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    やしろ

    @yashiro_kk

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    やしろ

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    『ミチ』(16)赤い目は笑みを浮かべた。
    一筋の涙を流しながらも、幸せそうに通信端末を眺めた後、こちらを見つめた。赤い目が揺れていた。
    「ごめんね、お母さん」
    掠れた声が静寂な夜明け前の街に落ちた。私は瞬きをするように、長く目を閉じ、そして開ける。一瞬の出来事であって、もう誰にも止めることなど出来ない。何故ならば私は、腕を振り上げてしまっていたからだ。
    今さら気付いてしまったとてもう遅い。ならば、気付かなければ良かった。
    私の目の前で、柔らかい真っ白の髪に綺麗な青が煌めいた。私の腕は止まらない。”私は”理解したというのに、身体はまだ、彼女を知らない。

    私の刃は怪物__娘に向けたまま。振り下ろされた

    ___赤い血液が飛び散る
    あぁそれはそうだ。だって人間なんだから。どうしてこんな事に、どうして、

    どうして、

    誰かいる。

    私の持っていたナイフは娘を目掛けていたはずが、誰か別の手を刺していた。刹那、視界の端にに大きな翼が映る。そして、その手には金色の宝石が眩く輝いていた

    「これ以上、オレを失望させるな」

    怒りに震えた冷たい声と、カランというナイフの落ちる音がした。私の鼓動は速く、手は汗でビッショリだった。娘をこれ以上傷つけなかった安心感など感じている余裕は全く無い。目の前に突如立ちはだかった人間…とはかけ離れた存在。オノール一族が忘れてはならない恩人。
    フォコン・カナリア様の声圧は私の身を引かせる。
    「カナリア様…」
    「”まだ”そう名乗っていない」
    「…どうして」
    カナリア様は私の事も、自らの傷の事も対して気にする素振りを見せず、横たわるアルバの傍に寄る。途端に自分が惨めになった。元々惨めだった、そんな事はわかりきっている。自分ほど愚かな人間はそう居ない。
    愛する娘と妻を傷つけ、殺そうとし、剰えオノール一族の誇りとも言えるカナリア様の”手”をナイフで貫いた。全てが最悪で、自分の命で償っても償えない大罪だ。
    アルバは力無く抱えられ、その目はピクリとも動かない。アルバの腕はだらりと垂れていた。先程の振り上げたナイフの行先はアルバの身体には無関係だったが、それまでにも深く刺した覚えがある。それに、この世にはショック死というものがあるのだ。身体はまだ生きているが、精神が死を錯覚し、息絶える。
    この子は出血を止めぬまま小さな身体で走り続けた、数日前から張り詰めた緊張の中に身を置き、そして数瞬前に娘は死を覚悟した。

    あぁ、もう目を覚まさないのかもしれない。
    カナリア様が誰かに連絡をしながらアルバに応急処置を施している。
    でも、このまま起きなければどうしたらいいのか。ヒスはどうなったのか、ヒスにも深い傷をつけたのだ。出血多量で2人とも死んでしまっていてもおかしくはない。
    …私も、、もう死んでしまおうか。

    そう、ふと考えた時、何かが足を登ってくるゾワゾワとした感覚が伝わる。驚いて見るとそこには、真っ白な身体に赤い瞳を宿した細い蛇がこちらを見つめていた。蛇は締め付ける力を強め、足に潰れてしまいそうな程の痛みを感じる。
    これは罰なのだ、しかし、この痛みなんかでは到底私の罪に足りない。ニュイ……きっとそうなのだろう、この白蛇が、ノクスの日記に何度も出てきたアノ白蛇なのだろう。自分の唯一の家族だと書き記した、あのニュイという名の白蛇なのだろう。

    涙が溢れる。
    この涙の理由はわからなかった。誰を想って泣いているのか、何故私なんぞが泣いているのか。
    しかしきっと、これは誰かを想ってのモノではない。自分が可哀想だから泣いているのだ。私というどうしようもない屑は、そんなモノなのだ。
    最低な涙の味は心底苦いな_____

    ふいに白蛇は足から離れ、大通りへと進み出す。大通りに着いた所で、こちらを振り返り歩みを止める。ついて行ったら良いのだろうか。私は恐る恐る、足を動かした。
    後ろで声が聞こえた気がするが、私は何かに操られているようにその蛇の後を追う。
    行き先はわからない、いや、きっとわかっている。
    それでも足を動かす、ゆっくり、ゆっくりと、足を動かす。小さな白蛇に追いつく事はない。ただ、ただ、足を前へ必死に動かした。

    ー○ー

    その夜はやけに血の匂いがした。
    いつも通り夜空を飛び、街明かりを眺める。時には空高く、時にはジメジメとした薄暗いトンネルに。長い夜が終わり、夜明けの匂いと共に俺は腰から翼を生やす。バサッと大きな音がして、俺の身体は宙に浮いた。学園に戻らなければ、少し仮眠をして、教師にならなければいけない。
    …少しだけめんどくさい。
    街に近づくと、血の似合いには敏感な吸血鬼の本能が目を覚ます。全身が沸き立ち、無意識に薄らと笑みが漏れる。
    されど変な胸騒ぎがした。この血は嗅いだことのある匂いだ。俺は記憶力が良い。だから解ってしまう、これが、どの一族の血の匂いなのか。

    6年ほど前にもこの匂いを息が詰まるほど嗅いだことがある。またか、。また繰り返すのか。
    脳裏には1代目の太陽のような笑顔が過ぎった。俺は心臓の辺りをギュッと抑え、速度を上げて匂いの元へと急ぐ。どうか間に合ってほしい。俺はオノールを愛しているのだ。あの人の子孫が、殺しなんて似合わない。してほしくない、俺の手を取り招き入れたあの人を、期待と尊敬、憧れだったオノールをこれ以上____
    ………壊さないでくれ。

    薄明かりにキラリと照らされたナイフ、そして弱りきった生徒との間に手を伸ばす。

    刹那、酷く久しい痛感が全身の中で弾けたのだった。

    ー * ー

    冷たく、とてまだ体温の残る小さな身体を抱き上げる。先程シエルに連絡を入れていると、工房長の男は姿を消した。
    気にならないわけではないが、この状況で気にするわけにもいかない。早くこの少女を医者に見せなければ。手っ取り早く応急処置はしたものの、顔色の悪さは夜とはいえ明白だった。
    この体温、真っ青な顔色、そして充満するこの匂い。6年前とまるで同じではないか。

    気づけば辺りは薄明るくなっており、夜明けが来ていた。

    日が昇る。
    夜が終わる。


    ー○ー

    私はいくら歩いただろうか、白蛇に連れられ、森の中へと入ってきた。そして、少し拓けた場所に出る。ちょうど夜明けだ。朝日が薄くその場所を照らす。神秘的とでも言えようか、シンプルな墓石がそこにはあった。
    恥ずかしながら、私は初めてこの場所に来ることができた。情けないくらいには、ノクスの死を受け入れられなかったのだ。
    「…ノクス。……本当に、お前はもうこの世にいないんだな。いつか、また家に帰ってくるんじゃないかと、また会えるんじゃないかと、思っていた。でも…お前は、、ずっとここに居たんだな、。私は……ノクスも、ヒスも、アルバも、、皆殺した。私は誰とも関わってはいけなかったんだ__」
    枯葉が少し積もる墓石に手を当て、その葉を落とす。墓石は冷たかった。そこに温かい体温など無かった。柔らかい肌など無かった。ノクスを形作る物など何も無い。私はその場にへたりこみ、涙を流した。生きるのがつらい、明日を迎える勇気が私には無い。愛する人が居ない世界を、生きようとなど思えない。
    私は肩を落として俯いた。

    そうして、1冊の本を見つける。
    その本は墓石の横にひっそりと置かれていた。シンプルな表紙には『便箋を君へ』と書かれている。著者は___”アルバ・オノール”だった。
    私はほぼ無意識にその本へ手を伸ばす。ずっと読みたかった。聖夜祭の日から、ずっと。私はいまだ破裂してしまいそうなほど強く鼓動する心臓を宥め、涙を拭う。縋るような、逃げるような思いで表紙をめくった。

    ー□ー

    これは、泣きたくなるほどやさしく、あたたかい物語。人はどのような時に強くあれるのか。それはきっと、愛と共に生きる時である。
    誰かを愛する時、誰かに愛される時。その愛は人を強くする。背を押しそして、やさしく包み込む。

    いくら大切なモノを失おうと、失ったモノは戻ってこない。過ぎた時間は既に過去なのだ。
    だからこそ、我々人間は前を向かねばならない。後悔も、懺悔も、罪も、そして愛も、全てを抱えて生きなければならない。
    それが人の、愛の証明だ。

    自分が愛していたという証だ。
    誰に何を言われようと、何と思われようと、世界が、世論が、正義が何だとしても、そこに遺るは愛なのだ。

    もう一度言おう、これは、泣きたくなるほどやさしく、あたたかい物語。男は女を、女は男を、そして世界は彼らを、愛している。

    さぁ、ページを捲れ
    明日に進め、時間が過ぎ行く様を傍観しよう。



    ー1ー

    ーーーー

    ヒペリカは泣き崩れた。
    最後のページの最後の文字まで読むともう堪えられなかった。この本にはあの子が詰まっている。あの子がどれだけ苦しい思いをして、世界を嫌って、恨んで、どれだけ親を憎んだのか、そして、どれだけ兄を愛していたのか__
    それでもあの子は前を向いた。
    自分の中の愛を掲げて、筆を走らせた。
    きっとこの数年間で、様々な事があったのだろう。いろんな人に出会ったのだろう。たくさんの価値観を知ったのだろう。人の命について学んだのだろう。私は何も知らない、あの子についてこれっぽっちも知らない。そんな資格は私には無い。
    しかしどうか、伝えさせてくれないだろうか。本を読んでしまった事、そして、すぐにはまとまらないこの感想を、こんなにも心に響く小説は初めて読んだと、ありがとう、そしてすまないと謝りたい

    _____ああ、でもそうか。
    「アルバは僕が、」


    太陽は寂しげに、男と蛇を照らした。
    墓石の裏で、白髪の青年は目を閉じ空を仰ぐ。


    2月5日、今日は彼の誕生日だ。
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