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    maybe_MARRON

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    左馬一
    しろごろになるサマイチ 全然まとまらなかったのでさっさと供養

    四男誕生物語 詐欺集団を捕らえるための作戦を一通り聞いた左馬刻は、わかったと頷くと、先方との面談の前に家に来るよう一郎に伝えた。
    「スーツ貸してやる。それなりに見栄えのするモン着とかねぇとナメられんぞ」
    「あー……そっすね。じゃあ、お言葉に甘えて」
     一郎もスーツを持っていないわけではなかったが、今回潜入するのは詐欺集団だ。そこでの営業に見合うかと言われると、自信をもって頷くことはできない。その点、服に金をかけるタイプの左馬刻の私物となれば安心だ。体格もほぼ同じ、サイズは心配ないだろう。
     一郎は向かいのソファで紫煙を燻らせている人物をちらりと見上げる。
    (……左馬刻さんの、スーツ……)
     普段のカジュアルな姿とは違う一面を見るのが楽しみなことはもちろん、貸してもらえるのも楽しみだった。彼シャツならぬ彼スーツ。左馬刻がそれを意識しているとは思えなかったが、一郎としてはどうしても落ち着かない。予想外の展開に少しだけ浮かれながら、その日は解散となった。
     ◆◆◆
    「お邪魔します」
    「おう。俺の部屋こっちな。隣は合歓の部屋だから入んじゃねーぞ」
    「入らねぇっすよ」
     成り行きで初めて訪れた左馬刻の部屋は、綺麗ですっきりと片付いていた。なんとなくイメージしていた通りのシンプルな部屋。そして微かに、知っている煙草と香水の匂いがする。なんだか妙に緊張してしまって、うろうろと視線を彷徨わせていた。適当に座っていいと言われたものの、その適当な位置がよくわからない。そもそもただ遊びに来た客というわけでもないので、曖昧な返事だけをして立っていた。
    「スーツとあと何用意すりゃいいんだ? 髪型くらい変えとくか」
    「そうですね。あ、眼鏡とかあります?」
    「あー、一つだけあるな。たしかこの辺に……」
     小物が置かれているオープンラックを漁り、あった、と左馬刻はそれを手に戻ってくる。そして一郎の目の前に立つと、ひょいと掛けてみせた。――一郎の耳に。
    「お。似合うんじゃねぇの?」
    「……っ」
     完全に油断していた。柔らかく笑う左馬刻に目を奪われる。どうやらレンズは嵌っているものの、度は入っていないらしい。きちんと焦点の合った状態で、こんなに近くで、鋭い真紅が愛しさを滲ませているのを見つけてしまった。
     緩みそうになる口元をぎゅっと引き締めて、一郎は眼鏡を外す。顔が熱い。どうせこの距離じゃ誤魔化されてなどくれないだろうから、言い訳はしないけれど。
    「掛けるなら左馬刻さんでしょ。俺より顔割れてんすから」
    「そうかあ? お前も相当だろ」
    「いいから、ほら」
     一郎が眼鏡を持つ手を伸ばすと、左馬刻はそれを大人しく受け入れる。目を伏せて、それからゆっくりと開いて。
    「…………うわ」
     思わず出た言葉に、しかし左馬刻は機嫌を損ねるでもなくくつくつと笑うだけだった。きっと何を考えているのかはバレているのだろう。
     一瞬のことだった。流れるように顎に指が添えられて、軽く持ち上げられるとそのままチュッと音を立てて唇が触れる。
    「……邪魔になっから、これはあとでな」
     それだけ囁くとさっさと眼鏡を外し、左馬刻の瞳は悪戯に細められた。
     完全に油断していた。本日二回目。どうやら、浮かれていたのは自分だけではないらしい。ただ柔らかな唇の感触だけではなく頬の辺りに眼鏡が当たっていたのも本当で、かろうじてその言葉には頷いた。満足そうな男はゆっくりと離れていく。
    「……ワックス持ってくるわ。そこのクローゼットにスーツ入ってっから、適当に選んでろよ」
    「……うっす」
     まだばくばくとうるさい心臓を隠すように背中を向け、クローゼットの扉を開ける。部屋のドアが閉まったのを見計らって、詰めていた息を吐き出した。――なんて、心臓に悪い。この後何しに行くのか、本当にわかっているのだろうか。
     そんなことを考えながら、吊り下げられているいくつかのスーツを手に取ってみる。色も形もそれぞれ微妙に異なっている。こんなにたくさんあっても着るタイミングなんてそうそうないだろうに。しかしなんだかそれも、彼らしい。それに、今こうして二着同時に必要なタイミングが出てきているのも事実であった。
    「あ、そっか。ネクタイも選ばねえと」
     当然、ネクタイの数も色も柄も豊富だった。綺麗に収納されているそれを一通り見て、それから、真っ先に目に入っていたものを手にする。ちょうどそのタイミングで、左馬刻が戻ってきた。
    「左馬刻さん。ネクタイ、これどうっすか?」
    「おー、なんでもいいぜ……つか、お前やっぱ赤なのな」
    「へへ」
     手にしていたのは、赤のネクタイとグレーのネクタイ。同じように斜めにストライプが入っているもの。それでも当然のように一郎が赤だろうと思ってくれた、そんな些細なことが嬉しかった。
    「んじゃ、スーツはこれにすっか。お前はこっち」
    「はあい。ここで着替えちゃっていいっすか?」
    「おう」
     別に、裸くらいは見慣れている。もちろんこの部屋ではなく、サウナでの話だが。
     あまり時間に余裕もないため、二人してさっさと着替えを済ます。ネクタイを締めてもらうのはなんとなく恥ずかしかったし、長い睫毛が影を落とす様を見るのは少しだけ緊張した。またキスしてくんねーかな、と思ってしまうくらいには。何もされなかったけど。
     それから、仕上げに髪やるぞと言われて二人向き合って胡坐をかく。
    「やっぱ七三っすかね? 七三に眼鏡」
    「七三……つーとこんな感じか?」
     ワックスを手に取った左馬刻は、いつもは後ろに流されている髪をちゃっちゃと左右に分けていく。その手際と仕上がりに無意識のうちに目を輝かせる一郎を見て、左馬刻は小さく笑った。 
    「おら。次お前の番」 
     なんとなく手を伸ばしてくしゃくしゃと黒髪を掻き混ぜれば、オッドアイはぱちくりと綺麗に二回瞬いた。
     てっきり渡されると思っていたワックスは床に置かれたまま、左馬刻の指先がそれを再び掬う。
     その様子を、ぼうっと見つめていた。いつもと違う髪型。いつもと違う服装。ピアスも外すよう言わなければ、などとぼんやり考える。いずれにせよ、一つや二つではないピアスホールが見えてしまえば、あまり良い印象は持たれないかもしれないが。
    (……ピアス、か……)
     一郎は無意識に、自身の耳たぶへと手を伸ばした。柔らかなそこはふにふにと弾力があるだけで、一箇所も穴など開いていない。
    「? どうかしたか?」
    「あ、いや、別に……なんでもないっす」
     伸ばされた指が髪に触れる。優しい手つきに、どくりと心臓が跳ねた。本人が気づいているのかはわからないが、二人きりの時に少しだけ甘くなる声が、この部屋に来た時からずっと耳をくすぐっている。
     一緒に行くと言って譲らない左馬刻に最初はため息を吐いてみせたものの、もちろん心の底から嫌だったわけではない。ただ本当に、リスクが増えると思っただけで。
     危険を指摘する鋭い瞳が何を考えているのかなんてもちろん承知で、当たり前のように自分の身を心配してくれることに動揺した。心配されるほど弱くはないし、左馬刻の心配の理由は弱さから来ているものではないこともわかっている。わかっているからこそ、嬉しくて、困惑して、最終的には折れてしまうのだ。向こうも決して譲る気がないのはわかっているから。
     この人に甘やかされるのは嫌いではない。正確に言えば、嫌いではなくなった。優しくしてくれる理由がわかるから。受け取った分の愛情と恩を返したいと思えるから。
    (俺も、もっとあいつらに……)
     そっと目を閉じて考える。兄弟と恋人では、甘やかす理由は違うけれど。それでも、こんなふうになりたいと思う。大切にしたい人がいる。
    (…………あ)
     ふと、悪戯にも似た小さな案が浮かんで、一郎は目の前にある紅い瞳を覗いた。
    「左馬刻さん、あの――……」
     兄さんと呼んだら、この人はどんな反応をするだろうか。
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