2714五悠『バキ』『ドガ』『ボス』
ある路地裏から、何かを殴っている音が聞こえた。普通ならば関わりたくないので、サッサっとその場から立ち去るのが懸命だろう。そんな誰もが明らかに避けてその道を歩いている中、包帯をした長身の白髪の男性はピタリとそこで立ち止まって、じっとその路地裏に繋がる道を見ていた。周囲の人間より、1つ2つも頭が出ている彼に誰もが1度は視線を向けるが、彼の容姿を見るとサッと視線を逸らす。しかし、男性はそんな周囲を気にすることなく
「今日はここに…あの子はいるのか…」
ポツリと小さな声で呟くと、男性はスタスタとその路地裏に入っていたのであった。どこか嬉しそうにしながら。
男性が足を進めていくと、比例するかのように殴る音はどんどん大きくなっていく。普通の人ならば、この音を聞いては、この場所は危険と察知して逃げるのが正しいのだろう。しかし、男性はそんな音を聞いては、やはり自分の予想は当たっていたのだと満足そうにして頷いて足を進めた。途中、ちらほら気を失って倒れているガラの悪い中学生、高校生を無視しながら。
そして、歩いて数分後。男性はちょっとした人の山を発見した。そして、その奥には、反対の道から路地裏から出ようとしていたのだろう。スタスタと歩いていく茶髪の短髪の人物がいた。彼が男性の探していたお目当ての人物だったのだろう。男性はパァァと目を輝かせて、大きく手を振りながらその人物の名を発した。
「やっほー!悠仁!会いに来ちゃった♡」
すると、『悠仁』と呼ばれた人物は、ピタリと立ち止まり男性の方を振り向いた。振り向いたその表情はとても嫌そうだったが。ニコニコと嬉しそうに近づいてくる男性に、悠仁は眉をひそめながら言った。
「……五条さんってさ、なんで俺の居場所わかるの?包帯してんのにさ…」
「ん?なんでって?それは、僕から悠仁への愛が大きいからかなっ!」
五条と言われた男性は胸を張って言った。そんな五条に悠仁はまるで興味が無いみたいな感じで、鼻をほじりながら返事した。
「……へぇ〜」
「あ!こら!鼻をほじらない!ほら、ティッシュ!…これでよし!ささ!せっかく出会ったんだから、デートしよ!今日は甘いもの巡りしよっか!」
「それさ、今日“も”だろ……五条さん…」
五条は、悠仁の指をティッシュで拭いてあげると自身のポケット中にそのティッシュを突っ込んだ。そして、悠仁が逃げないようにと手を繋ぐと、彼の向かっていた方向へと歩き出していた。所謂恋人繋ぎという手の繋ぎ方で。
ルンルンと嬉しそうに悠仁を引っ張る形で前を歩いている五条を見て、今回も捕まってしまったと悠仁は深いため息をついたのであった。
五条との出会いが、あの1回きりだけだったのならば、自身の運はどれだけ良かったのだろう。悠仁は五条との出会いを思い出しては、ずっと思っていることだ。悠仁と五条の出会ったのは、本当に偶然だった。
学校からの帰り道。いつも通り帰宅していた悠仁だったが、路地裏から誰かの怒鳴る声がした。カツアゲかな?と性格上放っておけない悠仁は、知らない誰かを助ける為にすぐさま路地裏に入っていった。すると、そこでは数人のガラの悪い男子高校生が、包帯をした長身の男性に金をせびっているではないか。これはやばいと思った悠仁は、
「おまわりさーん!!!こっち!こっちでカツアゲしている人達がいまーす!!」
男性を助ける為に、大きな声で大通りの方をみて叫んだ。ここ近くに警察がいるかのようにして。
「っち、おい!サツ呼ばれてんぞ!ここから逃げんぞ!」
悠仁の機転が利いたのか。金をせびっていたガラの悪い男子高校生たちは、逃げるようにしてその場を去っていた。男子高校生たちが去るのを見た悠仁は、すぐに包帯をした男性に近づくと安否の確認をした。
「おにーさん!大丈夫?殴られてない?どっか怪我していたりしない?」
しかし、声を掛けても包帯をした男性は黙りだった。悠仁はこの男性が声が出せない程、ガラの悪い人達に絡まれて怖かったのだろうと咄嗟に判断したのか。
「おにーさん。ここから出よ!近くに確か公園があったはず!そこまで行ってから休も!!」
悠仁は男性の手を掴むと、その場から早く離れるかのようにして歩こうとしたその時。急に包帯をした男性に両手を掴まれた。目をぱちくりする悠仁に、男性は目を輝かせながら嬉しそうにしながら告げた。実際、包帯しているので目は見えないが。
「ねね!君!僕と付き合ってくれない?僕、君に惚れちゃった♡」
「……へぇ?」
「だーかーら!僕、君に一目惚れしちゃったの!僕と付き合ってくれませんか?あ、僕の名前は五条悟!ピチピチの27歳だよーん!」
「え、ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」
と、突然の告白、自己紹介に薄暗い路地裏で大声で叫んだのであった。勿論、恐怖でその場から逃げるようにして家に帰った自分は悪くないと悠仁は思った。だって、身長は190センチ超え、目元は包帯で隠された白髪の男性にカツアゲから助けただけで告白されるとか、どんなホラーだ。悠仁は、その時のことを思い出しては、自分をきつく抱きしめた。まぁ、悠仁が路地裏から逃げて2時間後。五条がニコニコと片手に喜久福をを持って家に訪ねてきた時は、泡を吹いて倒れたのは仕方ない事だ。
「やぁ、さっきぶりだね!君!そしてはい、これ。お土産の喜久福!!良かったら食べて!」
「あわわわわ」
「わぁ!そんなに僕にあえて嬉しかったの?震えちゃって…♡かっわいいね…」
「ミ°……」
「おっっと、あっぶない。ふぅー、まさかそんなに僕に会えたのが嬉しくて倒れちゃったのかな?ふふふ。本当に、可愛い子だね…」
五条は、悠仁以外の気配を感じないことをいいことに、倒れた悠仁を支えながら勝手に家の中に入っていったのであった。その後、自身を警戒する悠仁から何とか名前を聞き出すことに成功した五条は、仕事で宮城に行く度に、悠仁の元へ通うようになっていたのであった。