パステルカラーの夢を見る。パステルカラーの夢を見る。ぐるぐる、ぐるぐる、ずっと回って、回り続けている。光る世界は万華鏡みたいで、すごく楽しい。くまさんも一緒。僕の周りには、ふわふわなお菓子と、かわいいものでいっぱい。夢色のパステルカラーに包まれて、どこまでもいけそうだった。
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朝から声のハリがなくて、不調かも?と思った時に、ふとそちらをみてしまったのが良くなかったのかもしれない。「鬨、こちらへ。」地を蠢くような迫力のある、クリアな声。恐る恐る近づいていくと、その刹那にバチン、という音がして、時間差で頬に痛みが走った。「ここの音が掠れているのはなぜだ。」細い腕が僕の髪をぐい、と掴む。「が、亜蝶さん、髪は、痛いです、亜蝶さん、っ」蛇よりも鋭い赤い目が黒い前髪の間からこちらを覗いていた。「鬨、残念だ、お前はその程度か?ルルディの世界観に中途半端なパフォーマンスが合わないことは加入当初から分かっているはずだが。」髪を握る力がさらに強くなる。「ふざけるな」亜蝶は、鬼気迫る剣幕で鬨の顔を正面から睨みつけた。あまりの気迫と、頭部に走る激しい痛みに、視界がぐらぐらと揺らいでいくのを感じた。鬨は、ごめんなさい、見捨てないでください、まだやれます、お願いします、と言葉を必死に並べた。最後の言葉を発したあたりで、視界は真っ暗になった。
しばらくすると、鬨は休憩用の簡易ベッドの上にいた。気が付いて起き上がると、すぐ隣に亜蝶がいた。亜蝶は、休憩室の椅子に腰かけていた。「ハウスシステム、紅茶を。」プランツが、2人分の紅茶を支給する。鬨は、ベッドに腰かけたまま、恐る恐る紅茶を受け取った。亜蝶は、鬨が紅茶を受け取ったのを確認すると、鬨の頭をゆっくりと撫でた。鬨は、先ほどと違う様子の亜蝶に少しほっとしながらも、まださっきの言葉が頭に残っていた。鬨が口を開こうとした時に、亜蝶が先に口を開いた。「鬨、お前には期待している。」こちらに向ける目は、慈愛に満ちた聖母のようでありながら、犬を手なずけるような笑顔でもあった。そして、完全に委縮して、まだ紅茶を一口も飲んでいない鬨を包み込んだ。
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また、この夢だ。くまさんも一緒の、ふわふわした世界。上からステッキが降ってきたので、手に取って一振りしてみると、綿あめが現れた。もう一振りすると、話題のカフェのマカロンが。もう一振り、もう一振り、と続けていたら、あっという間に、ぼくの周りはお菓子でいっぱいになった。
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バチン、と鋭い音がして、今度はお尻に鈍い痛みが走った。鞭を持った亜蝶さんは、ルイさんにタオルを持ってくるように命じた。「姿勢が乱れている、スタッフにも言われていただろう。」背筋を正そうとする手はものすごい力が入っていた。姿勢が乱れるたびに鞭が飛んでくる。ものすごい叫んでいるけれど、正直なんて言っているのかわからない。昔のアレよりは回数も勢いもないものの、その背後から感じる圧は凄まじいものだった。逃げるなよ、と言った時の目だけが弱々しかった。夢は、ずっと覚めて欲しくなかった。いっそのことこのままここにいられたら。ここでなら足も思い通りに動くから。そう思ってまた目が覚めたら、僕の目の前には白い天井があった。前にもきたことがある場所だ。「体調はどうですか、櫻井鬨さん。」のっぺらぼうのような顔をした医者はとても固くて、無機質に見えた。
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くまさんが、こちらにゆっくりと近づいてきた。『ときくん、大丈夫かい』『くまさん』話し方も、手も、そこから感じる温度も全てが暖かい。『ぼくもみんなも、ときくんのみかた』『うん』くまさんの後ろには、いつものピエロさんのほかにどうぶつの仲間がいた。太陽みたいなライオンさん、虹色のペガサスさん、ぼーっとしているウサギさん、その後ろにいるのは、もこもこしたヒツジさん。そのまた後ろから、大きい犬とフクロウと、鹿がこちらを覗いている。『おれ、ぜったいにおまえの味方だからな!』ライオンさんが僕の両手を握る。なんでもう、こんなふうに握り返せないのかと、一瞬だけ、パステルカラーじゃない世界が頭によぎった。白と黒だけの、モノクロの世界。浮かんでいる光を掴みかけて沈む。水の中に深く、深く。ここはMVの撮影で行った、あの井戸の中だろうか。亜蝶さんがとても難しい話をしてくれたので覚えていた。今ここが夢なのかも分からないぐらいに、このidの世界といっしょになっているみたいだった。慌てて少し息を吸おうとすると沈んでしまうので、少し力を抜いて、足は軽い羽のようになる。ゆっくりと浮いていく。それなのに、上は続いていて、僕はずっと水底にいた。深い水面から見た太陽の光は、とても眩しかった。