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    maybe_MARRON

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    付き合ってる左馬一
    空港に行って解像度が上がったので書きました。国際線のことは知らないのでこの空港はフィクションです。
    take offってたぶんいろんな意味あるよね……? と調べたらいい感じだったのでそのままタイトルに。

    TAKE OFF 朝起きて真っ先に思ったのは、「晴れてよかった」だった。それからいつも通り朝食を用意して、弁当は荷物になるからとおにぎりを二つ作る。スーツケースとは別で用意されているボストンバッグの上におにぎりを置いて、それから二人に声を掛けた。
    「二郎、三郎、起きろー」
    「はぁい」
     トントンと階段を降りてくる音を聞きながら、一郎はこっそりため息を零した。久しぶりに三人で迎える朝。かつては当たり前だった朝。山田家の平和な朝の光景も、またしばらくはお預けだ。
     
     
     三郎が高校三年生になった春、二人でダイニングテーブルを囲んで夕飯を食べている時に、初めて進学先の話が出た。三郎はどうやら、家から通える距離の大学にしようと思っているらしい。もうそんな時期かと感慨深くなりながら、自然と、少し前に一人暮らしを始めた二郎に思いを馳せた。
     三郎ならばどこの大学にだって問題なく合格できるだろう。金銭面で気を遣っているわけでなければそれでいい。どこだろうと応援する。そう返事をしようと思った瞬間、三郎は続けて口を開いた。
    『二年生になったら、留学しようと思っているんです』
     呆気にとられる一郎に対し、三郎は冷静ながらも目を輝かせていた。行き先も、学びたいことも、期間も、すべて具体的に語られる。思い描いているビジョンがあまりにも明確で眩しくて、一郎はそんな三郎の眼差しに思わず目を細めた。
    『わかった。がんばれ!』
     その言葉は本心だったし、いずれ襲ってくるであろう寂しさすらも想像がついていた。心の準備をする時間があってよかった、とほっとしたものだ。
     ――だが、いざ当日を迎えてみればどうだろう。
     空港へ向かう車内は、いつも通り会話をしているはずなのにどこか寂しげな雰囲気が漂っている。車を降りてからはガラガラとスーツケースを引く音がやけに煩く感じられて、なんとなく足も重かった。仕方がないことだと自分自身に言い聞かせながらも、気づかれないようにため息を吐く。
     ロビーで土産売場を冷やかしているうちに、一郎と二郎は徐々に食へ興味が移って元気を取り戻していったけれど、三郎だけは一歩後ろをついて歩くばかりだった。搭乗時刻も近づき、ふと立ち止まって二郎と顔を見合わせる。
    「……おい三郎、お前がそんな顔してたら見送りしにくいだろーが」
     二郎は先程買ったばかりの弁当が入った袋を突き出しながら言う。ホッカイドウの海鮮弁当だ。これ美味そう! と言っていたのが三郎のための買い物だったのだとわかって、一郎の胸にはぽっとあたたかい色の光が灯る。
    「いいよ、僕には一兄が作ってくれたおにぎりが……」
    「いいや三郎。お前だってこれくらいは食えるだろ?」
     二郎に倣って、同じように弁当が入った袋を押し付ける。こっちは牛タン弁当だ。もちろんこれも最初から三郎のために買ったもので、二郎が海鮮なら俺は肉だな、と選んだものである。
     戸惑ったような青と緑の瞳が、得意げな二人の兄を交互に見つめた。それから、手元のビニール袋へとゆっくり下りていく。
    「楽しみにしてたんだろ? あれだけイキイキと話してくれたじゃねぇか」
    「……はい」
     寂しいのは三人とも同じだ。そうは思ったけれど言わなかった。いつだって背中を押せる兄でいたいと思っているのは、きっと二郎も同じだろうから。
    「……っ、いってきます!」
     ようやく笑顔を見せた三郎に、二郎と声を揃えて「いってらっしゃい!」を告げる。保安検査場へと向かうまっすぐに伸びた背中を、二人でじっと見送った。三郎は振り返らない。一郎と二郎の間にも会話はない。それでもようやく寂しさより温かな気持ちの方が上回ったような気がして、ほっと胸を撫で下ろした。少しだけ心が緩んだ、その時だった。
    「おい」
    「うわっ!」
     無防備な背中に聞き慣れた低い声が届いて、一郎は思わずびくりと肩を跳ねさせた。
    「左馬刻」
    「ここで突っ立ってても意味ねぇだろ。上行くぞ」
    「は? え? ちょっと」
     強引に腕を引かれ、足を絡れさせながら二郎を振り返る。二人の様子をきょとんと見つめていた二郎も、目が合うとハッとして少し慌てながらついてきた。
     今日が三郎の出発日であることは話していた。たしか時間も聞かれたような気はする。だが、まさか来るとは思っていなかったのだ。来るようなそぶりも一切見せていなかった。たしかにヨコハマからはそう遠くないけれど、だからといってそう気軽に来るような場所でもないだろう。この広い空港内でよく連絡もなく見つけられたものだと感心もした。ぐるぐる、ぐるぐると思考が頭の中を駆け巡る。
    (三郎の見送り……じゃ、ねぇよな……)
     唯一辿り着けた、結論と呼べそうなものはそれだけだった。左馬刻がここにいる理由が、三郎ではなく自分のためであるということ。左馬刻が何を考えてここに来たのかはわからないけれど、きっと理由の先にいるのは自分だった。繋いだ手がじんわりと汗をかく。
     ズンズン進む背中はエレベーターの前で止まり、長い指先が上へ向かうボタンを押した。待っている間にするりと手は離れていく。ゆっくりやってきた箱に乗って、無言のまま辿り着いた最上階。目の前には広い窓があって、その前にはまばらに人がいた。カップル、親子、カメラを構える人。ここにいる理由は様々だろうが、視線は皆、窓の向こうに注がれている。そういや展望台があるんだったな、とここまで来てようやく思い出した。普段の生活では空港など縁がなく、今更だが目に映るすべてがなんだか新鮮なものに感じられる。
    「こっちだ」
     左馬刻はその窓の前には行かず、少し先にあるドアを目指していた。コツコツと鳴る足音が気持ちよくて、目の前の男だけに意識を向けてついていく。
    「うわ……!」
     左馬刻に続いてドアの向こうへと足を踏み出した瞬間、思わず声が漏れた。広がる青空。フェンスの向こう側を眺める人々。思っていたよりも風はなく、日差しがあたたかく降り注いでいる。ウッドデッキを歩きながらキィンと響く音を聞いて、ふらふらとフェンスに近づいていった。隣に二郎が来て、一歩離れたところで左馬刻も足を止める。
     見下ろした先には何機も並ぶ飛行機。整備と思しき人。奥には海も広がっている。見慣れない光景に少しだけ興奮しながら、離陸する飛行機を見送る。反対側の空には、まもなく着陸するであろうこちらへ向かってきているものもあった。
    「……三郎が乗ってんの、どれだろうな」
    「さすがにわかんねぇなぁ」
     ぽつりと零す言葉に、どうしてか笑顔が滲んだ。とりあえずフライト時刻まで見ていようぜと適当に決めて、手すりに凭れながらフェンスの向こう側を見つめる。まっさらなコンクリートの上に並ぶ飛行機。大手の航空会社から、あまり聞いたことのないやや小さめな飛行機までがずらりと並ぶ。ところどころ有名なアニメのキャラクターがデザインされているものもあり、こういうのに乗りたい時は狙って予約できるものなのだろうか、なんてことを思った。
     展望デッキに流れる時間は随分と穏やかだった。滑走路を徐々に加速していく飛行機が、やがてふわりと緩やかな角度をつけて地面を離れる。轟々と響いていた音が機体とともに空に溶けていく。ただひたすらに、それを見つめる。
    「お、時間だな」
    「あそこ走ってるやつかな?」
    「今動いた方じゃねぇか?」
    「……両方見送れば間違いねぇか」
     飛行機に乗ったことがない二人には、正解がわからない。左馬刻も兄弟の会話には口を挟まない。ちらりと視線を向けてみればただぼんやりとフェンスの向こうを見つめるばかりで、何を思っているのかはよくわからなかった。
    「……飛んだな」
     やがて、目をつけていた二機がどちらも無事に飛んで行ったのを見送って、ぽつりと零しながら二人と順に視線を交わした。不思議な心地だった。広がる青空のようにどこかすっきりとした気分で、一年後、一回りも二回りも大きくなった三郎の帰国を楽しみに待つことができる。今は、そんな気がしている。
    「俺、先に帰るわ。兄貴は左馬刻とゆっくりしていきなよ」
    「いや、俺も――……」
    「わざわざ来てくれたんだしさ。今日って依頼入ってないんだろ?」
     そんな二郎の申し出に、一郎はちらりと左馬刻を見る。目が合った左馬刻は、「んじゃ昼飯食ってくわ」とデッキの中央にあるバーのような店を指さして二郎に言った。わかった、と頷いて二郎は展望デッキを出ていく。その背中を見送る前に「行くぞ」と言われ、一郎は再び左馬刻の後ろをついて歩いた。
     ハンバーガー、ポテト、ソーセージにビール。昼飯と呼ぶには些かジャンキーなメニューを二人分注文した左馬刻は、受け取りを済ませるとそのままテラス席に腰を落ち着ける。赤い目がじっとこちらを見つめていて、誘われるままに向かいに座った。
    「ありがとな。……いただきます」
     いろんな気持ちを込めた感謝の言葉だけは忘れずに伝えて、空腹を自覚しながらも真っ先にビールへと手を伸ばした。一気に半分くらいまで呷れば、すぐに顔が熱くなってじんわりと視界が潤む。
     アルコールのせいだ。アルコールのせいなのだ。
     だってハンバーガーは大きな口で頬張れるし、食べたものも飲んだものもきちんと味がする。ちゃんと美味しい。澄んだ空を見上げながら食べるのはなんだか気分がよかったし、煙草を我慢してまで隣にいてくれる左馬刻に、じんわりと心はあたたまっていた。
    「一年って長ぇかな?」
    「すぐだろ」
    「……そっか。すぐか」
     今飛んでいく飛行機に、もう三郎は乗っていないけれど。それでもなんとなく姿が見えなくなるまで見送って、それから一口ビールを飲んだ。喉を通り抜ける苦味に、またじわりと目の周りが熱くなる。スン、と鼻を鳴らしたところで、ここでは飛行機の轟音に掻き消されるだろう。
    「俺らも行ってみるか? 海外」
     にんまりと口の端を上げる左馬刻が、優しく瞳を細めた。
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