雨のなかで 璃月の街に雨の匂いが漂ってくる。空は確かに分厚い雲に覆われつつあった。鈍色のそれは、いずれ大地に雫を落としていくのだろう。傘を持って来れば良かった。鍾離は今になって小さな後悔を抱く。
ややあって、無情にも雨が降ってきた。鍾離は仕方なく雨宿りをする為に大木の下に移動する。雨は多くの恵みを与えるものではあるが、今はタイミングが悪すぎた。
「……」
雨の中で思い起こすのは、水色の髪をした少女の姿。この恵みの雨と――優しく降る慈雨と同じ意味を持つ名をした彼女は、とても穏やかに微笑う。時折酷く寂しそうに遠くを見つめることのある彼女は、鍾離からすると特別な少女だった。
彼女は――甘雨はどうしているのだろうか。鍾離は考える。彼女とはとても「長い付き合い」になる。少し前に雨に降られてしまった時、甘雨は自らの浅葱色の傘を傾けてくれた。その時も鍾離は傘を持っていなかった。
「……止む気配は、無い……か」
鍾離は呟く。あの時は甘雨が居た。今は居ない。それだけなのに、心にぽっかりと大きな穴が穿たれたかのよう。嫌な雨だとは思わない。だが、鍾離を包むのは明確な寂しさ。
――甘雨とは、次の雨の日には会えるだろうか?