『ミチ』(14)ー□ー
男がショーケースを眺めていると、店員は人当たりの良い笑顔で声を掛けてくる。
今日は男の誕生日なのだ。
誰も祝ってはくれないが、ケーキくらいは食べようかと、小さなケーキ屋に立ち寄った。
そういえばアイツはケーキが好きだったな。男はかつての女を思い出しながら、手際のいい店員の手元をなんとなしに眺める。
今日、男は22歳の誕生日を迎えた。
22年間生きたのだ。
明日からは、愛する女の生きられなかった日々を生きていくことになる。
たまたま誕生日が一緒だった女は、2年前の今日、息を引き取った。女は22年という月日で幕を閉じた。
店員は明るい声で男に箱を渡す。
男は終始、表情をピクリとも動かさず、ケーキ屋を後にした。
明日は22年と1日目の日。
ー○ー
私は走った。
太陽もまだ昇らぬ真っ暗な道を、街灯の灯りを頼りに前へと進む。、とにかく今は、父親から逃れなければならない。
しかし…
一歩が短く、体力もない、それに足だって遅い。息も絶え絶えで、出血だって多い。何度も転んで身体だってボロボロだ。
果たして私は、助かるのだろうか、
赤く染った腕はポタポタと道に跡をつけた。
冷たい光を放つ街灯、道路のタイルや、家々の石の壁がなんとも淋しさを彷彿とさせる。まるで夜の闇にのまれてしまったようだった。
徐々に私の足は前へ進まなくなり、数歩歩いて、完全に動かなくなってしまった。
私は大きく肩を揺らして必死に呼吸を繰り返す。
苦しい。息がしづらい。足が痛い。もう走れない…。1度止めてしまった足は、そう簡単に踏み出すことなど出来なかった
寒さに震える手で、ポケットに入れたロケットペンダントを取り出す。兄が遺した、素晴らしい技巧の宝石は、すっかり血で汚れてしまっていた。
…それを見て途端に胸が痛いほど締め付けられる。
自分はなんて、愚かなんだろう、大切な物を自らの手で汚してしまった。
ペンダントをきゅ…と握り、息を小さく吸う。
「…、、お母さん…。お兄ちゃん……っ」
「……死にたくなぃ…。」
絞り出した声は、情けないほど弱々しかった。
そんな時、″風″が私を通り過ぎていった。
カランッ…
カランッ……
コロコロ……
何かが転がる音がする_____
ふと音の方向に目を向けると、そこにはただの空きビンが転がっていた。どこかから吹く風に転がされ、ビンは路地裏へと入っていく
私は何故だか気になり、動かなかったはずの足でそのビンの後を追う。足は、羽が生えたかのように軽かった___。
ビンはコロコロと転がり、大きなゴミ箱の前でピタリと止まる。
(…そうだ、ここで少し休もう……。)
転がるビンの行き先に、助けてくれるヒーローはいなかったし、身を匿ってもらえるような家なんてなかったけれど、通りから身を隠せるくらいのゴミ箱はあった。
羽のように軽かった身体はまたその重みを取り戻し、足はまだ走り出そうとしてくれない。ならば、少し休むのが最善策である。それに、どこかで待っている親友にも連絡をとりたかった。
私は身を隠すためゴミ箱の裏まで回り、座り込んだ。こういう時だけは自分の体格が小さくて良かったと思う。
少し呼吸を整えると、腕の痛みを強く感じる。まだ出血は止まらないようで、深く刻まれてしまったのだと苦笑した。
周囲に足音は聞こえない。今のうちに電話をかけてしまおうと、通信端末を取り出し、起動させる。ユリスに電話をかけることなど、何度もやってきた工程だ。……しかし、私の手は震え、手に持つ端末は自らの血液で滑ってしまい、電話をかけるにも一苦労だった。
やっとの思いで電話をかけ、その単調な呼び出し音が途切れるのを待つ。
プルルルル、
プルルルルルル、、
、、。
「ユリス!今どこに」
『ただいま、通話中です。ただいま、通話中です。電話に出ることができません。』
「……そんな」
しかし、そこで私を待っていたのは無慈悲な自動音声だった。
いったいこんな時間に、いや、こんな時に誰と電話をしていると言うのだろうか。
「なんで……。助けてよ…ユリス」
ははは、と、乾いた笑い声が漏れ、私の腕は通信端末を地面に落とす。
休憩するため座り込んだからか、それとも親友と連絡が取れないとわかったからなのか、私の緊張の糸は途切れた。生きなければいけない、でも、生きた先に何があるのだろうか、私は本当に助かるのだろうか。疲弊しきった脳は徐々に、おかしな考えを言葉に変える。
まだ辺りは暗い。
人の気配も無い。
この残酷な世界で、たった独り、私だけが存在している…ような気さえする。
…母のガトーショコラが恋しく感じた。
そんな時、コツン。コツン。
足音が聞こえる。
その足音は一歩、一歩とこちらに近付いて来ており、危うく失いそうになっていたアルバの意識を現実へと引き戻した。
いったい誰の足音か。
ユリスとは言わない、けれどどうか、街の人であってほしい。
父親だけは、……父親だけは…!
コツン
「ひぃとつ、ふぅたつ、みっつめで、はなまる称号身に付けて、えらい子えらい子褒められた……」
コツン
「華の女神も喜んで、日は照り照り、作物実り…」
コツン
「取って喰らって、ねじり切り…」
コツン
「怪物一匹やって来て、華の園の子、散り立った」
コツン
「華の女神は怒り咲き、怪物の四肢ねじり切り、一滴残さず絞り出す、樹に変え根っこ、繋がった」
コツン
「日は照り照り、作物実り」
コツン
「日は照り照り、作物実り」
…。
そして訪れる____静寂
足音はすぐそこの大通りで止まった。
そして、幼い頃幾度となく聴いた歌も、足音と共に消える。
ここには静かな夜の空間が広がるばかり。
思わず息をすることを忘れ、過ぎ行く事を祈る。私の姿は大通りから見えていないはず、大丈夫、大丈夫。このままじっとしていれば、きっとやり過ごせる
歯を食いしばり、身体をきゅっと丸める。
早く、早く行ってくれ。通り過ぎてくれ。
真っ赤に染った袖を強く握り、時が過ぎるのを待つ。
そんな時だった_____
『プルルルルル、プルルルルル……』
地面に落ちた通信端末は光を灯し、誰かからの着信を知らせる。
暗い夜の路地裏で、端末の明かりは隠すことなく広がり、その着信音は壁に反響し、夜の街へと響く
『プルルルルルル、プルルルルルルル……』
あぁ、バレた。
私は目を閉じ、空を仰いだ。
*
通信端末を手に取り、画面に映し出される人物を確認する。
『ユリス』
そこに表示された名前を見て、私は思わず笑みを浮かべた。最期に貴方の声が聞けるのなら、それで良かったのかもしれない。
私は電話に出る。
「おはよう、ユリス」
『もしもし!?アルバ、大丈夫かい?今どこにいる?何が見える?』
「……」
久しぶりに聞く心友の声に、涙が溢れる。
コツン、コツン
『さっき電話くれたよね?ごめん、キミのお母さんと話していて、、近くに誰かいるかい?ごめんね、すぐに迎えに行くから、大丈夫だよアルバ』
大好きな、声。私の、愛する人。
上手く呼吸が出来ない。何も声が出ない。
嗚呼、私は今、泣いてるんだ。
コツン、コツン
安心したのだ、ユリスの言葉に。
『アルバ?……頼む、返事をしてくれ』
何を伝えようか、君に……。
私が世界で1番愛する君に、
最期に何を、言葉にしようか
コツン、コツン
「ユリス…」
ごめん?愛してる?それとも、出会えてよかった?…貴方は生きて?長生きして…?
幸せになって……?
『!アルバ、良かった、ごめん、一気に聞かれても困るよね。迎えに行きたい、キミはどこにいる?』
……決めた。1番貴方に送りたい言葉
「ありがとう」
どんな言葉よりも、愛を込めて貴方へ。
貴方が繋いだ人生は、貴方に送る言葉で終える事が出来る。……なんて幸せなんだろう。
『__音声通話を終了しました』
コツン。
暗い影がかかり、私は上を向いた。
赤い眼と、目が合った。
ー●ー
僕はただ、恐ろしかったんだ
振り上げられる拳も、内蔵まで響くような痛感も、
水に沈められた時、首を絞められた時の、″兄″の苦しそうな声が頭に響いて忘れられない
何日も何も食べさせてもらえなくて、痣だらけ、血だらけになって
恐怖に支配された世界で、″兄″は原石を磨いていた
母は居なかった。桃色の髪の父親が独り、僕達を教育した。工房長として仕事をしながら、僕達を立派な職人にするため、父は限られた時間で僕たちに手をあげた。
兄はもはや生きているのか死んでいるのかわからない。何も言わず、原石を磨く。
学校に通わず、父の工房で石を磨き、帰宅後もずっと磨き続ける。
僕とは比べ物にならない程、兄は監視されていた。
僕は兄が心配だった。…でも、僕も兄のようにはなりたくなかった。父親が、恐かった。
そんなある日、僕は知ってしまったのだ。
飢えで倒れそうになった僕は、誰もいない事を確認すると、父の書斎に入り、食べられる物を探していた。その時、一通のシンプルな手紙を見つける。
なんとなく気になり手に取ると、表面には『親愛なる妹へ』と書かれていた。そして、中には少し重たい何かが入っており、もしかすると硬貨ではないかと僕は手紙の中の出す。
そこには何枚かの便箋と、少しよれた絵、そして、花の形をした宝石が入っていた。
期待していた硬貨ではなかったため、やや大袈裟に落胆するも、僕はチラリと見えた手紙の文字に大きく目を見開いた。
綺麗な宝石は手から落ち、床の上で勢いよく散らばる。
僕は、。
…僕は、父親の本当の子供ではなかった。
この手紙の送り先、父の妹の子供だったのだ。
……なら、、この恐怖から逃げても許されるのではないか…?これは兄に対する裏切りなんかじゃない、だって僕は、本当の子供じゃない。僕が兄のようになる必要はない…!!
そうして言ったんだ。
帰宅した父と兄に、
「おかえりなさい父上、兄上。……あの、父上、提案があるんです」
「……なんだ」
「こっ、工房は、長男に引き継いでは…ど、、うでしょう。、?」
「……」
「やはり!次男よりも長男の方が優れているとよく聞きますし…!昔の文献を読んでみても、長男に継いでいる店が多く、次男であれば、その、ある程度自由にしても……!」
「…まぁ私はなんでもいいのだ。だが次男であっても職人にはなってもらわないと。遊び呆けられては困る」
「!でっ、では次男はその…!兄上のような高い技術は求められないのですね!」
「はぁ……。まぁいいだろう。それより時間がない、おい、セアリアス来い。研磨するぞ。」
その時、生まれて初めて兄と目が合った。
あの時の兄の瞳は今でも忘れられない。
絶望、そして、果てしない怒りの感情がその目に宿っていた
「……でも、しょうがないじゃないか。」
だって僕は、ヒペリカは、父上とセアリアス兄さんの本当の家族じゃない。
僕の本当の家族は、別にいるんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『親愛なる妹へ
第1子出産おめでとう。名前はヒペリカくんと言っていたな?いい名前だ。うちのセアリアスとも良ければ遊んでやってくれ。それと、うちの妻とも話してやってほしい。夫の愚痴を吐きたいんだとさ笑
祝いにヒペリカムの花を模した宝石を作ってみた。力作なんだ。手紙を書いたというのに、割れるのが怖くて手渡しで送ることになるだろうな、まぁそれも面白いだろ
どうして死んでしまったんだ、幼いヒペリカくんを遺して、どうして。 』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから数日後
セアリアス兄さんは文字通り
【壊れた】
「あぁ!ヒペリカ兄さん!おはよう!」
「え」
「兄さん、今日も研磨頑張ってね!!あぁ僕も早く、学校に通いたいなー!」
「何…言ってるの、兄上」
「??そっちこそ何言ってるのさ!兄さんは、そっちでしょ!」
兄は、笑っていた。
僕は父を見る。
この兄は、どうしてしまったのだ。と、
「……ヒペリカぁ。」
「な、なんですか……?」
「長男が跡を継ぐ。……だったな?」
「え、いや、でも長男はセアリアス兄さんの方じゃ」
「アレが正常者に見えるのか?お前は。……私はどっちでもいいんだ、なぁ、ヒペリカ?」
「……。」
「ヒペリカ兄さんどうしたの?顔色悪いよ??」
「セアリアス…兄さん、、」
「ははは、さっきから何を言ってるんだよ〜。僕は兄さんの、″弟″じゃないか」
僕は、バチが当たったんだ。
僕が、兄さんを、壊した。
僕があんな事を、言わなければ、
セアリアス兄さんを売らなければ、僕は
きっと、、こんな酷いことにならなかったはずだ
僕は父に手を引かれ、工房へと向かった。
通っていた学校は、退学した。
これは……僕が小学生の時の話だ
ー●ー
「兄さん」
「兄さん!」
「兄さん?」
「ヒペリカ兄さん!」
「…ぉえっ」
僕は兄に″兄さん″と呼ばれる度、トイレに駆け込んだ。
僕の生活は大きく変化した。日中は工房で、夜は家で、ずっと原石を磨き続けた。精神的圧力や、体罰、そして、中学に入学した兄は毎日僕に「おはよう兄さん」と声をかける。
もう顔も見たくない、声も聞きたくない、兄さんに「兄さん」と呼ばれたくない。
「セアリアス……ねぇ僕が悪かったよ。…許してよ、やめよう……?僕達2人で協力しようよ……」
僕はある日、学校から帰ってきた兄を引き止めて懇願した。
「ごめん、ごめんね、本当に悪いと思ってる。ねぇ、、兄さん……」
明日が怖い。
生きるのが怖い。
もう兄さんを独りにはしない、だから
「お前が言い出したんだろ?」
ハッとして兄を見る。
兄は、あの時の目をしていた。
深い絶望に堕ちた、怒りの瞳
「…、」
全身に悪寒が巡り、震え上がる。…しかし
「あ、ごめんなんだっけ??うわ!時間やばい!俺友達と遊ぶ約束してんだ!!帰ってからね!」
兄はいつもの調子に戻り、僕を置いてどこかへ行ってしまった。
兄が今、どんな精神状態で、何を考えていて、そして…本当の兄が何なのか。僕にはわからない。
その後僕は、あの時の兄の瞳が恐ろしくて、兄に声をかけるのを辞めた。
_____そして、
僕は多重人格障害を患った。
家はまさに異常そのものだった。その環境で僕は、正気を保てなかったのだ。いつの間にか僕の中に、新しい誰かが生まれて、その誰かが原石を磨く。暴力を受ける。僕は、俺は、私は、自分は、
いったい何者なんだろう。
大きい屋敷、オノール家の絵画がずらりと廊下に飾られており、床には赤い豪華な絨毯が敷かれている。逃げられない監獄、僕はこの家に居るだけでおかしくなっていく。この家から出たい。
その一心で僕は…父に頭を下げる
「お願いします、グランツ学園に入学させてください。」
普通の学校だなんて言わない、職人の学校であるグランツ学園で良いから、外の空気を吸わせてもらいたかった___。
最初の数日は全く相手にされず、それでも止めなかった僕は危うく殺されかけた。しかし、それでも懇願する事を止めなかった。例え今本当に殺されてしまったとしても、光の無い明日は生きられない。
一日の中で、自分の意識が保てる時間は全て懇願する事に費やした。
父は怒った。
「グランツ学園に入学したいだ……?俺を馬鹿にしているのか!?侮辱しているんだな……!?よくも……オノール家の当主である私に言えたものだな……!」
「お願いします。…お願いしますッ!」
そうして数ヶ月が過ぎた頃、僕はまだ生きていたし、父はグランツへの入学を厳しい条件付きで許してくれた。
自由な時間なんてほぼ無いに等しい。だけど、これ程嬉しいことはなかった。
僕は晴れて、中学からグランツ学園に通えることになったのだ。あの狂った家から出ることを許されたのだ…!
グランツ学園で過ごす日々はまるで楽園のようだった。僕の研磨は認められ、頑張れば頑張るほど教師から褒められた。
父に提出する分以外の石は学校へと収め、寮には入らず実家から通ったが、友人には恵まれた。彼らと言葉を交わし、新しい世界を見るのがたまらなく幸せだった。
「グランツ学園はなんていい所なんだ!」
それからというもの、自我はグランツ学園にいる数時間しか出られなくなった。
僕は感情ノートを書くことにした。自我である僕はもちろん、他の人格とも交流がとりたかったのだ。感じた事や考えている事、どんな事をしたか、されたのか、全てを全員で書き連ねた。
交換ノートをしているようで面白かった。
「ごめんね、僕だけ幸せで」
そうノートの最後に書くと、皆は
「キミが幸せでいてくれるから、それでいいんだよ」「暴力は怖くないさ、キミが笑っていられるなら」「キミが勝ち取った幸せでしょ?キミが頑張った証拠だよ!」「こっちは俺たちに任せろ」…
僕は泣いていた。こんなにも仲間がいる事が嬉しかった。皆となら、この世界も耐えられるかもしれない。
_____そうして、月日が経った。私は20歳になっていた。
兄は相変わらず狂ったままで、父に変化も見られない。、父は、私の20の誕生日祝いに、私と兄をある場所へと連れていった。
街外れにある人通りの極めて少ない場所、階段を降り、古びた扉を開けると、なんとも異臭のするフロアに出る。父は、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべた商人と話した後、私達を奥の部屋へと誘導する。
「待たせたね。さぁ2人とも、この中から好きな女を選びなさい。婚約者だ。」
奥には無数の女性が座っていた。お世辞にも衛生面において綺麗とは言えず、表情も皆暗い。首や手首、足首には枷が着いている。なるほど、彼女らは皆″奴隷″なのか。
父は私に早く子を生ませ、代を引き継げと言いたいのだろう。…奴隷であったとしても、彼女らを私達の狂った家に招き入れるなど、可哀想でならない。
しかし、どうせ決めなければいけないのだろう。私は小さく溜息をつき、辺りを見回した。
すると突然、「決めた!僕はこの子にするよ!父さん!!まるで、女神様のようだ…!綺麗で麗しい!絶対に素敵な人なんだよ!優しくて、全てを受け入れてくれる、そんな人に違いない!!この子がいい!」セアリアスは、紺色の髪をした女性の細い腕を掴み、振り返った。
あぁまたやっている。セアリアスは他人に理想を押し付ける。そうして自分のための世界を作り上げるのだ。
「ほう?そうか、気に入ったのがいたか。じゃあソレにしよう。」
父はまた商人に声を掛けた。セアリアスは彼女の事が大層気に入ったようで、ずっとニコニコと不気味な笑みを浮かべながら話しかけている。
私もそろそろ決めなければいない。
と、その時ある1人の女性が目に留まる。その女性はセアリアスに気に入られた女性を気にかけているようで、心配そうに、…泣きそうな顔でそちらを見ていた。
憎らしい桃色の髪がふわりと揺れ、暗がりの中の赤い瞳が優しく震えている。
…奴隷にだって、事情はあるよな。
「父上、私は彼女にします。」
私はその女性、50134番元い、ヒスを指名した。
ー●ー