「えい!クリンチ〜」
軽口を叩きながら、千堂さんに抱きつく。腕も、胸板も、背中も、逞しい筋肉で覆われていて、触れるだけで胸が高鳴る。
かっこいいな、と思いながらしばししがみついていたが、何の反応も返ってこないのが気になって、ちらりと千堂さんの顔色をうかがうと、真顔でこちらを見下ろしていた。背中にひやりとしたものが走る。
いけない、ボクシングを茶化したかと思われただろうか。
「あ、あの、ごめんなさ──」
「え〜ぇ度胸や。こうするんやで!」
「きゃ!」
私が謝りかけた瞬間、打って変わって不敵な笑みを浮かべると、私の腕を簡単に振りほどいて、腕ごと抱え込まれた。
ぎゅうぎゅうと力強く締め上げられて息が詰まる。いつもの加減をされた抱擁とは全然違う。押し潰されて肺から息が出ていく一方で吸うことができない。
「く、苦し……っ」
「ほ〜れほれほれ」
「ひゃ!あ、ははは!や、やめて!」
今度は抱え込まれたまま脇腹を擽られる。逃げようともがいても適うはずもなく、千堂さんの腕の中でひいひい悲鳴を上げることしかできない。
「早う反撃せんと襲われるで」
「こ、降参です!ごめんなさい!」
「そっちから仕掛けといて逃げるんか?情けないのう」
呼吸困難になる寸前で解放され、足に力が入らず崩れ落ちそうになったところを、太い腕が腰に回って支えられる。
「はは、生きとるか?」
「はあ…………なんとか……」
笑いすぎて腹筋が攣りそうだ。千堂さんの胸にすがりついて、乱れに乱れた息を整える。
私を支えつつ背中をさすってくれていたと思いきや、つっと指を立てて背中を撫でられた。散々くすぐられた後だから過敏に反応してしまう。驚いて振り仰ぐと、千堂さんが至極楽しそうに笑みをたたえていた。
「千堂さん……!」
「息が整ったところで第2ラウンドやな」
「わ!」
恨み言を言おうと口を開いた瞬間、足が浮いて、ぐるんと視界が回り、浮遊感に襲われる。横抱きにされたことに気づいたときには、千堂さんはすでに移動を始めていた。
千堂さんがどこに向かっているか察して、慌てて抗議する。
「私、降参しましたよ!」
「許さへん。ワイの女なら最後まで立ち向かわんかい」
最早ボクシングでもなんでもないけれど、そんなふうに言われたら、やらざるを得ない。
無駄とはわかっていても、胸板を押し返してみたり、足をばたつかせてみたりした。
思った通り千堂さんは私の抵抗など物ともせず、からからと笑っている。
悔しくなってほっぺでも抓ろうかと手を伸ばすと、私が触れるよりも早く千堂さんの顔が近付いて、唇が重なった。
何度か噛みつくように唇を食まれ、じわじわと頬に熱が集まってくるのがわかる。
千堂さんには負けっぱなしだ。無駄な抵抗は止めて、行き場のなくなった手をうなじに添えた。
「やっぱり降参か?」
「腹をくくったんです……」
「上等や」
千堂さんは口角を上げて、低く囁いた。
ぎらぎらと光る捕食者の目に見据えられ、肌が粟立つと同時に、これから行われるであろうことに、お腹から胸のあたりが熱くなる。
目的地の寝室に着いたところで、私も挑むように、両手を首にまわしてしがみついた。