「好きだ」
畑仕事を終えて、一緒にご飯を食べている時にふと口に出た言葉。
「…え?」
あぁ、時を戻せればいいのに。駄目なんだ。
「…このスープ。とても美味しいから好きだ」
「あ、あぁ。はは…そうだろ?俺の腕前もたいしたもんだろ」
「ふふ、ぼくの野菜のお陰だよ」
「なんだとこら」
ごめん。こんな言葉でうろたえないで欲しい。そんな困惑した顔はもう見たくない。
僕らの最後はこんな言葉に振り回されるようなものじゃない。
スプーンに掬ったニンジンやジャガイモのように、これ以上成熟しないはずだ。僕らの関係はこれ以上。…それでいいんだ。
君がそうやって笑顔でいてくれれば、それで。僕はたまらなく幸せになれるから。
◆
俺は、こいつのことが好きなんだといつしか自覚した。…それはいつだったか。そんな事はもうどうでもよくて。
こうやって二人で土をいじってるだけでも幸せで。泥だらけになった手足で、お互いに触れることはなく同じ地面を踏みしめている。
俺が求める事は難しいもんじゃなくて、世に言う『恋愛』の類なんて焦がれるものでもなくて。
「たくさん採れたな」
「何にしようか」
「しょうがない、俺が腕をふるってやる」
「ふふ、楽しみにしてる」
ただ、こうやって何でもないことで、どうでもいいことで笑い合えればそれで。
俺らの距離で二人で答えを見つければいい。
…そう思っている、はずなんだ。
いつか、もしお前が誰かと結婚をして、子供が産まれて。幸せな笑顔を俺に見せてくれ。
俺はいつでもお前の隣にいるから。何があっても隣にいるから。
何も言わなくてもいいんだ、大丈夫。お前から笑顔が消えないように、お前にとって気持ちいい言葉を浴びせ続けるから。
『恋人』なんて言葉に意味はなくて、そんなものに溺れるよりも価値がある。
お前にとって、俺が大切なままであり続けていけるように。
◆
「イファ」
「ん?」
「…もし、僕が結婚するって言ったらどう思う?」
「…そりゃ、」
お願いだ。僕を見て。君が一言『いやだ』と言ってくれればそれで。
「…この上ない幸せだよ。俺にとってもな」
そんな言葉を吐く君の笑顔は僕の心に突き刺さった。
なら僕の目を見てくれ。その心を見せてくれ。ウソを、つかないでくれ。
「…ありがとう」
…でもそれが君の幸せだというのなら。僕はそれに従うよ。
君が、それが幸せだというのなら。僕はその幸せに染まろう。
僕たちの歩いた跡をしっかりと残せれば、いつか誇らしくなっていくと信じてる。
…大丈夫。僕がそばにいる。僕はいつでもそばにいるよ。君の隣に。何があっても。
「おめでとう!」
「幸せになれよ」
「オロルンが結婚とはなぁ」
黒い服を脱いで、白い服に袖を通す。これをイファの隣で着たかったなんて、もう言葉には絶対に出来ない。
僕のお嫁さんになる人は、優しくて、可愛くて、僕のことを好きになってくれて。
『ばあちゃんも安心できるな』って、イファが言ったから。その笑顔がたまらなく好きだから。
振り絞った笑顔で僕も応えたんだ。
「僕が結婚しても、隣にいてくれるか?」
「…当たり前だろ。きょうだい」
…この涙を最後にしよう。僕は幸せになるんだ。最後の初恋はいつまでも隣にいてくれるから。
「…いこうか」
隣に立つ、踊る蝶のような、咲く花のような、そんな笑顔を向けてくれるこの人を幸せにしよう。
このドアを開けたらもう僕は、この気持ちを封印するんだ。…ありがとうイファ。ごめん、イファ。
どうしても、君の心を暴けなかった。その勇気がなかった。僕のきょうだい。大好きだった。
薄暗い闇からこの明るい世界に引き上げてくれた君を僕は忘れない。
◆
舞う花びらは散るように。
お前は照れるように頬を染めて手を繋ぐ。
…それを隣で見たかった。もう遅い。自分で決めたこと。
「忙しいのにありがとう」
「きょうだいのためだろ?朝飯前だ」
手書きの譜面、滲むインク。
お前のために書き下ろしたこの曲を。
何度も何度もお前の隣で弾いたこの色褪せたこのギターを持って、愛の歌捧げよう。
「幸せになれよ。オロルン」
「…うん」
お前を鮮やかに彩るように。何度も何度も書いては消して、過去を想いながら。この譜面に染み込んだ俺の気持ちはここで終わりだ。
『おめでとう』とどうしても言えない俺が、唯一出来る祝辞。
何も言わなくていい。お前から笑顔消えないように。
お前にとって俺が、大切なままであり続けていくように。
俺を忘れないように、刻みつけるように。
胸を貫くような強烈な声で歌ってやるから。