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    葉 山

    @hayamayama82

    じゅうくも専用部屋

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    葉 山

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    初のちゃんとしたじゅうくも。

    #じゅうくも
    layersOfClouds

    言葉だけじゃ足りない「おい、気をつけろよ」
     堤防の上に腰掛けた九門が落ちぬよう、十座は正面から弟の腰に両腕を回した。十座の腰までの高さがある堤防の上に座っている九門を、立っている十座の方がやや見上げる形になる。
    「兄ちゃん、大好き」
     いつもとは反対に兄の顔を見下ろしながら、九門は両手で十座の頬を包み込む。
     十座を覗き込んでくるその瞳に、海のゆらめきが反射している。ただでさえいつも眩しくて目を細めたくなるような九門の瞳の輝きが、今は夜の匂いもまとっている。その妖しさを含んだ光に、十座は目が離せなくなった。

     地方公演から帰ってきた九門が「兄ちゃんと一緒に海が見たい!」というので、今日は十座のバイクでタンデムし海沿いまでやってきた。公演先の地で夏組の皆と海を見てから、この感覚を十座とも共有したいと、ずっと二人で海に行くのだと決めていたらしい。
     弟に対しては十座はどこまでも甘い。劇団の皆にはそう思われている。十座が九門の願いを無条件に叶えて甘やかしている様に見えるらしいが、実際は弟の急な誘いを十座は自分の楽しみにしているし、無理に付き合っているわけではない。九門と二人ならばどこだって楽しいし、自分では選ばない様な場所にも九門は連れて行ってくれる。そして、いつだってずっと自分の隣で笑っていてくれる。九門に誘われて嬉しいのは実は十座の方だった。
     九門のあたたかい体温を感じながら、十座は間近から弟の顔を見上げる。海辺独特の潮の香りを含んだ風が、撫でるように九門の髪を揺らす。額があらわになったその顔は、いつもより少し大人びて見えた。
     海を挟んだ反対側には、少し遠くだが街明かりが瞬いている。長い堤防が続くだけで浜辺はなく泳げはしないが、海と夜景を見るには静かで穴場のスポットだった。だがまだやや肌寒いこの夜は他に人気もなく、静かに寄せては返す波の音とおだやかな風だけが兄弟を包んでいた。
     海の先には街の灯りが遠く煌めいているはずだが、九門も十座も、もうお互いしか見ていなかった。
    「兄ちゃん……大好き」
     もう一度呟いて、九門は両手の中の十座の顔をじっと見つめる。遠い街明かりだけが頼りの暗闇の中で、なぜか九門の瞳だけがより煌めきを増し、十座は吸い込まれそうな感覚に陥る。
     もう近すぎて逆によく見えないはずなのに、目が離せない。わかるのはお互いの息遣いと交わる吐息だけ。お互いの曖昧だが熱を含んだ空気の交わりが次に何をもたらすかなんて、きっとわかっていた。
     そして、その一線を越えたら二度と戻れない。
     九門はゆっくりと顔を傾ける。
    「くも……」
     十座の呼びかけを理性ととまどいごと、九門はそっと唇でふさいだ。
    「…………っ」
     九門のことで知らないことなどないと、十座は密かに自負していた。どんな物が好きか、何が楽しいのか。泣いている顔も笑っている顔も何度も見てきた。
     だが、この唇の柔らかさは知らない。まだ知らない九門がいた事と共に、知らなかった自分にどこか苛立った事実に十座は驚いていた。
     複雑な思いの一方で初めて知る唇の感触と、吐息を交換し合うような感覚に、頭の奥がじわじわと痺れる。
     どちらからでもなく自然と離れたあと、頬に添えた手はそのままに十座の額に自分の額を押し当てて、九門がそっと呟く。
    「もう、言葉だけじゃ伝えきれないよ……」
     また唇が触れそうな近さで見る九門の顔は、見たことがない表情だった。恥じらいと満足と……こぼれそうな想いが浮かんでいた。
    「……俺とは……嫌だった?」
     黙ったままの十座に不安そうに九門が尋ねる。
     引き剥がそうと思えば簡単だった。避けることも止める事も十分に出来たはずだ。だが無理に押しのけて、九門がバランスを崩したら? 背後は暗い海だ。万が一落ちたりしたら? 幾つもの理由を探して、十座は九門の唇を受け入れていた。海と夜にゆらいだ瞳を見たときから、十座はもう囚われていた。
    「今お前を離したら危ねぇからって……言い訳してたんだ」
     その答えに九門は満足そうに微笑む。
    「兄ちゃん、好き……大好き……」
     九門は親指で十座の頬をなぞってもう一度、自分の唇を兄に重ねる。
     いつだって九門は十座を知らない場所へ行こうと誘う。十座は常にその手を取る。時には手を繋いだまま、九門の先を歩くほどに。
     進みだしたら夢中になるのはきっと俺の方だ。
     そんな予感を感じながら十座は重なった唇をより求めるように、九門の腰を強く引き寄せた。
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