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    maybe_MARRON

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    左馬一
    つい一郎の世話を焼いてしまう左馬刻さんの図が好き

    運勢十二位の休日 ヤクザにだって休日はある。しかし火貂組若頭である碧棺左馬刻が休日らしい休日を過ごすことは少ない。
     しかし、その日は苛立っていた。特別何か大きな問題が起きたわけではないのだが、塵も積もればというものである。たとえば煙草を切らしていただとか、コーヒーを零しただとか、見回りを兼ねて歩いていたら子どもにぶつかられただとか。そうなると、もう天気が悪いことにすら舌打ちをしてしまう。気分転換に銃兎と理鶯に声を掛けたが二人とも都合がつかないらしく、夜に誰かと飲む予定も立たない。そういえば、今日は朝のニュース番組の占いコーナーで蠍座が最下位だったことを思い出す。
    『ごめんなさい、今日の運勢十二位は蠍座のあなたです。小さなことにもむしゃくしゃしてしまいそう。気分転換にお出かけしてみましょう。ラッキーカラーは赤、ラッキーアイテムはハンバーガーです』
     ごめんなさいなんて思ってないだろ。
     アナウンサーの明るい声にそんなことを思いながら、なんとなく耳に入っていた占いを特に気にすることもなく過ごしていたのだが、たしかに言われた通りになっている気がしなくもない。占いなんてものを信じるタチではないのだが、せっかくの休日だ。気分転換に出かけること自体は悪くないかもしれないと、ふと思い立って車のキーを手にした。最下位だからといってまさか事故を起こすこともないだろうけれど、念のためいつもより安全運転を心掛けつつ、目的地も決めずにドライブをすることにした。
     渋滞にすら苛立つ自信のあった左馬刻は、迷うことなく高速道路へと車を走らせた。反対方向にすればよかったと気づいたのはわりとすぐで、気づけば都心部へと向かっていた。何の面白みもなければ息抜きにもならない。かといってすぐ折り返す気にもなれず、そのままぼんやりと車を走らせた。
     ヨコハマは小雨が降っていたのだが、この辺りはもう止んでいるようだった。曇り空ではあるが、少しだけ窓を開けてみれば、勢いよく流れ込んでくる風は悪くない。車を走らせて一時間も経たないうちに、多少気持ちは落ち着いていた。
     ところが落ち着いてくると、今度は煙草を吸いたくて仕方がない。普段は運転中でも構わず火を付けるのだが、今日はいかんせん安全運転を心掛けなければならないのである。そろそろ降りるか、とカーナビに視線を向けた。
    (……ブクロか……)
     もう少し走った先に、出口がある。かつては暮らしていた土地だ。ヨコハマに移動してからは、憎しみが勝ってずっと避けていたけれど。
    (…………降りるか……)
     あれから二年も経っている。今もあるかはわからないが、喫煙可能な喫茶店にはいくつかあてがあった。ラッキーアイテムなんてものは無視して、久しぶりに気に入っていた店でコーヒーを飲んでもいいかもしれない。
     そんなことを思えたのは、一郎との関係が多少マシになったからだ。その地も、その地の代表として立っている男も徹底的に避けていた頃とは心持ちが違う。
     車はゆっくりと高速の出口へと向かった。
     多少関係が改善したからといって、別に、その男と積極的に会いたいとは思っていなかった。……が、会ってしまうのが左馬刻と一郎の運命なのである。
    「……おい、一郎」
     でかい男が目立つ原色の服を着て立っている。だからどうしたって目に留まってしまう。しかし、最初は無視するつもりだったのにわざわざ車を路肩に停めて降りてまで声を掛けてしまったのは、その男の様子がなんだかおかしかったからだ。
    「一郎!」
     聞こえなかったのかこちらを振り向こうともしない男の名前を再び呼ぶ。ぴくりと反応したその男がきょろきょろと視線を動かす。じっと見つめる左馬刻と目が合って、そうしてようやく、男は訝しげに口を開いた。
    「今、声掛けたのあんた? えっと、誰っすか?」
    「……あァ?」
     起動していないマイクを左手に握ったままぼんやり歩いていた一郎は、なんだか少し幼い響きでそう尋ねた。


     目立つからと一郎を助手席に乗せた左馬刻は、車を走らせながら話を聞いた。
    「お前、俺のことわかんねぇのか」
    「わかんないっす」
    「……なら車乗るんじゃねぇよ危ねぇな」
    「ええー……いや、でも、そっか……そうっすよね」
     悪い人じゃないと思ったんで、と助手席でおとなしくベルトを締めた一郎はぼやいた。
     山田一郎、十二歳。
     十九歳のはずの男はそう名乗った。少し前に中王区で会った時と見た目は変わらない。違法マイクだなと見当をつけ寂雷に電話を掛けると、案の定、精神年齢を退行させるマイクが最近出回っていると教えてくれた。効果は一日ももたない。一郎であれば数時間で戻るだろうとのことである。心配なら病院に、と言われたものの、わざわざシンジュクに向かうほどでもないだろうと、さっさと家まで送ってやることにした。十二歳の一郎は、自分が今どこに住んでいるのかもわからないのだ。
     左馬刻と出会う前の一郎。それも小学生ほどの年齢の子どもに、何を話し掛ければ良いのかわからず、車の中の空気は重かった。
    『ごめんなさい、今日の運勢十二位は蠍座のあなたです』
     そんな女性アナウンサーの声を思い出す。はたしてこの場合は一郎の方が運が悪いのではないかと思いながら。
     一郎は一郎で、ずっとぼんやり窓の外を眺めていた。そうしてくれた方が都合がいい。なんとなくラジオをつけたが、あと数分もすれば萬屋に着くだろう。家に弟たちはいるのだろうか。今の一郎からすれば、知らない間に成長してしまった弟たちである。一人にするよりは安心だが、一郎自身は落ち着かないかもしれない。
    (……ま、そこまでは俺様の知るところじゃねぇな)
     たった数時間だ。適当にやり過ごしてくれればいい。
    「着いたぞ」
    「……よろずやヤマダ?」
    「そうだ。今のお前の家兼仕事場だな」
     特に会話もないまま萬屋の前に到着する。一郎は興味深そうにそのビルを見上げていた。そのまま追い出すのも憚られて、スマートフォンを借りると弟宛のメッセージを送信する。あとは三人で上手くやってくれるだろう。
     マイクは持ってろ。でも隠しとけ。電話もインターフォンもとりあえず無視しろ。弟たちは今のお前より年上だから何かあったら頼ればいい。
     シートベルトを外した一郎に矢継ぎ早に告げる。すると一郎は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それからドアに掛けていた手を膝の上へと戻した。
    「……あのさ」
    「なんだ」
    「今の……十九歳の俺って、どんな感じ?」
    「……は?」
    「知ってるんだろ? 教えてほしい」
     二色の純粋な瞳がまっすぐに向けられる。知っているはずの男が、知らない顔をしている。左馬刻も多少戸惑っていたが、一郎の戸惑いはこんなものではないのだろうと、道端でぼんやり歩いていた様子を思い出す。自分から発せられる声変わりした低い声にすら違和感があるだろう。だからその問いは、きっと不安の表れだった。
     左馬刻は迷った末に、左手を伸ばしてぐしゃぐしゃと黒髪をかき混ぜた。
    「……さっさと元に戻れ。その方が早ぇよ」
     なんで違法マイクなんかの攻撃を受けたのか。いつ誰にやられたのか。何一つわからない。時間が経てば元に戻るというのであれば他にしてやれることなどなくて、質問に答える代わりに、じゃあな、と自ら突き放すような言葉を告げた。ちぇ、と唇を尖らせる一郎は、その答えをわかっていたかのように軽く笑みすら浮かべており、特に気にする様子もない。
    「送ってくれてありがとな、左馬刻さん!」
     何気なく告げたであろうその言葉にぎしりと胸が痛む。純粋な感謝。左馬刻のことを知らないからこそ言える言葉。おう、とたった一言の返事をすることすらできない。
     バタンと車のドアが閉まり、赤い背中はビルの中へと消えていく。それを見送ってから盛大なため息を吐いて、一刻も早く煙草を吸える場所へ向かおうと再び車を動かした。
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