寂しかったのかもしれない「お、今日は満月かぁ」
そう零した自身の声は自然と抑えられていて、一郎は思わず苦笑する。
珍しく、一人の夜なのだ。弟二人がいない夜。夜というか、一日中いなかったのだけれど。
毎日仲良く兄弟喧嘩をする弟たちに拳骨を落とすのが日常となっている一郎にとって、今日の静けさは居心地の悪いものだった。デスクワークをしていればマウスをクリックする音やキーボードを叩く音がやけに響き、普段気にも留めない窓の外から聞こえる喧騒にやたら耳が向いてしまう。
そんな日中を過ごしてようやく夜を迎えれば、今度はこれだ。今度は外も静かで、一郎自身も足音や声を無意識のうちに潜めてしまう。なんだか自分が自分ではないみたいでそわそわした。月明かりの方がよほど元気な気がして、つい目に留まったのかもしれない。
(…………)
なんとなく。本当に、なんとなくで、手にしていた携帯のメッセージアプリを起動した。
思い浮かんでしまったのは、しばらく一人で暮らしているはずの、同じく兄という生き物の元恋人。でも今は、最近になってようやく誤解が解けただけの、友人のような先輩のような、特別なはずなのに特別な名前の関係を持たない人。
『一人の家って静かなんだな』
ほとんど無意識のうちに打ち込んで、送った。こんなたわいもない話をするような間柄ではないのに。
あんたは毎日こうなんだな、と続けて送ろうとして、それよりも先にメッセージが届く。
『そっち行ってやろうか』
短い言葉。絵文字もスタンプも使わないこの男が、何を考えどんな顔をして送ってきたのかはわからない。揶揄い口調にもとれるけれど、たぶん、本気なんだろうなと感じた。冗談でも「来て」と言ってしまえば、きっと車を飛ばして本当に来てしまうのだろう。
そういう男なのだ。
そういう男だから、軽い冗談なんて返せない。
『ばーか』
過保護で優しくて強い男。いつまでたってもガキ扱いしてくるのは癪だったが、実際まだ出会った頃の年齢にすら届かないのだから仕方がない。
ガキはガキらしく甘えとけ、なんて昔掛けられた言葉が過ぎったけれど、名前のない関係の今、甘えたいのかも甘えていいのかもわからなかった。