月鯉 薔薇が咲いた街の外れの一軒家に男が越してきたのは、今から四年ほど前になる。
住む者がいなくなって久しい家屋はすでにボロ家と呼べるほど傷んでいたけれども、男の手で根気よく少しずつ修繕され、しばらく経たない内に元の持ち主が手離す前よりも小綺麗に整えられた。
自分のことを退役軍人だとしか語らない男は、「月島」と名乗った。背は小さくとも元兵隊さんと言うだけあって体躯を覆う筋肉は厚く、なるほどひとりでも大工仕事をこなせるのも頷けた。ただ、戦争で大きな怪我でもしたのか、脚を引きずるようにして歩く癖があった。
特に足場が悪くなる冬は、杖をついている姿を見かけたこともある。
それが原因かはわからないけれども、とにかく寡黙な男は家に引きこもっていることが多く、近所の住民たちとも馴染む様子は一切なかった。
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