アズフロちゃんバレンタイン ブラウニー、トリュフ、ザッハトルテ、ガトーショコラ……
寮室のベッドに寝転がり、スマホの画面を人差し指で上下に動かしつつ茶色い物体たちと睨めっこする。ごろごろと寝返りをうったところで考えがまとまるわけもなく、頬を膨らませてみたり、後頭部を掻いてみたり。
「うーーーん…」
「どうしました、フロイド」
小エビちゃんの世界には、2月14日に好きな人に贈り物をする”バレンタインデー”っていう変わった文化があるらしい。アクセサリーや花束をあげたりもするらしいけど、特にチョコレートをあげるのが主流で、手作りチョコを渡すと大抵は喜ばれるとかなんとか。
「なるほど。それでアズールに贈り物をしようと考えていたわけですね」
「んー、せっかくならチョコ作ろっかなって思ったんだけど、アズールはチョコ食うかなって思って。それにチョコっていろいろ種類あんじゃん?何が好きなんだろ、アズール」
「直接聞いてみればいいのでは?」
「……そっか!ジェイド天才じゃぁん」
何を悩む必要があったんだろう。ジェイドの言う通り、本人に聞けば話は早い。
そうと決まれば、とベッドから勢いをつけて立ち上がり、ジェイドに見送られて寮室を出る。アズールならきっとVIPルームにいるはずだ。
「ねーぇアズール、あまぁいのと、にがぁいの、どっちが好き?」
「なんですかいきなり」
「いーから、どっち?」
「そうですね…甘い物はカロリーが高いのでどちらかといえば苦い方が」
「そういうの抜きにすると?」
「カロリーを考えなくていいなら…甘い物は人並みに好きですよ」
「どんくらい甘いやつ?」
「歯が溶けそうなほど甘いのは好みませんが…まぁ、程よく…」
「わかった!」
カロリーがあんまり高くなくて程よく甘い…、小さく唱えつつVIPルームを飛び出す。
スマホで眺めていたチョコレートたちの中で、アズールが一番好きそうで喜んでもらえそうなレシピを頭に浮かべた。
「んーと…」
ラウンジの厨房に一通りの調理器具と購買で買い揃えてきた材料を並べ腕を組む。
よし、とまずはオーブンを予熱してから、ビターチョコレートを使ってガナッシュを作る。刻んだチョコと豆乳をボウルに入れてレンジであっためて、泡立て器で混ぜてとろとろになったらちょっと固まるまで冷蔵庫で冷やす。普通に作るなら生クリームを入れるとこだけど、少しでもカロリーの低い豆乳を使うことにした。健康にいいからって豆からできた液体をそのまま飲むヤツもいるみたいで、物好きもいるもんだなぁって。ガナッシュがある程度固まったら適当な大きさに丸めて冷凍庫で固めておく。
固まるのを待ってる間にチョコレート生地を作る。別のボウルの中におからパウダーとココアパウダーを入れてよく混ぜる。おからパウダーなんて使ったことなかったけど、大豆からできているだけあって薄力粉よりはカロリーが抑えられるらしい。普通のレシピ通り薄力粉を使ったときと比べて味の違いがどうなるかはわかんないけど、これならアズールもカロリーを気にしないで全部食べてくれるはずだ。そんなに気にしなくていいのに、と思いつつ豆乳と卵を入れてさらに混ぜる。それからベーキングパウダーを入れてひたすら混ぜて、よく混ぜ終わったら耐熱容器に流し込んで、冷凍庫で固めておいたガナッシュも入れて、あっためておいたオーブンで焼く。
「おや、美味しそうな甘い匂いがしますね」
「これはアズール用のだから、ジェイドにはあげないかんね」
「ふふ、勿論わかっていますよ」
本気で食べようとしたりはしないと思うけど、せっかく作ったアズールへの贈り物を匂いにつられて厨房にやってきたジェイドに食べられないように、む、と睨めば面白そうに笑われた。匂いの元を辿ってジェイドがオーブンの中を覗き込む。
「フォンダンショコラにしたのですね。しかし…カロリーが高いものを避けたがるアズールがこれを食べたいと…?」
「んーん、あまいのとにがいのどっちが好き?って聞いたら、フツーにあまいのは好きって言ってたから。それに材料にも気ぃ使ってカロリー低めになるように作ったし、アズールがなんと言おうと全部食ってもらうもん」
「流石フロイド。アズールの為に色々と考えてチョコレートのお菓子を作ったのですね」
「あたりまえじゃん。アズールに食ってもらって、喜んでもらえなきゃ意味ねぇし」
「ふふ、きっと喜ぶに違いありません」
どうやら冷やかしに来ただけのようだったジェイドを見送り、ミトンをはめて焼き上がったフォンダンショコラをオーブンから取り出す。見た目は完璧だ。上からシュガーパウダーを振りかけて、生クリームとミントを添えればできあがり。
* * *
「アズールいるぅ?」
「っ、!?フロイド!ノックをしろといつも言ってるだろ!というかどうやって入ってきたんだ」
「んー?適当に施錠魔法開けた」
「不法侵入だ…」
「ココに法なんてあんの?」
せっかくの焼き立てフォンダンショコラが冷めないうちにとアズールの部屋を訪れれば、オレが入ってくるまで宿題か予習でもしていたのであろう、デスクに教科書やノートが広げられていた。
「ねーぇアズール、頭使って疲れてねぇ?あまいもの欲しくない?」
「相変わらず唐突だな…そうですね、そろそろ少し休憩しようとは思っていましたが」
「そんなアズールにぃ、とっておきのプレゼントでぇす。はい、ハッピーバレンタイン!…だっけ?」
「バレンタイン…あぁ、この間監督生さんが話していた」
「そ。好きなヒトに贈り物するーってやつ。チョコあげんのが定番って聞いたから」
「だから甘いのと苦いのがどうとか言っていたのか」
「そーゆーこと。ほら、冷めねぇうちにはやくたべて?」
デスクの紙類をずい、と適当に避けて、フォンダンショコラの乗った皿を置き、アズールを椅子に座らせる。なんとなく予想はしていたけど、皿に盛られたそれを見たアズールはカロリーが高そうだと言いたげな顔をしていた。
「だいじょーぶ。フツーのよりカロリー低めだから。アズール向けに作った特別製」
「…カロリーがどうであれお前が僕のためにと作ったなら食べますよ…」
「え?なに?冷めちゃうからはやく食べて!」
「っなんでもありません。…では有り難く、いただきます」
アズールがフォークを手に取り切れ目を入れれば、中からとろりとガナッシュが出てきて、うまく作れていたみたいでちょっと安心した。一口分すくって口に運び、咀嚼する様子を眺める。
「…美味しいですね。これは…豆乳を使ったんですか?」
「せいかーい。よくわかったね」
「カロリー低めにと言っていたので。代用するなら豆乳辺りが妥当かと。しかし味には何の違和感もありませんね。甘さも程良いですし…後でレシピを聞いても?」
「わすれたぁ」
「でしょうね」
苦笑しつつもオレが作ったフォンダンショコラが気に入ったみたいで、どんどん食べ進めてあっという間に平らげてくれた。そんなに心配してなかったけどアズール好みの味じゃなかったらどうしようと思ってたから、贈り物としては大成功だ。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「よかったぁ、おそまつさま」
休憩も済んだことだしまた勉強に戻るだろうと思ってお皿を下げようとしたら、アズールが急に椅子から立ち上がってオレの後頭部に手を伸ばした。
「お返し、何がいいですか?」
「へ…?お返し?」
「あぁ、対価というわけではありませんよ?バレンタインに贈り物を頂いたら、1ヶ月後のホワイトデーにお返しをするそうです。要らないとは言わせません」
「要らないわけねぇけど…うーん、全然考えてなかったや。ていうかそれ1ヶ月後じゃねぇとダメなの?」
「あくまでそれが定番というだけで、お返しするのがホワイトデーでなくとも構いませんよ」
後頭部に添えられた手が、すり、と頸に移動してきて何だかむずがゆい。オレの顔を覗き込むアズールがなんか楽しそうだし、何考えてんのかはわかんないけど、そのままにしておく。
「んー…今すぐには思いつかねぇや」
「そうですか。ではホワイトデーまでに考えておいてください」
「はぁい」
お返し、かぁ。何がいいだろう。今回はバレンタインデーとかいう文化に乗っかってアズールに何かしてあげたかっただけだし…と今度こそお皿を下げようとしたものの、アズールの手はオレの頸に添えられたままで。
「…どしたのアズール」
「いえ…お前が作ったフォンダンショコラ、美味しかったのは本当なのですが、少し甘さが物足りないと思いまして」
「はぁ?今言うソレ?もっと早く言ってくれれば作り直したのに」
「そうではなくて」
ずい、と顔を引き寄せられて、柔い唇が重なった。舌が入り込んでくれば、アズールの口の中に残ったフォンダンショコラの味が伝わってくる。確かに、ちょっと甘さが足んないかも。
「…これでもっと僕好みの味になりました。ご馳走様」
もう満足したのか、さっさと唇を離して椅子に腰掛け、さっきオレが適当に避けた教科書やらノートを広げ直して勉強に戻ってしまった。アズールのためにと一生懸命考えて贈り物をあげたのに、キスするだけして放ったらかしだなんてひどい恋人だ。こうなったらホワイトデーのお返し、アズールがすっげぇ困るやつにしてやろ。