つつ、と目の前の線を指でなぞる。それは真っすぐだったり、三角だったり、丸であったり。
「ふふ、くすぐったいよイファ」
その線の持ち主がこちらを向いて目を細めている。
「悪ぃ、起こしちまったか」
「うん、そんなに熱心に見つめられたら起きてしまった」
「お前…」
心がもぞもぞと痒くなり、素足をすり合わせるとシーツが少しずれた。
「あ、言い忘れていた。おはよう」
「…はよ」
「どこか痛むか?腰?」
「ん、いや…とりあえず、大丈夫」
布団の上からさすられた腰が少し痛むのだが、なんとなく気恥ずかしくて嘘を付く。
「わかった。飲むもの持ってくる」
そう言ってギシリとベッドがないて。立ち上がる背中に付けられた爪痕を見て顔に熱が集まる。
それと同時に、一瞬振り向いた時に見えた普段見えない胸の紋様にも目が行く。
出会った時には既に両腕に浮かんでいたその紋様はきっと胸にもあったのだろう。
「まったくカクークは寝相どうにかしたほうがいい…どうした?」
「いや、そのタトゥーっていつ入れたのかと思ってな」
戻ってきてみれば難しい顔をしていた俺に疑問がわいたのだろう。
「あぁこれか。何歳だったかな…秘術の効果を高めるためのものなんだけど…」
コップに水を汲んで戻ってきたオロルンは、まだ体を起こさない俺を見てまたベッドに横になった。
「初めて夜魂を使えた時に出た紋様に沿って書くんだ。ばあちゃんもあるだろ?」
確かに、自分も夜魂を使えば衣服も通す紋様が浮かび上がる。
「まぁ大体の人はその一部を書き込むんだ。他の部族の人達はおしゃれの一環として書いてる人もいるみたいだけど」
「でも…」
「…うん。僕はその殆どを書いてる。頭は無理だけど身体に浮かび上がった部分は殆ど。始めは皆みたいに一部分で色も薄紫だったんだけど、魂が不安定なこともあってばあちゃんがそのほうが安全だろうって」
なんとなく、同じ迷煙だとしてもオロルンの紋様は濃いと思っていた。範囲も広かった。別段だからなんだと言われればそれまでで、でも周りと違う事は分かってしまったから気になっていた。
「あー、なんか悪いこと聞いちまったか?」
…それで起こり得る可能性は色々と思い当たってしまって。
「なんでだ?君が僕の事を知りたいと思ってくれたのなら僕は嬉しい」
そんなもの蹴散らしてしまうようなその言葉と表情に救われる。
オロルンは強い。心に至っては俺なんかよりもよっぽど。
魂のことなんてわからなくても、相手の魂を読む、感じるなんてことは想像したって出来っ来ない。それに加えてオロルンの魂は不安定でばあちゃんが気を遣うほどで、気を抜けば他人の魂に乗っ取られる危険がある。なのに、
なのにこいつはこんなにも自由で、奔放で。英雄。
俺なら、多分…
「随分と感傷的なんだな、イファ」
気付けば触れていた左眼の下。その手を拾われる。
「いや、お前は強いなと思ってよ。俺なんて魂の事なんてさっぱりだしきっとわかってやれないんだろうけど、すげぇ努力してきたのはわかる。それを微塵も感じさせねぇなって」
ぱちと、丸くなった瞳がゆっくりと閉じられて、優しく腕を撫でられる。
「君だって同じじゃないか」
左腕、三本。
「僕だって医術の事なんてさっぱりだしきっと教えられても覚えられない。それを君は毎日息をするように、他人のために力を使ってるんだ。」
そして、左眼。
「それも僕が心配するほどの献身ぶりだ。少しは自分を大切にして欲しい」
「それは、お前…」
英雄『献身』。お前にだけは言われたくねぇよ。
「な、お互い様、だろ?」
あぁ、全く。何を気にしていたんだろう。本当に、読まれたかのように。すっと軽く。
「かっこいいなぁくそ」
「イファだってかっこいいよ」
遅めのおはようのキスを今。