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    ch6ee

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    ch6ee

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    ねこ主とななみのねこのひ

    ※ご都合術式

     吾輩は猫である、名前はまだない……ではない。私にはれっきとした名前もあれば学歴も職歴もあって、それから家族は……家族は夏目漱石の「吾輩」と一緒でいない。仕事の帰りに気が抜けたら後部座席で猫になってしまっていた。原因は明らかで、直前の憑き物のせいだろう。うわ、と声を出した瞬間に視界のアイレベルがどんどん下がる。そのせいですぐに異変に気づいた運転席の同僚はひどく素っ頓狂な声を出して路肩に車を停め、私の姿を探そうと後部座席のドアを開いて私の着ていた衣服の中を探って私の新しい身体を抱き起こした。明るいところで自分が伸ばした腕を見れば、一面のグレイ。なぜ、と思いながら手に力をいれれば尖った爪がぬるりと光り、また補助監督の彼女の叫び声を――今度は間近で――聞くことになる。取り落とされない分マシだった、と思いながら彼女は再び私を後部座席に戻し、上司に電話をかけ始める。彼女と一緒でよかった、緊急時の手順が身についている同僚は信頼がおける。そう思いながらガラス越しに彼女を見上げれば頻繁に視線が合う。ドアが再びあいて、すみません、そんな断りとともに自分が撫で回されているのを感じるが、普段の信頼関係からは抗議する気にもなれない。電話が終わるまで彼女は私の首から背から、何から何まで撫で回して――代わりに電話の終了とともにその手を止めて私の着ていた衣服を畳み始めた。さっき助け出されたときにうすうす気づいていたが、今の私は何も身につけていない。ジャケットから下着、ストッキングに至るまで軽く畳んでトランクルームから出した紙袋にまとめる彼女に、ごめん、と言い掛けたらんやあん、と想定内の鳴き声が自分から出て何も伝わらなかった。人間に戻ったときにお礼をしよう、そうするしかなかった。

    ***

    「……ということです。」
    「はあ」

     猫に注意!術師が一人、猫になっています。原因は任務中の呪霊に寄るものと思われ、対象は祓除されていることを再確認したので後続影響はなく、業務影響としても報告書は本人の復帰を待って提出で問題ない。後続シフトももともと休暇申請をしていたため問題なく――その休暇は病休に切り替えられることとなるが――同僚への影響もなし。診察した家入医師の見立てでは、解呪には時間経過が必要、原因が既に祓除済みのため対応手段は特にない。また意識は以前のままある見立てとのこと。ホワイトボードに要点を書き上げたものを示しながら七海は目の前の毛玉とホワイトボードに貼られた身分証明書の彼女の写真を見比べる。

    「この猫が、彼女ですか」
    「はい。……あ、意識あるので、多分今怒ってると思います」
    「にゃあぐ」

     その鳴き声はまさしく、そうだぞ七海、と言い出さん限りだった。恋人が事故で猫になっているというのに、落ち着け、という方が難しいのだが――七海はそう思いながら膝をついて彼女、灰色の猫の方に手を向ける。猫は一切の遠慮もなく七海の手に前足を掛け、わずかに爪を出しながらその手のひらの質感を確かめていた。

    「……この子、どうするんですか」
    「医務室で預かりです。我々も日中は面倒を見ますが、何分」
    「何分?」

     七海は両手を猫の前足の下にかけ、その身体をびろんと持ち上げて立ち上がる。猫は急な高さの変動に怖気づいてか暴れずに七海の腕のなかでだらんとぶらさがり、七海の顔をつぶさに見上げていた。短毛のなめらかな毛並みが七海の手を浚い、かつて暮らした猫との記憶を蘇らせる。

    「なにぶん、急に戻られたときに……その、衣服に困るだろうので、基本は医務室にいていただこうかと」
    「……つまり彼女は今、何も着ていないと」
    「発生時、衣服の中に埋まっていたそうなので」

     なので私達、触れないんです……そう告げる伊地知に七海は何も言うことができない。先に告げてほしかった、と思いながら抱き上げた猫に視線を移せば、んにゃあぐ、とあまり機嫌が良くない声が上がる。なによ、と言っているのだろうか。裸の彼女をこう抱き上げることなどこちらは何度もしているので、今更怒る必要はないだろうと七海は文句を言いたくなる。

    「……」
    「七海さん、あの、他の方にはいまのことを伏せておきますので」
    「いえ……家入さんはいいとして、学生に見つかったらどうするんですか、五条さんにも」

     想像するだけで胸が痛む。先輩はこのホワイトボードを見て面白がって彼女を追い回すだろうし、学生が知れば猫だというだけで構いに構われるだろう。そういうことをするのは自分だけでいいのだ。無意識に七海は腕で猫の後ろ足を支え、胸にその毛玉を抱き寄せる。この重みと暖かさ、実家に居た猫を思い出す――猫との暮らし、まだ術師でなかった頃の暮らし。スーツが毛を吸うだろうことなどもうどうでも良かった。

    「さすがに意識もある中で人に近寄りはしないでしょうが、裸で過ごしているのを同僚に見られるのはあまりにも気の毒です」
    「はあ」
    「私は彼女の家を知っているので届けます。家で過ごさせましょう」

     その方が嬉しいでしょう?と七海は猫に向かって顔を近づける。ンー、と同意の声がして猫は七海の腕の中でしっぽをびしびしと振る。顎を触ればゴロゴロと勝手に喉を鳴らしていて、彼女だということを知らなければ純粋に猫を手懐けているだけだった。

    「……あの、その……差し出がましいようですが、そんなに触って嫌がられませんかね」
    「……実家に猫が居たので、つい」

     すみませんね、と七海は再び猫の額に唇を寄せて告げる。猫はまんざらでもなさそうに喉を鳴らしたまましっぽを揺らしていた。さあ、家に行きましょう。その声を出しながら七海は彼女の――猫の身体を離そうとはせず、彼女の鞄も衣服などの紙袋も、何もかもを伊地知に持たせていた。これは七海にしては大層珍しいことである。

     女性の家に、目の前にいるとはいえ上がり込むなんて、と伊地知が固辞したので玄関先で鍵をあけ、荷物を玄関に起き、本人をおろし、途中で調達した小皿に水を張って家を出た。鍵はポストに落とし、二人で「何もない」ことを確認し、衣服についた毛を払いながら彼女の家を後にする。んぎゃん、と彼女は家を出るときに不機嫌そうに鳴いたが七海はこれを「もどってきてよ!」と聞いており、すぐこの後にでも戻ろうと考えている。合鍵は別に持っていた。
     退勤後すぐに帰宅し、彼女の部屋着がまだ自分の部屋にあることを確認し――七海は急いで彼女の家に向かう。部屋を後にしてから数時間経過しているから、あの機嫌のままでいたら随分と手荒い歓待を受けるかもしれないな、と思いつつ指先はあの柔らかいダブルコートの柔毛の感触を求めていた。

    「ねこちゃん」

     自分に与えられている合鍵で彼女の部屋に上がり込む。玄関には先刻のまま、荷物と水の皿が置かれたままで本人の姿は見えない。

    「ねこちゃん」

     んなああううう、と想像の通り、あまり機嫌がよくなさそうな声が部屋の奥から聞こえてくる。かわいそうに廊下のドアはほとんど締め切られていたせいで、リビングに入れず寝室に滑り込むことしかできなかったらしい。七海は気もそぞろに靴を脱ぎ捨てて部屋に上がり込み、声のする寝室に駆け込む。

    「どこにいるんですか」

     ひゃあとわずかに威嚇をされながら七海はベッドの上に手を向ける。気が急いていて電気を点けるのすら忘れていた、と思えば暗いままの部屋の中で自分の上半身にとびかかるものがあった。それは猫の身体の彼女で、七海に乗っかろうとしたのか――落ちかけたところを七海は救いながらベッドに腰掛ける。

    「お留守番できていたんですね」
    「んやあん」
    「ドアがきちんと開いているか、確認しないまま出ていってしまってすみません」

     七海は上半身をベッドに倒し、抱き上げた猫を胸の上に乗せる。猫は七海のシャツの上で何度かその足に触れる感触を踏んで確かめていた。くすぐったい。少年時代も飼い猫はよくこういうことをしていた。

    「休みはうちにきませんか、あなたの服もあるし、もともとうちに来る予定だったでしょう」
    「んなあん」
    「もしそれでいいなら、そう教えてください。嫌なら爪を立てて」

     わかりますね、そう言いながら七海は自分の胸の上の温かな毛玉の上に手を乗せる。猫はいやがらずにそれに顔を擦りつけながらぐるぐると喉を鳴らしていた。――爪は立っていない。

    「今すごく心安い気持ちです」

     怒らないで、七海は胸の上の爪の気配を感じながらその頭を自分の手で覆う。耳が手のひらの下でピョコピョコと動いているのがよく分かる。怒らないで、そう再び言い聞かせながら七海は胸の上の獣を宥めて口を開く。

    「あなたが負傷しているのは酷く心苦しいのですが、昔実家に居た猫に……似ていて」
    「んやん」
    「幼いときにはいつも一緒に過ごしていました。……私の姉のような存在で」

     猫はするりと七海の手をすり抜けて前足を七海の顎にかける。至近距離で覗き込まれている。ヘーゼルの目が七海を覗き込んでいて、やはり昔飼っていた猫そっくりだ、と七海はその身体に手をのばす。

    「休みは一緒に過ごしましょう。一緒に眠って映画でも見ましょう。あなたは眠りたかったら眠っていてもいい」
    「なあん」

     七海は猫の身体を持ち上げて自分の顔の上に乗せようとする。猫を吸うのは大好きだった――しかし猫は彼女で、彼女は腹部を触られるのが平静からとても苦手で、想像のとおりにすん、と鼻をつけた瞬間に四本の足がピンと七海の顔に張られて距離を置こうとしてくるのだった。ひゃあん、と嫌がる声にすみません、と七海がその姿勢のまま声を上げれば、唇がもう一度腹部の柔毛をくすぐり今度は抗議の爪が立つ。ああ、別の猫だ。そう思いながらも七海に不快感はない。もう一度胸の上に起き直そうとして――再び不興を買いながら――彼女が人間に戻ったらこの状態をなんて思い返すのだろうか、と思案する。ただ分かることは彼女にはもう二度とねこちゃん、だなんて幼く呼びかけることはなく――顔に爪を立てられることもないということだ。

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    ch6ee

    DOODLE
    七海とシャツを仕立てに行く話「では今度の土曜、新橋に十一時」
     
     ちょっとした出来心だったのかもしれないし、もういい頃合いだ、と思ったからなのかもしれない。新しいシャツを仕立てに行こうと思ったタイミングで後輩からシャツについての質問を受けた。何度も昇級について推薦をねだっていた後輩だったので、これは前祝いで、それから自分からの挑戦でもある。そう思って七海は猪野を次の週末の昼に誘った。恋人も居る回ではあるが、そこは旧知の仲なので支障はないだろう。デートの頭に三十分ばかりください、と彼女にスケジュールの調整を依頼すれば、すぐさま仕方ないなあ、とむくれたキャラクターのスタンプが返ってきてさして問題はなさそうだった。
     
     秋の休日の昼、新橋駅烏森口に十一時。三人の術師が改札で待ち合わせ。猪野くんには直前に彼女のことを伝えていたので待ち合わせのときには小さく驚きがあったらしい。それはそうだろう。彼女はいつもの職場での格好ではなくてデート仕様なのだから。今日はそのあと彼女のお願いで映画をみて、アフタヌーンティーに行く予定だった。そのせいで普段のデートよりもよっぽどめかしこんでいるのだから、彼からしたら別人だろう。
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    ch6ee

    PASTねこ主とななみのねこのひ
    ※ご都合術式

     吾輩は猫である、名前はまだない……ではない。私にはれっきとした名前もあれば学歴も職歴もあって、それから家族は……家族は夏目漱石の「吾輩」と一緒でいない。仕事の帰りに気が抜けたら後部座席で猫になってしまっていた。原因は明らかで、直前の憑き物のせいだろう。うわ、と声を出した瞬間に視界のアイレベルがどんどん下がる。そのせいですぐに異変に気づいた運転席の同僚はひどく素っ頓狂な声を出して路肩に車を停め、私の姿を探そうと後部座席のドアを開いて私の着ていた衣服の中を探って私の新しい身体を抱き起こした。明るいところで自分が伸ばした腕を見れば、一面のグレイ。なぜ、と思いながら手に力をいれれば尖った爪がぬるりと光り、また補助監督の彼女の叫び声を――今度は間近で――聞くことになる。取り落とされない分マシだった、と思いながら彼女は再び私を後部座席に戻し、上司に電話をかけ始める。彼女と一緒でよかった、緊急時の手順が身についている同僚は信頼がおける。そう思いながらガラス越しに彼女を見上げれば頻繁に視線が合う。ドアが再びあいて、すみません、そんな断りとともに自分が撫で回されているのを感じるが、普段の信頼関係からは抗議する気にもなれない。電話が終わるまで彼女は私の首から背から、何から何まで撫で回して――代わりに電話の終了とともにその手を止めて私の着ていた衣服を畳み始めた。さっき助け出されたときにうすうす気づいていたが、今の私は何も身につけていない。ジャケットから下着、ストッキングに至るまで軽く畳んでトランクルームから出した紙袋にまとめる彼女に、ごめん、と言い掛けたらんやあん、と想定内の鳴き声が自分から出て何も伝わらなかった。人間に戻ったときにお礼をしよう、そうするしかなかった。
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    ch6ee

    DONEお疲れの七海は認知能力が落ちたりしてかわいい、とか幼い語彙を喋ってほしいな〜と思っています。そこまで働かせないであげてほしいです。※ネームレス健全夢です
    就眠儀式 ひどく疲れた出張だった。それでも予定よりも一日半早く終わり、日本にいる補助監督に有り余る無理を依頼しながら七海は飛行機のスケジュールを繰り上げさせ、今から間に合う最も早い東京行きの飛行機――羽田の終電ギリギリ時間になるだろう予約――の発券番号を手に機場に向かう。
     預入荷物の奥に鈍の刃も仕舞われ、ついでにコートを預入荷物の隙間に詰め込んで預けてチェックインすれば、変更された予約はきちんと通り、薄い冊子にハンコを押され、数時間を過ごし――最終的に告げられたのは大雪での出発遅延のアナウンスだった。シャワーを浴びてなおイライラしながら七海はグラスを傾けながら続報を待つ。
     ラウンジの新聞に飽きて適当に洋書を買い、文字を目で追いながら耳は順延のアナウンスを追う。まだ彼女にいつごろ帰れそうだ、だなんて通知を送っていなくて良かった。きっと彼女はそれを聞いたら起きて待っていただろうから、必要以上に待たされる体験は自分一人で十分だ、と七海は白く、他の情報を消してばかりの大きなガラス窓に視線を向けながら思う。
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