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    d_chin_mkai

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    d_chin_mkai

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    Twitterで公開した、モブ一等卒視点の原作終了後ifの月鯉。

    鯉登少佐の従卒に命じられたモブ一等卒。
    従卒初日、麗しの鯉登少佐のご自宅へお迎えに参上したモブ一等卒を出迎えたのは、退役してなお巌のようにたくましい、あの伝説の月島軍曹殿で?!

    …というお話です。
    モブ一等卒に鯉登少佐への恋愛感情はありません。
    ファン目線です。

    月鯉 謂わぬが花私が鯉登少佐殿の従卒に任じられたのは、入隊して二年目の春のことだった。
    召集兵の中でも特別身体が頑健という訳でも、これといった特技もなく、訓練でも目立った活躍もなく、淡々とした営内生活を送っていた私に、それはまさに青天の霹靂というやつだった。
    当然、私以上に周囲の同期の者たちの驚きは大きく、「どんな賄賂を送った」「不正などしなさそうな顔をして」などと散々に詰られたものだ。中には、今まで挨拶程度しか面識のない者にまで、廊下でいきなり胸倉を掴まれる始末だった。
    どれもが謂われない濡れ衣であるし、とんだやっかみに私も面食らいはしたが、そう思い込む者たちの気持ちもわからなくはない。
    「鯉登少佐殿」という御方は、私達のような兵卒にはそれだけ雲の上の御方だったのだ。階級という意味では勿論、大隊長殿のお側近くに勤められることなど、一兵卒にとってあり得ない名誉である。だがそれ以上に、彼らが私を羨むのは「鯉登少佐殿」の姿形の美しさ、その存在のすべてに刻まれた綺羅星、いや太陽の如き輝き故であった。
    すらりと伸びた手脚、真っ直ぐに伸びた背から引き締まった肢体への流れは、同じ男と雖も思わず喉を鳴らしてしまう艶やかさを感じさせる。不意に覗かせる物憂い視線に、後ろに撫でつけた髪がひと房かかる様を見てしまえば、心臓が潰れるほどの動機に苛まれ、意識を失う者もいるという。掃き溜めに鶴。泥中の蓮。鯉登少佐殿の容姿を誉めそやし、憧れ、劣情を抱く兵卒は多くいる。
    劣情、とまではいかないまでも、彼の人の容姿の美しさは私もよく理解している。
    男が見ても色気を感じる男とは、まさにあの御方のことだろう。また、少佐という地位にありながら、平時の気さくで兵のひとりひとりへの目配りや気遣いを欠かすことのない真摯な振る舞いも、鯉登少佐の数え上げればきりがない人気の理由のひとつだった。
    そのような御方の従卒としてお仕えさせていただくのだから、それはもう周囲のジェラシィなど仕方ないと割り切り、甘んじて受け入れるしかない。
    あともうひとつ、私が鯉登少佐殿の従卒になるにあたって周囲から羨まれる理由があるのだが、これはまた後ほど記すことにしよう。
    前置きが長くなったが、今から披露する話は私が鯉登少佐殿の従卒として初めて鯉登少佐殿をお迎えに上がった、文字通り従卒一日目の話である。



    基本的に営外住居は、徒歩で通える範囲と定められている。
    必然、ある程度限られた範囲になるのだが、その中でも鯉登少佐殿の居宅は一番離れた場所にあった。
    結婚を許される下士官からは営外居住を認められるが、少中尉は原則営内居住である。
    聞いた話によると、鯉登少佐殿はこの原則を無視して入隊して早々に営外住居を手配して通うことになったのだという。その時に、「一応周りに遠慮して」離れた場所に家を借りた、という顛末らしい。
    この話を聞いた時は、他人事ながら随分と肝が冷えたものだ。
    集団生活では秩序と規律が最も重要視される。それを入隊早々ぶった斬ってしまったのだから、私のような下々の者でもそれが如何に恐ろしいことか、想像に難くない。当時の鯉登少佐殿の上官殿の働きと、鯉登少佐殿のご実家の特殊な事情も鑑みて特別に許されることになったと言うが、当時の少佐殿は今の鯉登少佐殿からは考えられない「問題児」であったことが窺える。
    さて、そんな曰くつきの借家を階級が上がっても鯉登少佐殿は手離さず、変わらず住み続けている。
    階級が上がれば、多少なりともそれにふさわしい住居に移られるのが、立場のある軍人の姿ではないだろうか。これについても、今までも「近くに女を囲っているに違いない」だの、「夜な夜な女を連れ込んで淫靡な行いに耽っている」などと、とんでもない風評を撒き散らす者が時折現れるらしい。とんでもないことだ。
    実際のところは誰にもわからない。
    酒の席で「独り身の私にはこの広さが丁度良いのです」と目許を伏せ、口許をふわりと綻ばせられたという少佐殿の話を聞いたことはあるが、その話も真贋は不明だ。
    そんな訳で、私は起床喇叭が鳴る前に装備を整え、骨の芯に刺さる冷気を足の裏に感じながらまだ暗い道を急ぎ、「兵営から一番遠い」鯉登少佐殿の借家に向かった。





    「陸軍第七師団歩兵第二十七聯隊所属、林田一等卒。鯉登少佐殿をお迎えに上がりました」
    前日に申し伝えがあった時刻に到着し、前日の指示に従い玄関にぶら下がったノッカーを三度鳴らした。
    聞いていた通り、辿り着いた鯉登少佐の御自宅は、曲がりなりにも陸軍少佐殿の住居と言うには質素な佇まいをしていた。しかし、門扉から玄関までのほんの数歩の間でも、丁寧に手入れをされていることがわかる。庭木の一本、門扉の一枚、敷石のひとつまで、清潔に整えられている様子は、まさしくあの清廉な御方の御住いに相応しい。
    私は背骨をぴんと伸ばし直し、指先まで神経を張り巡らせて玄関が開くまでの僅かな時間を、息を殺して待ち続けた。
    「お迎えご苦労様です」
    ガラリと開いた玄関扉の向こうから、低くよく通る声と一緒に坊主頭の男がぬっと現れた。

    ――月島軍曹殿だ……!

    私は、ついに見えることができた伝説の「月島軍曹」のお姿に、足の裏から背骨をびりびりと駆け上がる興奮を抑え、渾身の思いで敬礼をした。
    歳はもう五十を超えていらっしゃるにも関わらず、現役時代から鍛え上げられ当時から「岩山のよう」と評された肉体は衰えるどころか、綿入れの上からでもますます鍛え抜かれていることがわかる。それだけでもう、この方がただの「使用人」などではないことは察してあまりあった。
    新兵の頃から古参兵の方たちの間で受け継がれるように語られてきた月島軍曹殿の数々の伝説を聞かされている私たちには、鯉登少佐殿と肩を並べる憧憬の対象。それが、鯉登少佐殿の右腕と称される「月島元軍曹殿」だ。
    私の全身全霊を込めた敬礼に、月島軍曹殿は一瞬目を瞠ると、「よしてください、私はもう疾うに退役してるんですよ」擽ったそうに微笑んだ。
    口許を彩る男っぽい柔らかさを目の当たりにし、目の裏がキンと痛む。男が惚れる男の色気とは、こういうことを指すのだろう。白髪混じりの坊主頭をくるりと撫でる指の無骨さに、二度の戦争を生き抜き、鯉登少佐殿を陰日向で支え続ける男の年輪を垣間見た心地がして、背筋がまた一段とぴんと伸びた。
    「……早くからご苦労様です。朝飯まだでしょう。少佐殿も今召し上がってるのでよろしければご一緒にいかがですか?」
    「はぁ?!」
    神話の中にいる人を目の前にするという現実に、意識が飛びかけていた私の耳にとんでもない言葉が聴こえた。鯉登少佐殿と同じ場所で飯をいただく?しかも、状況から察するにその飯は月島軍曹殿が手ずからお作りになられた朝飯だ。
    許容量が限界を超え、情けなく素っ頓狂な声をあげてしまった私に月島軍曹殿は眉一つ動かさず「気になさらないでください。少佐殿は御多忙の身だ。昨日までの視察でじゅうぶん貴方に説明もできていない。飯を食いながら軽く説明するのが手っ取り早いでしょう」
    私の困惑などまったく意に介さず、月島軍曹殿はくるりと踵を返して奥へ進んでいった。
    慌てて装備を解き、大慌てで後を追う。短い廊下の向こうに続く襖を、月島軍曹殿は「失礼します」とひと声かけるだけで開いた。
    「貴様が林田一等卒か。堅苦しい挨拶は良いからそこに座れ。月島の飯は美味いぞ」
    胡坐を組んで卓袱台の上に並ぶ皿に箸を運びながら、浴衣姿の鯉登少佐殿その人が、私に目の前の座布団を勧めてきた。軍服ではない、髪もまだ撫でつけていらっしゃらない、私邸だからこそ見ることができる寛いだその御姿に、私はしばらく息をすることを忘れた。
    同じ机など恐れ多く滅相もない。こんなことが周りに知れたら、私は制裁されてしまうに違いない。
    あまりのことに真っ青になる私に、鯉登少佐殿は「細かいことは気にするな。ここは狭いからな、お前専用の卓など用意してやれんのだ」とからからと笑った。
    これ以上固辞をしても鯉登少佐殿を困らせてしまうだけだ、と肝を据えてできるだけ小さくなるように座らせていただいた。
    すぐに月島軍曹殿が、握り飯と漬物の乗った皿と汁物の椀を机に並べてくれた。
    流れるような一連の出来事に、私は気が付けば手を合わせ、湯気のたつ味噌汁をひと口啜っていた。
    ――美味い
    営内食堂で出される飯もじゅうぶん美味いが、何百人分と一度に作る料理と、ただひとりの人の為にと拵えられた料理の味が違うのは当然のことだ。
    決して贅沢なものではないはずなのに、口の中に含んだ途端、身体の芯まで温まるその美味さに私は夢中になって箸を進め、握り飯を頬張った。
    「うふふ、美味いだろう?」
    私の食いっぷりに満足したのか、鯉登少佐殿がまるで自分が拵えた料理を褒められたように喜ぶお姿がまた無邪気に見え、私はただ阿呆のように「はい……、はい、」と半ば恍惚として繰り返し返事をしていた。
    「……少佐殿。林田一等卒殿も落ち着いたようですので、そろそろご説明を」
    「おお!そうであった。うっかりしていた」
    「………………」
    すっかり緩んでしまった空気を月島軍曹殿の咳払いが引き締めた。
    決して大きな声ではないのに、月島軍曹殿の低いお声は腹の奥にずんと響くように私を正気に戻した。
    「私の一日の予定は月島がすべて把握している。貴様は月島から指示を受けた時間に、私の送り迎えをするように。私の予定に変更があった場合は、速やかに月島に報告する。それが貴様の主な役割だ」
    「はっ」
    「あとは私が都度、必要な際に指示を出すので通常業務の際もこれを優先しろ」
    「はっ」
    「何をしている林田一等卒。握り飯が冷えるじゃないか。食いながら聞け」
    「……は、はぁ」
    そういう鯉登少佐殿ご自身は、魚の干物の焼き物を頬張っている。
    上官の命令を飯を食いながら聞くという、訳のわからない状況に私はただただ困惑しながら、鯉登少佐殿の説明を一言一句聞き漏らすまいと神経を張り巡らせた。
    しかし、鯉登少佐殿から命じられたのは日々の送迎とお茶くみ、そしておやつの買い出し程度だった。従卒と言えば、士官の下働きのように身の回りの世話を命じられることが多いという。その噂を聞いていたからこそ、身構えていたところもあったというのに、拍子抜けするほどの内容に私も流石に戸惑った。

    「なに、案ずるな。林田一等卒」

    言われた通り遠慮なく握り飯を最後のひと粒まで平げ、具だくさんの味噌汁も汁の一滴も残さずに完食した私を鯉登少尉殿は見届けてくださった。ご自身もすっかり綺麗に食べ終えた鯉登少佐殿は行儀悪く机についていた頬杖から顔を上げ、うふふ、と悪戯を思いついた無邪気な少年のように、世の男どもを誑かす稀代の悪女のように朗らかに笑い、すっくとその場で立ち上がり、くるりと背中を向けた。
    しゅるしゅると衣擦れの音が、唐突に鼓膜を擽った。
    鯉登少佐殿が、帯を解かれていることに気付いた時にはもう、とすんと帯が畳の上に落ちていた。
    あの鯉登少佐殿が、浴衣を脱いでいらっしゃる。
    そのことに気付くまで、どれだけの時間を要したか。
    淡い水色の浴衣の前をゆったりと広げる鯉登少佐殿を、障子越しの朝日が照らす。兵営ですれ違う誰もが垂涎する、四十を迎えようとしてなおしなやかな肢体が浴衣越しに影になり目の前に現れた。
    浴衣の向こうには恐らく、褌姿で仁王立ちをしている少佐殿がいらっしゃる。
    白と灰色ばかりの世界の中で、鮮烈に輝く褐色の肌を惜しみなく曝している。
    烏の濡れ羽根のような黒髪がさらりと前に流れ、男らしく太い項が浴衣の後襟越しにちらりと覗いた。
    手を伸ばせば、浴衣を掴み、そのすべてを目の前に収めることさえ叶えられてしまう、そんな距離だった。

    「――…………………!」

    私は反射的に後ろに飛びのき、そのまま額を畳に擦りつけた。
    恐ろしかった。
    ただ、恐ろしかった。
    少佐殿が何をお考えになられているのか、さっぱりわからない。
    そんなことよりもこの瞬間、私は確かに自分の命が何者かに無造作に刈り取られる恐怖を感じた。ただそのことが、恐ろしかった。
    許しを請おうにも何に対して、誰に対して許しを求めれば良いのかもわからず、私はじっと息を殺し、「死んだもの」としてその場に在ることしかできなかった。
    衣擦れの音が遠くで聴こえる。
    金具がカチャカチャと鳴る音が聴こえるまで、どれほどの時間がかかったのかわからなかった。
    「よろしいですよ、少佐殿」
    「……ん、」
    ぼそぼそと月島軍曹殿が囁く声に、鯉登少佐殿が小さく応えを返す。
    「顔を上げろ、林田一等卒」
    「…………っは、はい!」
    正直、このまま顔を上げて自分がどうなるのかなど、わからなかった。それでも最早自分の生殺与奪をこの二人にすっかり握られていることを理解していた私は、命じられるまま恐怖に引き攣る顔を上げた。
    「……怖がらせすぎだ、月島」
    「そうでしょうか」
    「……はぁ、頑固だなぁ」
    「その頑固者にどれだけ助けられてるとお思いですか?」
    「むぅ、そうであったな」
    顔を上げろと言われたので顔を上げてみたら、軍服姿の少佐殿は再び卓袱台の前に座り月島軍曹殿が用意したお茶を自分で湯飲みに注ぎ、熱いと文句を言いながら美味そうにひと口飲んだ。
    その間、月島軍曹はどこからか用意した、繊細な細工の施された漆の器から香油をひと掬い掌に伸ばし、何食わぬ顔で少佐殿の御髪を後ろに丁寧に撫でつけ出した。
    椿油のふくよかな香りが、ふわりと鼻先を掠める。
    衣服を整え、髪を整え、鯉登少佐殿の身なりを月島軍曹殿が淡々と整えていく。
    「はい、こちらでよろしいですか」
    「……うむ、良い良い!今日も良いではないか!」
    最後に渡された手鏡でじっくりと検分した鯉登少佐殿が、満足気に月島軍曹を見上げて満面の笑顔で労った。
    私はいったい何を見せられているのだろうか。
    二人のやりとりをただ見上げているだけの私に、鯉登少佐殿が「ほら、林田一等卒。そろそろ出かけるぞ」と何事もなかったかのように立ち上がり、出発を促してきた。

    「いってらっしゃいませ」
    「いってくる」

    玄関先で見送る月島軍曹殿に目礼をし、先を歩く鯉登少佐殿の後ろを懸命に追いかけた。
    朝飯をご馳走になるのがこの先も、鯉登少佐殿の従卒を続ける間の習慣になるのだが、後にも先にも鯉登少佐殿が人の目の前でいきなり着替えを始めたのはこの初日だけだった。
    世の中には、わからなくても良いことがたくさんあるということを、私はお二人に教えていただいた。

    馬に蹴られて死ぬのはさぞ痛いだろうからせめて、あくまで私的な日記の中に留めさせていただくことにする。
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    d_chin_mkai

    DONE24年3月17日 ゆるい月鯉オンリーのペーパーラリーに参加したペーパーです。
    高校球児月島とおませな幼児音之進くんの出会いとその後。
    全年齢です。

    思いつきで書き始めたら思いの外面白くて続き書きたいなぁって思ったのでそのうち続きを書けたらイイナって思っています。(言うだけタダ)
    月鯉 初恋スリーアウトこれは昔の記憶だ。

    高校生の時に、月島基はある一家と知り合った。
    一般家庭の生まれには、到底縁のない実業家の一族だ。
    偶然だった。部活帰り、大通りに飛び出してきた子供を咄嗟に助けたら、実業家の次男坊だったという訳だ。
    普段はどこへ行くのも車で移動するような箱入り息子が、どうしてその日、ひとりで外を歩いていたのか、月島は今も知らない。
    助けられた子供は、大きな瞳に涙をいっぱい湛えていた。何が起きたのか理解ができているのかも危うかったけれども、本能的に感じた恐怖で抱き留めた小さな身体は強張っていた。
    この時、腕に感じた子供特有の柔らかな骨格の感触は、今でも思い出すことができる。
    何してるんだ、とか、危ないだろう、とか、言いたいことはたくさんあったけれども、怯えた子供の顔を見た途端、口をついて出たのは「大丈夫、もう大丈夫だから」という慰めの言葉だった。
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    d_chin_mkai

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    鯉登少佐の従卒に命じられたモブ一等卒。
    従卒初日、麗しの鯉登少佐のご自宅へお迎えに参上したモブ一等卒を出迎えたのは、退役してなお巌のようにたくましい、あの伝説の月島軍曹殿で?!

    …というお話です。
    モブ一等卒に鯉登少佐への恋愛感情はありません。
    ファン目線です。
    月鯉 謂わぬが花私が鯉登少佐殿の従卒に任じられたのは、入隊して二年目の春のことだった。
    召集兵の中でも特別身体が頑健という訳でも、これといった特技もなく、訓練でも目立った活躍もなく、淡々とした営内生活を送っていた私に、それはまさに青天の霹靂というやつだった。
    当然、私以上に周囲の同期の者たちの驚きは大きく、「どんな賄賂を送った」「不正などしなさそうな顔をして」などと散々に詰られたものだ。中には、今まで挨拶程度しか面識のない者にまで、廊下でいきなり胸倉を掴まれる始末だった。
    どれもが謂われない濡れ衣であるし、とんだやっかみに私も面食らいはしたが、そう思い込む者たちの気持ちもわからなくはない。
    「鯉登少佐殿」という御方は、私達のような兵卒にはそれだけ雲の上の御方だったのだ。階級という意味では勿論、大隊長殿のお側近くに勤められることなど、一兵卒にとってあり得ない名誉である。だがそれ以上に、彼らが私を羨むのは「鯉登少佐殿」の姿形の美しさ、その存在のすべてに刻まれた綺羅星、いや太陽の如き輝き故であった。
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