シャワールームの秘密 そこからは、ただ雪崩れ込むだけだった。
蟻生の掌が右頬を滑りながら耳元を掠め、後頭部を包み込む。はらはらと梳かれるように髪の一本一本が指先で掬われる。そのまま襟足まで降りてきた手には力が入っていないのに、身じろぎ一つ満足にできなかった。凛がキスをされると息を止めた瞬間にはもう唇が重なっていた。
「ん」
細やかに角度が変えられながら繰り返される口付けに、柄にもなくおずおずと目を閉じてみる。スローモーションで瞼を下ろせば、まるでカメラのシャッターをゆっくりときった時のように、蟻生の重い色をした瞳がぼやけた残像になった。
「っ、ぅ!?」
凛が瞼を伏せたのを合図にして、軽やかに啄まれるだけだった口付けが深いものに変わる。無意識のうちに小さく開いていた唇を割って潜り込んできた蟻生の肉厚な舌先が凛の薄いそれを絡めとる。生温かい他人の舌に口内を弄ばれて、喰われると本能的に察した身体が跳ねる。思わず後退りで逃げようとするが、首元を支える蟻生の右手と、腰に回された左手がそれを許さない。半歩分後ろにずれた右足に乗った体重で重心が崩れ背中がしなった。この程度でよろめくヤワな体幹はしていないはずだが、絶え間なく続くキスの感触と上手く継げない呼吸のせいで、凛の身体は今にも倒れてしまいそうだった。強がりで踏ん張っていた足からもいよいよ力が抜ける。ずるりと蟻生の腕から抜け落ちそうになる瞬間、あてどなく宙を彷徨っていた凛の手が、転けることを避けようと反射的に蟻生の首元に縋りついた。それに気をよくしたのか、蟻生は更に奥まで凛の咥内を貪った。あまりの息苦しさに、舌を舌で押し返すというなけなしの抵抗を試みるが、意味を成さずに終わった。むしろ、自らに身体を預けながら僅かばかり逆らってみせるその仕草は、男を一層煽るものだと初心な凛は気づいていない。
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