消えない雨が降る地域で話題にのぼるほどには大きいこの家には、バロックや、三大古典派、ロマン派などクラシックのレコードが専用の木棚に並んでいた。小さいころから触れていると、それを聞いていることをステータスとする周りの大人が浅はかに思えた。そのぐらい、当然そこに存在するものであった。もっとも、それが再生されることよりも、男と女の冷たい声が飛び交う回数の方が、はるかに多かった気もするのだが。昔から、古典の小説に触れる回数こそ多かったが、音楽に関しては、家にあるものを聞く以上のことをしていなかった。小説や論文に比べると、時間をそこまで費やしていなかったと思う。ある日、雨が降っていた交差点の上の、天高く聳える街頭ビジョンに、弾けるように輝く1等星が見えた。傘をのけて、ビジョンの前でその姿を、その声を捉えていた。
「Chi…HERO…チヒロ。」帰り道にあったCDショップで、ほとんど使うことのない小遣いをChiHEROのCDに使った。人生で初めて買ったCDだった。家にある、多くの評論家が評価してきたレコードより、俺にとっては、これが一番だった。そこからは、ほんの一瞬かのように時が過ぎた。あれから何年、俺は、数ある芸能事務所の中でも特に厳しいとされる─ChiHEROと同じ事務所の─天霧プロダクションの養成所に入っていた。同じ時期に入った者の多くは、様々な理由をつけてやめていく。レッスンが厳しすぎる?あの男のしつけ、、、よりは道理が通っている。講師の機嫌がコロコロ変わる?あの女の面倒なお気持ち、、、、よりはかわいいものだろう。たくさんの「華になりきれなかった種」たちは、勝手に舞台から消えていった。
とうとう今日のライブでは、養成所生として、ChiHEROの引き立て役として同じ舞台に立つことになっていた。あの1等星に添えられることを思うと、まるで夢でも見ているかのような気分だった。「烏麻亜蝶くん、だよね。たしか、何回かライブにもきてくれたよね?」
ChiHEROは、ふふ、と言って完璧、、な、比率、、、の笑顔を浮かべた。ステージの上から、文字通りすべてを見ているのかと、亜蝶は圧倒された。そして、普段は表情管理に人一倍気を配っている亜蝶も、この時ばかりは、自身がどんな表情をしているのかを考える余地もなく、年相応の少年の顔をしていた。すぐ近くで舞台に立っているChiHEROは、あの日見た街頭ビジョンの時よりも、何回も見たライブ円盤の映像よりも、現地で見た時よりも、歌い、踊る完璧な偶像アイドルとして、だれよりもまばゆい光を放っていた。
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同じような雨の日だったので、亜蝶は人生で最初に買ったCDを手に取り、あの日に思いを馳せていた。消えない雨が降り続いていた。