター本人である――ジュピターの姿が変わった。軽装騎兵のような出で立ちである。
「うわ」
ジャイロが驚く。……が、それだけである。一応上から下まで眺めてはいたが、特に感想はないようであった。
「お前……っ」
別にウェーブのような反応を期待していた訳ではない、筈だが、それでもここまで何もないと怒りよりも呆れが湧いてくる。
ネプチューンは仕事は終わったとばかりに、ウェーブとさっさと先を行っていた。
「何だ」
「いや、その……何かねえのかよ」
「と言われてもな……。別にこれくらいなら普段から見てるレベルだからな……」
「は?」
マズった、とばかりにジャイロが目を逸らす。が、流石にそれを見逃すジュピターでもない。
「おいこら、ちゃんと言いやがれ」
「……。お前ほんと、何がしたいんだよ。……あれだよ、スターやクリスタルと張り合えはするんじゃないか」
これでいいだろ、とばかりにジャイロが大股で先を行く。
ジュピターは暫し呆然としていたが、意味を理解して思わず口を押さえた。
……つまり、あの2人と同じ――即ち人間としてはかなり上位――に見た目が良いとは思ってもらえたようである。他者の力添えの結果ではあるが、あのジャイロからこの感想を引き出せたのなら、借りを作った甲斐があっただろう。意気揚々とその背を負うジュピターは、自力習得も吝かではないと思い始めていた。
――尚肝心のダンジョンについてだが「あんな制限を設けないとやっていけない程度には難易度が低い」というのが一行の報告であった。