はて、とイファは診療所兼自宅内のドアを見ながら小首を傾げていた。
本日の診療が終わり、もろもろの片付けも終わりご飯を食べ終えて机の上を拭いていた時、コンコンとドアをノックする音が聞こえたのだ。
「急患か?」と手を離してドアに向かうと「オロルンだ」と返事がきて冒頭に戻る。
そもそもオロルンがノックする事自体があり得ない上に晩御飯も済んだ時間帯に来ることがない。今日はもう来ないものだと思っていたのだ。
「…入ればいいんじゃないか?」
「開けてくれ」
また何かイタズラでも仕掛けてくるのかと警戒しながらドアに向かいノブに手をかける。反対の手でカクークには危ないから離れてろと合図をする。
そしてゆっくりとドアを開けた所で、
「ぅわっ」
なんだかよくわからないものが差し込まれてきた。植物…にしては立派な見慣れない節だった茎のよう。呆気にとられて見守っていると1メートル程伸びた所でオロルンが入ってきた。
「こんばんはイファ。竹だ」
「は?何?」
「璃月から取り寄せたんだ。立派だろう」
「すごいすごい!」
ナタの樹木しか見たことのないカクークからしてみると鮮やかな緑に細めの葉っぱがカサカサと揺れていて目新しいのだろう。
反対にイファは何一つとして状況が飲み込めずにフリーズしていた。
「…何?」
改めて問う。
「明日は七夕という日なんだ。璃月のイベントで、願い事を書いてこれにつり下げると叶うと言われているらしい」
「やりたい訳か」
「ふふ」
ニヤリとイタズラな笑みを浮かべるオロルンはその竹を立て掛け、3枚の紙を取り出した。
「これに書く」
「ふぅん。何でもいいのか?」
「それはわからない」
「そこは調べとけよ」
一変してやる気になったイファとカクークはオロルンを間に挟み椅子に座りその紙を覗き込んだ。
「これも璃月産なのか?触り心地が独特だな」
「和紙だ。これは稲妻から取り寄せた」
「本格的だな。でもよくわかってないんだろ?」
「そうだ」
「お前らしいよ」
橙、紫、桃の3色の長方形が並ぶ。
「いきなり願い事っつったってなー」
「僕もすぐには思いつかないな」
「いやお前は考える時間あっただろ」
そんな会話を隣で聞きながらカクークも首をかしげる。
少しの沈黙、したためる音。
「おし、書けた」
「せーので見せ合おう」
「せーの」
橙と紫をお互いに交換する
『みんなが健康でいられますように』
『野菜がよく育ちますように』
お互いが顔を見合わせて、ぷ、と吹き出した。
「お前野菜ばっかだな」
「イファこそ願い事がふわふわし過ぎてるじゃないか」
そう笑い合う二人の肩をカクークがつつく
「イファ!イファ!」
「お、思いついたか?書いてやるから言ってみろ」
そう言って桃の紙にペン先を向ける
「イファ!オロルン!なかよし!」
「それ願い事っつーか叶ってないか?」
さらさらと書きながらぽろりと出た言葉に今さらながらに頬に熱がこもる
「イファがそう思ってくれてて僕は嬉しい」
「…そうかい」
カクークとオロルンがニコニコとしている中イファだけが恥ずかしさから抜け出せないでいた。
「ほら、カクーク忘れてるぞ。書き足すからな」
照れ隠しからか桃色の紙に許可も得ずに追記された『カクークも』という文字。カクークは読めるはずもないのだが、嬉しくなってイファの帽子のない頭の上に乗って左右に揺れた。
「痛い痛いカクーク」
そんな光景を見つめて、オロルンは密かに心が温かくなるのを感じていた。そしてその気持ちを誰かにお裾分けしたいと考えた。
「…皆にも書いてもらおうか」
「そうだな、せっかくだしたくさん飾りたいな」
玄関先に倒れないよう竹を固定して、
「おいおいカクークずるくないか?」
「ふふ、ありがとうカクーク」
二人は真ん中くらいの高さに、カクークはてっぺんにその短冊を吊り下げた。
翌日、花翼中に噂は広まりたくさんの人が願い事を吊るしていった。たくさんの笑顔にイファも自然と笑顔がこぼれる。
「こういうイベントもいいな」
「そうだろう?」
「…ありがとな」
「どういたしまして」
カクークが飛び回りながら皆の願い事を色んな高さに飾り付けて行く。
「これからもよろしくね」
「…カクークの願い事だからな」
「ふふ、照れてる」
「うるさい」
たくさんの願い事が、さらさらと音を立てて輝いていた。